エピローグ3

ジンの集落を包むようにある段々畑。


その最上段に、ルーアは腰掛けていた。

眼下の集落を見つめる。


三十四人だった集落。

三十三人になってしまった集落。


シーナを殺めた。

それから、二日が過ぎている。

まだ、手には感触が残っていた。


昼前。

よく晴れている。


段々畑には、住民の姿がなかった。


今日は、休みかなにかなのだろうか。


農作業に、全住民休みの日などあるのだろうか。


まあ、どうでもいいが。


人気がない。

だから、近付いてくる気配にすぐ気がついた。


訓練を受けていない、歩幅やリズムがいちいち微妙にズレる、つまりは普通の歩き方。

ティアの足音だった。


「隣、座っていい?」


聞いてくる。


ルーアは無視して、集落を見つめ続けた。


許可を出していないのに、ティアが勝手に隣に座る。


ルーアは、溜息をついた。


「俺さ、ションベンしてくるって言ったよな?」


「うん。けどまあ、嘘かなって」


「嘘じゃなかったらどうすんだ……」


「いいじゃない。見られても、べつに減るもんじゃないし」


「……それ、どっちかっつーと、男の台詞じゃないか……?」


それも、ちょっと駄目な男の。


「細かいこと気にしないの」


ティアも、集落を見つめる。


「……リィル、連れていかないでいいの?」


「当たり前だろうが」


リィルには、残酷なものを見せた。


多分、一生忘れることはできないだろう。


そして、どれだけ忘れかけたとしても、ルーアの姿を眼にしたら、思い出してしまうはず。


「……あのさ……こう、上手く言えないんだけど」


「……なんだよ?」


「シーナさんのこと、気にしすぎない方がいいと思うよ」


「べつに、気にしちゃいねえよ」


「そう」


「今までに、何人殺してきたと思ってんだ。何人死なせて、何人助けられなかったと思ってんだ。今更一人増えたところで、変わりゃしねえよ」


「そう」


会話が途切れた。

黙って風に当たる。

指に触れた草を意味もなく弄り。


先に沈黙に耐え切れなくなったのは、ルーアだった。


「……なあ」


「なに?」


「へこんでるように見えるか?」


「うん」


「そっか」


ルーアは、眼を閉じた。

あの光景が、はっきりと浮かぶ。

ルーアは、息を吐いた。


「……俺、嘘つくの下手なのかな?」


「そうでもないと思うけど。てか、普通はへこむでしょ」


「……だな」


「ああ。でも、あれかも。上手い下手はともかく、最近ルーアが嘘ついてる時って、なんかわかるようになったかも」


「……恐ろしいこと言うな」


「てことで、今後あたしに嘘ついたり、隠し事したりしないように」


笑いながら言う。


「……」


ルーアは、沈黙した。

ユファレートの兄について、とんでもない隠し事をしている。


気を取り直して、ルーアはわざとらしく伸びをした。


「……ま、さすがに今回は、ちょっとばかりしんどかったな……」


「あの、さぁ……」


ティアがなにかを言いかけて、だが、まだ言いたいことを整理できていなかったのだろう。


なにもない空間を、眼を泳がすように見て。


ティアが次に口を開いたのは、しばししてからだった。


「……たまたま、ルーアだっただけだと思うのよね」


「?」


「ルーアの役割が、あたしたち六人の誰に回っても、おかしくなかったと思うの。たまたま、ルーアだっただけだよ」


「……そうかもな」


「だから、なんて言うか、ルーアだけが責任感じたり、背負う必要ないと思うのよ」


「……」


「みんなで背負えばいいって、あたし的には思うわけよ」


ティアなりに、慰めようとしてくれているのだろう。


「リィルも、さ……」


唇に指を当てて、考え込む仕種をする。


やはり、言いたいことがまとまっていないのだろう。


「きっとリィルは、罪悪感を持っていると思うの。なにも、リィルは悪くないのに。でもきっと、自分だけが生き残ったことで、一生罪悪感を持っちゃうと思うのよ」


もしかしたら、ティアの言う通りかもしれない。


シーナとリィルは、仲が良かった。

そして、いつも一緒だった。


だからこそ、自分だけが生きていることを、悪いことのように感じてしまうのではないか。


「だけどさ……」


言いかけて、だがティアは、あっと声を上げて集落を指した。


「ほら、見て」


集落の、リィルの家。

そこへ、住民たちが集まりだしていた。


◇◆◇◆◇◆◇◆


あの人たちは、ついさっき集落を出ていった。


わかってはいたが、どうしてもリィルは見送りに行けなかった。


べつに、恨んでいるわけではない。

逆に、感謝している。


あの人は、最後の最後まで、姉を救えないかと苦悩していた。


恨んでなんかいない。

だがどうしても、見送りにはいけなかった。


独りきりになった。


こんなにも、広い家だっただろうか。


こんなにも、静かな家だっただろうか。


なぜ、生き延びてしまったのだろう。


昼前だった。

朝食を食べていない。

少し、お腹が減った。


独りで生きていても仕方ないと思う。

それなのに、お腹が減る。

それが、浅ましいことに思えた。


作り置きしていたスープに、火を通す。


温まったところで、火を消し、お玉杓子で掬って口に運んだ。


「辛っ……」


やはり、塩を使いすぎた。

薄味の方が好みなのに。


シーナは、濃い味付けが好みだった。


