行列
妹が遊びに来ている、それをバイト先に告げたら、休みを貰えたらしい。
もっと事前に言っておけば良かった、とサンは苦笑していた。
爽やかな男である。
それは昔、ユファレートがオースター孤児院で寝泊まりしていた時から持っていた印象だった。
ティアとサンが宿に来たのは、早朝だった。
ティアに、変わった様子は見受けられない。
いつも通りだった。
サンが、街を案内してくれるという。
ユファレートも誘われた。
出掛ける準備をしていたシーパルも、ティアに捕まった。
新しい街に着く度に、その地に暮らす追放されたヨゥロ族の元を、シーパルは訪問する。
同族にどんな扱いを受けたか、どんな想いがあるのか、聞きに行っているらしい。
ヨゥロ族についての顛末は、ヤンリの村の一件の後に、みんなと聞いた。
シーパルは、テラントには軽く殴られ、デリフィスには蹴られていた。
喧嘩ではない。
自分の一族のことだからと、シーパルはずっと独りで抱え込んでいた。
独りで悩み、独りで解決しようとしていた。
それに、テラントとデリフィスは腹を立てたらしい。
暴力を振るわれたはずのシーパルは、逆に感謝していた。
そういう男同士の繋がり方が、ユファレートにはよく理解できない。
テラントは、すでに出掛けた後のようだ。
おそらく、情報屋と接触しているのだ。
彼は、ズィニア・スティマを捜し求めている。
シーパルやテラントに付き合うことが多いデリフィスは、今日はまだ部屋で寝ているようだ。
なにもない時は、意外とのんびりとしている。
緊迫した状況になると、途端に鋭利な刃物のようになるが。
ルーアも、部屋で寝ているようだ。
一行の中で、最も時間にルーズでだらし無い生活を送っているのが彼だった。
また、昼頃まで惰眠を貪る気かもしれない。
ユファレート、ティア、シーパル、そしてサン。
四人で出掛けた。
まずは腹拵え。
どの店も混んでいて、通りにも人が溢れている。
間もなくこの近くを、『フォンロッド・テスター条約』を締結するために、世界中から集った各国の要人が通り掛かる。
公園の一角にある休憩所を、ユファレートたちは選んだ。
椅子もテーブルもある。
この時間なら、暑さもそれほど厳しくない。
なにか買ってくるよと、サンがさっそく気を利かせる。
ティアがそれに付き合う気配がしたが、ユファレートはさりげなくそれを止めた。
寝不足気味な顔のサンを、笑顔で送り出す。
しばらくは戻ってこれないだろう。
訝し気な顔をしているティアを椅子に座らせた。
いつもならば、その隣に座ることが多いが、ユファレートはテーブルを挟んだティアの向かい、シーパルの隣に腰掛けた。
ティアの顔を、じっと見つめる。
「……なに?」
「ティア、昨日、どこに泊まったの?」
「どこって……サンの家だけど」
やっぱり、とユファレートは溜息をついた。
昨日は止めそこなったのだ。
「その……なにもなかった?」
「なにかって……」
ティアが、きゃはは、と笑う。
「あるわけないじゃない。あたしたち、兄妹みたいなもんなんだよ?」
ぱたぱたと気楽に手を振る。
女同士の会話に、シーパルは遠くを眺めていた。
空気となることを選択したようだ。
「そんなこと言って、なにかあったらどうするのよ?」
ユファレートが街中を歩こうとすると、大抵ティアがついて来る。
一人で出歩くと危ないでしょ。変な男共にちょっかい出されたらどうすんのよ、と言って。
今は、立場が完全に逆転していた。
「ないない。サンって、いきなりそういうことしてくるタイプじゃないだろうし」
「草食系だろうと紳士的だろうと、なにもしてこないだなんて保障はないのよ?」
「大丈夫だって。あたし、ユファみたく可愛くないもん」
「なに言ってんのよ……」
ティアは、なにもわかっていない。
可愛い、綺麗。
よく、ティアはそんなことを言ってくれる。
スタイルがよくて羨ましい。
ユファみたいな外見に生まれていれば、人生が変わっていた。
そんな大袈裟なことまで言う。
褒められて、悪い気はしない。
けど、ティアはわかっていない。
確かに、女としてティアよりも優っている部分はあるだろう。
だが、ティアがユファレートよりも女として優っている部分も、同じくらいある。
風呂だって一緒に入ることがあるのだ。
だからわかる。
ティアは充分に、女として魅力的なはずだった。
やや童顔だが、愛らしい顔立ちをしている。
やや小振りではあるが、形のいい胸をしている。
ウエストが弛むことはなく、足もすらっとしている。
肌のきめ細かさは敵わない。
綺麗な眼をしているし、声も綺麗。
ティア本人だけが、あまり自覚していない。
もし男として生まれていたら、ティアのことを好きになっていたと思う。
一緒にいて気持ちがいい。
それは多分、ティアは人と接することが上手だから。
誰だって、少なからず他者に偏見を持ったり差別をしたりするだろう。
ユファレートも、初めの頃はシーパルに偏見を持ち嫌っていた。
嫌悪していたと言ってもいいかもしれない。
ヨゥロ族は、なんの苦労もなく魔法使いとなっている、と誤解していた。
ティアには、そういう偏見や差別がほとんどない。
例外らしい例外は、ルーアに対している時くらいだろう。
