面影を重ねて

「もう夕方なのに、暑いねー……」


「ああ、暑い……」


ティアは、サンと二人並んで歩いていた。


できるだけ街路樹の影を踏みながら進むが、それでも日差しが辛い。


ティアもサンも、年の半分が冬というような地で育っていた。

兄妹揃って暑さには弱い。


サンが立ち止まった。

小さな保育園を見つめている。


「……? なにしてんのよ? 暑いから早く行こうよー」


「……ああ」


催促すると、サンは曖昧な顔をしてから歩き出した。


だが、すぐに保育園に視線を送る。


「さては……」


保育園を気にするサンに、ティアは勘を働かせた。


「隠し子?」


「なぜそんな発想に……」


「む。外れたか」


「……あそこで、母さんが働いている」


「ああ……」


家族はみんな、それぞれ事情があってオースター孤児院で生活していた。


ティアは、幼い頃に両親を失ったからだった。


サンは、母親に捨てられたから、と聞いたことがある。


父親の方は、すでに他界しているらしい。


サンも、その実の母親も、ズターエ王国アスハレムの人という。


なぜ、遠い異国の孤児院に預けられたか疑問だったか、サン自身も理由は知らないと言う。


サンが独立する際、アスハレムに住むと言った時は、変に勘繰ってしまったのを覚えてしまう。


母親がアスハレムで生活していることと、まったくの無関係ではないだろう。


危険なことは考えていないだろうが。


サンが理不尽な暴力を振るう姿は、見たことがない。


「……もしかして、お母さんに会った?」


「会ったよ」


「へ、へぇ~……」


詳しいことを聞いていいものかどうか。


「えーっと……」


「会って良かった」


サンの顔を見ると、無理をして言っているようではなかった。


「泣きながら、何度も謝ってくれたよ。やむを得ない理由があって、俺を孤児院に預けたってことも知ることができた」


「やむを得ない理由?」


「ちょっと言いたくないかな……」


「ん。わかった」


風が吹いて、汗をかいた体を撫でていった。


ティアは、暑さをしばらく忘れていたことに気付いた。


「……一緒に暮らしたりとか、しないの?」


「難しいかな……」


サンが苦笑する。


「俺のことが嫌いだったから、いらなかったから捨てたわけじゃない。それはわかった。理解してる。けど、なんかやっぱり、すっきりしないんだよなぁ……」


サンは、胸の辺りを押さえていた。


しばらく、黙って歩いた。


落ち込んでいるようではない。

だが、以前のサンとは少し様子が違った。

うまく表現できないが、心の芯に元気がない、という感じ。


なにかできないだろうか。

妹として、サンを元気付けてやりたい。


「そうだ!」


名案を思い付いて、ティアは明るく声を上げた。


「サンって、魚料理が好きだったよね?」


「うん」


「今日の晩御飯、あたしが作ってあげるよ。台所くらいあるでしょ?」


「ごめんなさい!」


なぜか、即座にサンは謝った。


◇◆◇◆◇◆◇◆


ルーアは、宿の外にいた。

出入口の横の壁にもたれ、通りを見遣る。


夜になった。

空は暗い。

だが、街は明るかった。


平和条約、そしてフォンロッド・テスターという英雄のための儀式だというのに、街の人々には緊張感がない。

お祭り騒ぎ、といった雰囲気である。


明日、この近くを儀式の行列が通るためか、出店が場所の取り合いをしていた。


「ティア、戻ってこないね」


いつの間にか、ユファレートが隣にいた。


ぼんやりとしていたルーアは、宿の出入口の扉が開いたことにすら気付けなかった。


「そりゃまあ、泊まるって言ってたから、戻ってはこないだろ」


「ふーん……」


ユファレートも、ルーアに倣うように隣で壁にもたれた。


いつもの、黒いローブ姿。


季節感のない暑苦しい格好だが、ユファレートの周囲の空気はひんやりとしていた。


魔法で、温度の微調整を行っているのだ。


簡単な魔法ではあるが、ルーアはその手の細かい魔法が苦手だった。


ユファレートに教えを請い使ってみたことがあるが、どうにも思うように制御ができない。


翌日には、冷えた空気に当たったせいか腹を下し、筋の悪さにユファレートから説教を喰らった。


魔法に関してだけは、ユファレートは容赦ない。


ふと、視線をいくつも感じた。

通りを歩く街の住人たちからだ。

どうやら、ユファレートが注目を集めているようだ。


まともな美的感覚がある者ならば、誰でも認めるだろう。


ユファレートは、可憐な美少女だった。


首から下を隠せば、良家のお嬢様にしか見えないだろう。


漆黒のローブよりも、綺麗なドレスの方が余程似合うに違いない。


注目を集めるユファレートの隣にいることで、ちょっとした優越感をルーアは味わっていた。


端から見ている者には、二人で並んでいるとどう眼に映るのか。


「恋人同士とかに見えるのかな?」


ユファレートが言った。


「お、おう。どうかな……?」


「ティアとサン」


(そっちか……)


