プロローグ4

半年ほど前、サン・オースターの元に、妹からの手紙が届いた。

ヘリク国の、ヘリクハイトからである。


妹は、相変わらず友人の兄を捜す旅を続けているようだ。


大陸だけでは飽き足らず、海を越えて島国にまで渡ったか。


妹の友人のことは、知っている。

ユファレート・パーターという名前の、長い黒髪をした美少女だった。


会話をした時は、正直どぎまぎしたのを覚えている。


おしとやかな性格だったが、魔法について語る時だけは人格が豹変する。

色々な意味で印象に残る少女。


あのドラウ・パーターの孫娘だと知った時には、驚いた。


頷けるものはあった。

魔法についての知識は豊富とは言えないが、ユファレートは素晴らしい魔法使いなのだろう。


彼女が祖父から譲り受けたという杖を振ると、盗賊たちは為す術もなく倒れ、逃走する。


もう助からないだろうと思われた村人も、彼女が手を翳すと意識を取り戻した。


本当に感謝している。

ユファレートと、彼女の祖父と兄。

三人が村を訪れていなかったら、オースター孤児院は、今頃なくなっていたかもしれない。


村は盗賊団に蹂躙され、多くの犠牲が出たことだろう。


ユファレートの祖父であるドラウ・パーターは、世界最高の魔法使いだと称されている。


世界最強と言われているストラーム・レイルと、唯一肩を並べる存在。


世界最高の魔法使いとは。

空を翔け、大気を喰らい、雷の雨を降らせ、大地を砕き、天候を自在に操り、死者すら蘇生させる。

と思っていた。


実際には、自分の足で歩き移動する。

死人を生き返らせることもない。


いかにも好々爺といった雰囲気の老人だったが、時折鋭い眼光を見せる。


そうかと思うと、いきなり惚けたことを言ったりする。

そんな人だった。


ドラウ・パーターはハウザードという弟子を連れていた。


まるで彫刻のような美しい青年。

ユファレートは、お兄ちゃんと呼んでいた。


二人とも長い黒髪で、美男美女。

並んでいると兄妹にしか見えなかったが、実際には血の繋がりはないらしい。


確かにユファレートは、ハウザードの前だと少し感じが変わる。


乙女の顔になる、とでも表現すればいいのだろうか。


異性として意識していたのだろう。


ハウザードの方が、ユファレートにどういう感情を抱いていたのかは、わからない。


師匠の孫娘なのか、妹なのか、友人なのか、友人以上の存在なのか。


そのハウザードが、いなくなったという。


それは、ユファレートから妹へと送られてきた手紙に記されていた。


ユファレートたちが村を去った後も、妹は度々ユファレートと手紙のやり取りを行い、親交を深めていた。


ハウザードの行方を捜すと妹は決め、孤児院を後にすることとなる。


その頃はもう、サンは孤児院を離れて独立していたので、細かいことは知らない。


孤児院のみんなは止めただろう。

だが、妹が説得を聞くはずがない。


誰かのためにこうしようと決めたら、妹は梃でも動かない。


ユファレートと、女二人の旅を始めた。


危険ではないかと、気が気ではなかったが。


ヘリク国から送られてきた手紙によると、一緒に旅をする仲間が増えたという。


みんな、凄い剣士や魔法使いらしい。


ならば、少しは安全な旅になるかもしれない。


『もしかしたら、そのうちハウザードさんを見つけることができるかも』、そんなことも書かれていた。

いいことばかりではないか。


ただ、仲間となった四人は、みんな男だという。

それが兄として少し気になった。


特に、妹と同い年の男。

暑苦しく鬱陶しい赤ロン毛で、眼つきが悪くて、口が悪くて、態度が悪くて、乱暴で、すぐキレて、部屋を散らかし、人を信用しない男だと書かれていた。


妹が、ここまで人の悪口を並べるのは珍しい。

初めてのことかもしれない。


まあ、色々な奴がいるさ。

サンは自分にそう言い聞かせ、無理矢理納得した。


暴力的だとしても、まさか実際に妹に手を上げたりはしていないだろう。


妹はそれなりに自分の身を守れるし、そんな男と旅を続けたりもしないだろう。


もし妹に暴力を振るったら、絶対に許さない。


しばらくして、また手紙が届いた。


今度は、ホルン王国のヴァトムからである。


詳細は書かれていなかったが、なにやらとんでもない事件に巻き込まれたらしい。


『少し怪我もしちゃった。どんまいあたし』、軽い調子で書いてあった。


あまり心配させないで欲しい。

ホルン王国に戻ったのなら、そのままオースター孤児院に帰省すればいいのだ。

村はホルン王国の北端にある。


赤毛の男の悪口が増えていた。


『実は結構スケベで変態かも。起こしに行ったら寝ぼけて抱き着いてくるし、どさくさに紛れてスカートの中覗くし』