ハウザードを捜すと決めた時、ティアは頼んでもいないのに協力を申し出てきた。
村や孤児院を救ってくれた、恩返しをしたいと。
とっくにされている。
礼は言われていたし、謝礼の品も受け取った。
危険かもしれない旅を、友人として心配してくれたのだ。
ティアがいてくれなかったら、ここまで旅を続けることは絶対にできなかった。
いつも側で、心配してくれた。
それなのに、自分の心配は疎かにする。
「とにかく、もうこんな……男性として好きでもない人の家に泊まるとか、したら駄目よ」
「だから、あたしとサンで、そういうことあるわけないのに……」
ティアは口を尖らせ。
「ねえ、シーパル」
石像のようになっていたシーパルが、身を震わせる。
「……なんでしょう?」
「シーパルはどう思う?」
男性の意見を聞きたくなったらしい。
「そうですねえ……」
シーパルは、穏やかに困った顔をしてみせた。
「やめた方がいいと思いますけどね、僕は」
「むう」
「一つ聞きますけど、まさかティアは、今後誰かとお付き合いすることがあったとして、それでも昨日みたいにサンの家に泊まったりしますか?」
「だって……あたしたち兄妹同然なんだよ。なにもあるわけないのに」
「そんなの関係ないです。男の方は、気が気ではないでしょう」
「じゃあ、そういう細かいこと気にしない、器の大きい人と付き合うようにする」
少し、ティアは気分を害しているようだった。
サンのことを否定されているように感じているのかもしれない。
「それは、器が大きいとは言いませんよ。男として終わっています」
「終わってる?」
「どれだけ大人だろうと、なにもないとわかっていても、好きな女性が他の男の家で寝泊まりして、穏やかでいられるわけがない。所詮は男と男。雄と雄ということです」
「……」
ティアが考え込む仕草をする。
一行の男性陣の中では、最も気が荒くないシーパルが言うことだけに、説得力があるようにユファレートは感じた。
まあ、シーパルの意見だけを男性共通の意識だと決め付けるのは早計だろうけど。
「て言うか、わたしも嫌だけどね。好きな人が誰か別の女の人と一緒だったら……」
ハウザードの姿が思い浮かぶ。
いつも優しくて、強くて、一緒にいると安心できた。
「戻ってきましたね……」
視力のいいシーパルが、サンに気付く。
それで、この話題は終わりだった。
四人分の軽食を乗せた大きなトレーを、サンはテーブルに置いた。
それぞれ礼を言い、みんな手を伸ばす。
「あと三十分くらいしたら、向こうの通りを、行列が通るみたいだよ」
買い物の途中で情報を仕入れたのだろう、サンが言った。
「ユファ。一応、行ってみようか?」
ティアの提案に、ユファレートは頷いた。
各国の要人が参列している。
宮廷魔術師も参加しているはずだった。
ハウザードほどの魔法使いならば、宮廷魔術師として召抱えられても、なんの不思議でもない。
もっとも、参列者の中にハウザードがいるかもしれないなどと、ユファレートは期待していなかった。
すでに、どの王国の宮廷魔術師についても調査済みなのである。
そこに、ハウザードの名前はなかった。
(それでも、ね……)
望み薄だとわかっていても、なにもしないよりはマシだろう。
どうせ当てはないのだ。
再びリーザイへと帰国したエスからの連絡もない。
口の中に、オレンジジュースの甘い味が拡がった。
ティアとサンの、何気ない会話が耳に入ってくる。
ごく普通の、家族の会話に聞こえる。
だが、微妙な違和感がユファレートにはあった。
それは多分、片方は家族だとしか考えていなくて、片方は異性だと意識しているからだろう。
(わたしたちなら……?)
もしユファレートとハウザードが会話を交わしたら、他の人たちにどういう印象を与えるのだろうか。
微妙な違和感を与えるのだろうか。
「ユファ?」
ティアに、じっと見られている。
「お腹減ってないの?」
ユファレートだけ、まだほとんど手を付けてなかった。
「ううん。食べるよ」
言って、ユファレートはハムサンドを口に運んだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「ハウザード」
「オーバ・レセンブラだ」
隣で呟くズィニアに、彼が覚える気がない偽名で返す。
儀式の行列の中。
行列自体は荘重で静かでも、周囲の野次馬は騒がしい。
すぐ隣のズィニアの呟きも、よく聞き取れないほどに。
他の参列者では、なにを口にしているかはわからないだろう。
ズィニアとは付き合いが長い。
だから、彼の喋り方の癖を知っている。
それがなければ、ハウザードも聞き取れなかった。
「俺ら、見られているぜ」
ズィニアは鋭い。
彼が見られていると言うのならば、間違いはないだろう。
「……誰に?」
「一応は敵、かな? あと、紛れ込んでいる奴らがいる」
「行列の中にか?」
「行列の中にも外にも」
ハウザードには気付けなくても、ズィニアにはわかる。
彼は鼻を動かした。
「……こっちは一応の味方だな。死肉が臭え臭え」
それも、ハウザードにはわからなかった。
「始まるぜ。いよいよな」
ズィニアは、低く笑った。
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