自分では料理しないくせに、味付けには文句を言ってくる。


「バカだな、わたし……」


もう、シーナはいないのに。

濃い味付けにして、喜んでくれる人はいないのに。


「お姉ちゃ……」


座り込んでしまう。

涙が零れた。


シーナとの思い出が、香りが、自分の中にも、家の中にも溢れている。


ずっと一緒だって、約束していたのに。


なんで、一緒に死ねなかったのだろう。


なんで、独りで生き残ってしまったのだろう。


剥がれた爪は、もう治っていた。

魔法で簡単に治った。


それが、なぜか許せない。


玄関の扉がノックされて、リィルは涙を拭った。

のろのろと、玄関へと向かう。


また、ノック。

小声で、返事をする。

聞こえなかったのだろう。

再度ノックされた。


返事はしなかった。

扉は、もうすぐそこ。


ドアノブが回された。

鍵をかけることも忘れていた。


扉が開かれる。


「……リィル」


訪れてきたのは、皺だらけのジンだった。

この集落では、顔役となる。


「……ジンさん、どうしたんですか……?」


「……今日は、誕生日だろう?」


そうだっただろうか。

そう言えば、そうかもしれない。


十三歳になったのか。


「……外に、出てみないか?」


「……そういう気分じゃ、ないです」


ジンが、小さく溜息をついた。


「シーナがな……」


「……お姉ちゃん?」


「いなくなる前日に、一人一人に頼んで回っていた。今度のリィルの誕生日、みんなで祝ってくれないかとな」


「……」


「シーナは、もう覚悟ができていたのだろうな。私たちは気付かなかったが、今にして思えば、あれは遺言だった」


リィルは気付いた。

ジンの背後に、大勢いる。


「みんな集まっているよ。この家では、三十三人は入らないだろう? さあ」


そして、ジンはリィルの手を取ってきた。


◇◆◇◆◇◆◇◆


リィルが、手を引かれて家から出てくる。


大勢が、外で待っていた。

数えてはいない。

だが、ルーアにはわかった。

三十三人だ。


ルーアと一緒にその様子を眺めていたティアが、口を開いた。


「たまにさ、助け合いとか、支え合いのことをさ、利用し合ってるだけだとか、甘え合ってるだけだって言う人、いるじゃない?」


「……ああ、いるな」


もしかしたら、ルーア自身もそっち側の人間かもしれない。


「それって、ただの捻くれた物の見方だと、あたしは思うの」


「……」


「だってさ、誰だって、独りじゃ生きていけないもん。誰かに頼って、支えてもらって生きているもん。誰だって、独りじゃ嫌だもん」


「かもな……」


「リィルもさ、独りで悲しむ必要なんてないんだよ。三十三人いるんだもん。みんなで背負って、みんなで支え合って生きていけばいいんだよ」


リィルは、どんな表情をしているのだろう。

この距離では、よく見えない。


「三十三人いるんだもん。きっと、大丈夫だよ」


隣でそう言うティアは。


すごく、優しい顔をしていた。


◇◆◇◆◇◆◇◆


誕生日。


特別に、なにかをプレゼントされたわけではない。

豪勢な料理があるわけでもない。


ただ、三十三人で集まった。


三十三人で、寄り添い合った。


三十三人で、語り合い。


そしてその日。


三十三人で、泣いた。


◇◆◇◆◇◆◇◆


背中とお腹がちくちくする。

そこに、魔法陣というものを刻まれた。


入れ墨なんて嫌だけど、こうしないと、あの黒い霧が出てくるらしい。


(仕方ない、よね……)


焚火の前。

吐く息は白い。


連れて来られた集落。

まだ、受け入れてもらえていない。


家がないから、こうして焚火の前で暖をとるしかない。


火の起こし方を知っていて、良かった。


これから、冬になる。


(……このまま、受け入れてもらえなかったら、どうしよう)


化け物、なんて言われた。

実際にその通りだから、仕方ない。


この力のせいで、たくさんの人が死んだ。


(……お父さん……お母さん)


二人で体を温め合えば、なんとか寒さは我慢できた。


けど、いつまでもこんな生活を続けられるわけがない。


(あたしが、いなければ……)


リィルだけなら、受け入れてもらえないだろうか。


(あたしなんか、生きていても……)


泣きそうになった。


手を、ぎゅっと握りしめられる。

寝ていたはずのリィルだった。


笑顔を見せている。


「大丈夫だよ、お姉ちゃん」


「え?」


「わたしは、ずっとお姉ちゃんと一緒だから。二人なら、寂しくないよ」


「……」


なにを言っているのだろう、この子は。


さっきまで、泣きじゃくっていたのに。

泣きながら眠ったのに。

まだ七歳の、お子様が。


「まったく、生意気なんだから」


リィルを抱きしめて、髪をぐちゃぐちゃになるまで撫で回す。


リィルが抗議するが、離してやらない。


「そうだね。あたしたち二人は、これからもずっと一緒だ」


夜空を見上げる。


満天の星空。


(……神様、お願いします)


お父さんを、お母さんを、たくさんの人たちを殺した。


だからきっと、幸福なんて望んじゃいけない。


(でも、リィルはなにも悪くないですよね?)


リィルには、なんの罪もない。


だから、お願いです。


あたしは、どうなってもいい。


でも、リィルだけは。


幸せにしてあげてください。

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