おい、ちょっと待て。


それからまた、しばらくして、手紙が届いた。

ラグマ王国からだった。


まだオースター孤児院に帰る気はないようだ。


なにか、悲しい出来事があったらしい。

詳細は、やっぱり書いていない。


そして、赤毛の男の悪口や文句が、また増えていた。


『せっかくご飯作ってあげても、食べてくれない』


まあ、その件については、赤毛の男を責めるつもりはなかった。


妹の料理は、なんと言うか、独特で不思議な味がする。


『ロリコンの疑い有り。ほとんど黒と思われる。小さな女の子相手だと、妙に言い方とか態度が優しいの』


まあ、趣味趣向は人それぞれである。


サンも、年上よりは年下の異性に興味があった。


『なんか、色々隠し事してるみたいなのよね。ちょこちょこ嘘ついてるっぽいし』


乱暴で、だらし無くて、変態で、嘘つき。


赤毛の男は、とんでもないろくでなしなのではないのか。


このまま男と旅を続けて、妹は大丈夫なのだろうか。


妹たちの一行は、今はこの、サンが生活しているズターエ王国王都アスハレムに向かっているらしい。


今度は、サンの方から手紙を出した。


送り先は、ラグマ王国王都ロデンゼラーのとある宿。


妹が、アスハレムへ訪れる前に、いつも利用する宿である。


今回も必ず利用するとは限らないが、宿泊する可能性は高いだろう。


妹に届かなかったら届かないで、べつに構わない。


それほど、重要なことは書いていない。


サンの近況。オースター孤児院の様子。他愛のないこと。

そして、赤毛の男について。


そんな嫌な奴なら、一緒に旅をするのはやめたらどうだ、と書いてみた。


妹から、返事の手紙がきた。


『嫌な奴だよ。嫌な奴だけど、でも、けっこういい奴なんだ』


そんなことが書いてあった。


なんとなく気に喰わない。

だが、妹からの手紙だ。

破り捨てるわけにもいかない。


サンは手紙を引き出しに仕舞った。


◇◆◇◆◇◆◇◆


夏が嫌いだ。

大陸南西に位置するズターエ王国の夏は、厳しい。


紙面によると、昨日は、今年の最高気温を更新したということだ。


熱中症で亡くなった方もいる。


サンが暮らしていたオースター孤児院は、極寒の地にあった。


体が、この国の暑さに慣れてくれない。

生まれはこの国のはずなのに。


なにもしなくても汗をかく。

少し体を動かしただけで、全身が汗で濡れる。


息を切らし、流れる汗を拭いながら、サンはアルバイト先に向かっていた。


今の職場は、看板屋だった。

板にペンキを塗る仕事。

いつまで続けることになるか。


あまり人の印象に残りたくない。

同じ職場に、長く留まるつもりはなかった。


強い日差しの中、サンは立ち止まった。


蝉の合唱がうるさい。

全身が汗塗れで不快だった。


職場についたら、まずシャツを替えなければならない。


職場に持っていく荷物が増えるということになる。


汗とペンキの犠牲になるのは、決まって格安の古着だった。


バックを背負うように持ち直して、サンは建物に眼をやった。


小さな保育園。

そこに、実の母親である女が勤めている。


情報を得るために、生活を切り詰めないといけないくらいの金がかかったが、なんとか知ることができた。


皮肉な想いが湧き上がる。

実の息子を捨てた女が、子供と触れ合う職場で働いているのか。


あるいは、罪滅ぼしのつもりなのだろうか。


母親だった女とは、会ったことがある。


彼女は、涙を流しながら何度も謝った。

平伏するほどの勢いだった。


わかっている。

遠い異国の地に預けなければならないような、事情があったことは。


もし彼女がそれをしていなければ、とっくにサンは死んでいただろう。


理解はしている。

だがそれでも、という感情はある。


恨んでいるのではない。

ただ、蟠りのようなものはある。


一緒には暮らしてはいない。

母親だった女の方から会いに来ても、門前払いする。

送られてくる物も、全て突き返す。


母親ではない。

母親だった女、自分を産んだ女、彼女はそれだった。


サンの母親は、オースター孤児院にいる。


母親として、守り育ててくれた人。


ぶっきらぼうで、でも一つ一つの言動に、優しさを込めてくれる人。


保育園を睨むように見る。

あいつは、母親じゃない。


母親の立場だっただけだ。


それなのに、母という単語を聞くと、真っ先にあの女の顔が思い浮かんでしまう。


金を払ってまで、彼女を捜した。


そんな自分が、サンは嫌だった。

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