勘違いした自分が、かなり恥ずかしい。


「わたしね、大分前だけど、オースター孤児院に寝泊まりしたことがあるの。数日だけど」


「へぇ……」


「その時気付いちゃったんだけど……多分サンって、ティアのこと好きだよ。妹としてじゃなくてね」


「……どうでもいい」


「ティアの方は、お兄ちゃんとしか思ってないみたいだけど」


「……どうでもいい」


ユファレートの言う、サンはティアのことを云々というのは、おそらく合っている。


それは、ユファレートとサンが同類だから。


ユファレートも、兄同然のハウザードに、特別な感情を持っている。


「ルーアって、ティアのこと好きなんだっけ?」


いきなりとんでもないことを言われ、ルーアは吹き出した。


気管に唾が入ってしまい、激しく咳込んでしまう。


「動揺した。ルーア、かわいい……」


「動揺しとらん! なんでそんな話になるんだよっ!?」


「ずっとそうだと思ってたけど……」


おかしいわね、とかブツブツ呟いている。


「でもさ、あれなんだよね。昔、好きだった人と、ティアってそっくりなんだよね? おまけに、同じ名前で……」


「ど……してそのことを……?」


知っている人間は、限られているはずだ。


「この前、ティアをベロベロに酔っ払わせたら、その話になって……」


「あの女ぁ……!」


余計なことを喋ってくれる。

そして、もう半年前になるのか。

余計なことを言ってしまった。


「なんでも、ルーアの昔の恋人でラブラブだった人の名前も、『ティア』だったとか」


「……恋人じゃねえ。昔、一緒に暮らしていただけだ」


「え……? ど、同棲?」


「ちっっがう! 『ティア』は俺を養ってくれていた人の娘だ!」


「あのね……」


ユファレートは、申し訳なさそうな顔をした。


「ルーアって、興奮したり動揺したりしたら、綺麗に誘導尋問に掛かるタイプだから、気をつけた方がいいよ」


「このっ……」


手をわななかせ、だがルーアは、なんとか落ち着こうと深呼吸した。


ユファレートの指摘通り、たしかに興奮気味だし動揺している。


「ごめんね」


いきなりユファレートが謝った。


「あん?」


「先に謝っとくわ。その……『ティア』さんが亡くなられたって知ってるのに、これから、すごく無神経で嫌なことルーアに言うから」


「……なんだよ?」


「わたしは、基本ティアの味方だから。だから聞くね。いつまで、ティアのこと、『オースター』って呼ぶの?」


「……オースターって名字の奴をオースターって呼んで、なにがおかしいんだよ?」


「おかしくないけど……わたしにはね、ルーアが、ティアと『ティア』さんを重ねているように見えるの。だから、逆に名前で呼べないのかなって」


「……」


否定はできなかった。

たしかに、特に出会ったばかりの頃は、その顔に、声に、仕草に、『ティア』の面影を重ねていた。


「すごく似てるんだから、重ねるなって方が無理なのかもしれないけど……。でもさ、重ねて見るのは、ティアにも『ティア』さんにも、失礼な気がするのよ。……て、訳わかんないこと言ってるね、わたし」


「いや。わからなくもないけど……」


「……よし。言いたいことは言えた。わたし、戻るね」


「……ああ」


だが、ユファレートは扉を開いたところで、振り返った。


「なんだったらさ、今度ティアのこと、ちゃんと名前で呼んでみなよ。絶対喜ぶから」


「……喜ぶ?」


ユファレートは、微笑して宿の中へと戻っていった。


「なんでだよ……?」


訳がわからない。

名前を呼ばれただけで喜ぶなんて、飼い主に懐いた犬じゃあるまいし。


それに、すでにティアのことはオースターと呼ぶことが、ルーアの中で定着してしまっている。


(今更なんだけどな……)


「喜ぶねえ……」


最近の不機嫌も治るのだろうか。

ならば、試してみてもいいかもしれない。


気が向いたら名前で呼んでみよう。


行き来する通行人を眺めながら、ルーアはそう決めた。


◇◆◇◆◇◆◇◆


ティアは、ベッドで寝息をたてている。


最初は床で寝ようとしていたのだが、サンがベッドを薦めると、まったく遠慮することなく占拠してくれた。


無防備な寝姿。


サンのことを、兄としか思っていないのだろう。

兄として、信用してくれている。


眼が冴えて、なかなか寝付けない。


無理矢理横たわった狭いソファーの上で、サンは身じろきをした。


深夜だというのに、外はまだざわめいている。


明日も早いのだ。

頼むから眠らせてくれ。


サンは、強く瞼を閉じた。


◇◆◇◆◇◆◇◆


深い眠りにつけない。

ウトウトしていても、ちょっとした物音で眼が覚めてしまう。

熱帯夜のせいだろうか。


すでに、外は明るくなってきていた。


声が聞こえた。

ティアの声。

いつもと同じ調子に聞こえる。


随分と早い時間に戻ってきた。


サンの声もした。


そう言えば、朝早くからバイトだとか言っていたような。


起きていたのだろう。

ユファレートとシーパルの声も聞こえた。


話し声。

それが、遠ざかっていく。

出掛けたらしい。


まだ、朝の六時か七時か八時か。

朝早くから元気なことである。


まあ、四人なら安心か。

朝だし。


ルーアは安心して、意識を鈍らせていった。


なにが安心なのかは、寝ボケた頭ではよくわからない。


暑い。

起きたら、寝汗がとんでもないことになってそうだ。


ハウザードのことをすっかり忘れて、ルーアは深い眠りに落ちていった。

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