続く偶然

誤解を解くのに、最も有効な手段は、事実を話すことである。


連れてこられた集落の顔役であるジンの家で、ジンと他の住民、合計五人の男に囲まれた状況で、ルーアは説明した。


『コミュニティ』という組織のこと。


シーナや他の行方不明の村人は、おそらく組織にさらわれたであろうこと。


死者に疑似的な魂を宿らせ、操る秘術があるということ。


すでに、少なくとも九人は殺害されて、兵士として仕立て上げられていること。


予想よりもあっさりと、ジンたちは信じてくれた。


それは、魔法を使える住民が集落にいないからかもしれない。


魔法と縁遠い生活をしているため、それについての知識は乏しい。


不思議な力、という程度の認識しかないようだ。


そういう魔法もあるのかもしれない、という感覚だろうか。


中途半端な知識を持たれていたら、こうも上手く誤解は解けなかったかもしれない。


ルーアも、実際にその眼で見るまで、死者に自我を宿らすなど信じることはできなかった。


「……その、兵士とやらにされた村人は、助けられないのですかな?」


ジンが、髭を動かしながら聞いてきた。


「もう、亡くなられているのです」


「そうですか……」


ジンは、深々と溜息をつく。

その皺だらけの顔を、ルーアは見つめた。


「私からも、伺いたいことがあります」


「なんなりと」


「シーナと、リィルについて」


「……あなたは、二人と仲が良い。本人たちに、直接聞けばいいかと」


「それができないから、あなたに伺うのです」


ルーアは、先程のリィルの様子を思い出していた。


呆けた表情で、包丁を握り締めた小さな手。


「リィルは、まるでシーナに原因があるような言い方をしていました。なにか、二人について知っていることがあるなら、教えて頂きたい」


「……それは、二人のことです。私が口にするのは、憚られますな」


「あのなぁ……」


普段の口調になってしまい、ルーアは咳払いをした。


リーザイ王国の特殊部隊に所属していた。


軍や警察のお偉方と関わることが、度々あった。


場に相応しい話し方は、できるつもりだ。


「……さらわれた村人には、まだ無事な方がいるかもしれません。被害は、これからさらに拡大するかもしれません。私たちに任せてくれなどとは言えませんが……」


ジンの表情は、深い皺に隠され、よくわからない。


「私たちは、戦うことができる。魔法が使える者もいます。失礼な言い方かもしれませんが、あなたたちよりは事態を解決できる可能性があるでしょう」


見つめる。

皺の奥で、ジンの目玉が動いたような気がした。


「……仕方ありませんな」


疲れ果てたように、ジンは呟いた。


◇◆◇◆◇◆◇◆


ジンの家から、自分たちが借りている家へ帰る途中。


ルーアは、良く晴れた空を見上げた。


ここは、ヤンリの村の西端の集落だと聞かされていた。


だが以前には、もっと西に、他の集落があったという。


そこで、シーナとリィルは生まれ育った。


この集落に二人がやって来たのは、六年前。

中年の男が、連れてきたらしい。


ジンの話によると、その男は、紳士的なのにどこか傲慢。


痩せていて、学者や研究者のような雰囲気を持っていた。


男は、ジンに告げた。

シーナが持つ力により、二人の両親も、集落の人々も、みんな死んでしまったと。


シーナとリィルが無事だったのは、力に対する抵抗力を生まれつき持っているからだと。


シーナの力は封印したので、一応は安全だと。


シーナの背中には、力を封じるための魔法陣が、そして、姉妹の腹部には、抵抗力をさらに上げるための魔法陣があるという。


そこまで説明して、男は忽然と姿を消した。


姉妹を受け入れるか否か、かなり話し合われたらしい。


悪魔の子だ。危険過ぎる。殺してしまえ。追放しろ。


そういう意見も、少なからずあった。


だが、まだ幼い姉妹。

危険な力は封じ込められている。


しばらく、様子を見ることになった。


シーナは、蔑まれながらも、頑張って笑顔を作ったという。

健気に、明るく振る舞った。


次第に、姉妹のことを悪く言う者は減っていった。


借りている家の前。

ルーアは、足を止めた。


シーナは、両親を、同じ集落の人々を死なせてしまった。


その、呪われた力で。

それが、どれほど辛いことか。


六年前ということは、今のリィルと同じくらいの年齢だろう。


集落に受け入れてもらえなければ、おそらくシーナとリィルは死ぬことになっていた。


だから、シーナは無理に笑顔を作り、明るく人々と接したのだろう。


それは、とてつもないことではないのか。


辛い過去に苛まれたこともあっただろう。


自分の力に怯えたこともあっただろう。


それなのに、あんな気丈に振る舞えるものなのか。


唇を噛んだ。


(なんで……俺はっ! 気付いて、やれなかった……!?)


シーナがいなくなる前日、明らかに彼女の様子はおかしかった。


あれは、シーナからのサインだったのではないか。

助けを求めるサイン。


夜中に気になって、眼が覚めたじゃないか。

嫌な予感は、いつも当たるのだ。

なぜ、朝になったらなどと、悠長なことを考えた。


すぐに確かめていれば、今とは違う状況になっていたかもしれない。


「ルーア?」


いつの間にか、すぐ隣にユファレートがいた。


ルーアの顔を、覗き込むように見ている。


「なにかあった? すごい怖い顔してるけど」


ルーアは、かぶりを振った。


「いや、なんでもない。そっちこそ、どうした?」


「ちょっと気になることがあったから、調べてたのよ」


「気になること?」


「中で話すわ」


玄関のドアノブを回しかけて、だがユファレートは手を止めた。


「……入りにくいとか、ある?」


ルーアが扉の前で立ち止まっていたことに、気を遣ってくれているのだろう。


「……大丈夫だ」


ルーアは、扉を押し開いた。

リビングのほぼ中央、テーブルは移動させられていた。


代わりに魔法陣が描かれていて、そこにリィルがちょこんと座らされている。


ティアはその側に控え、テラントとシーパルは窓を固めていた。


「……これは?」


魔法陣を指して、ユファレートに尋ねる。


「見ての通り、魔法干渉妨害の魔法陣」


「それは、見りゃわかるが……」


魔法干渉妨害の魔法陣。

それも、効果は微弱だが、接続時間はかなり長くなるようアレンジされているようだ。


「あの『悪魔憑き』、ゴーン、だっけ?」


「ああ」


「狙いはリィルみたいだから。わたしの推測だと、これだけでも、あの魔法……強制転移とでも言えばいいのかな。あの魔法を防げるはずなのよ。多分、なんだけどね」


曖昧な言い方だが、自信はありそうだ。


「どういうことだ?」


「ゴーンって人の空間系統の魔法、あまりに凄すぎだと思わない?」


「そりゃ、まあ、たしかに……」


「これもわたしの推測、だからやっぱり多分、なんだけど。あの人、空間系統だけに特化してるんじゃないかしら」


「……なるほど」


頷けるものがある。


戦闘中ゴーンは、魔法による攻撃、防御、支援を一切行わなかった。

転移を繰り返しただけ。


おそらく、長年に渡り、空間系統の魔法のみ特殊訓練を受けてきた結果だろう。


「それに、強制転移。あんな魔法、初めて見るから、なにか種があると思ったら、案の定……」


「なんだ?」


「さっきの場所、リィルの家の裏庭に、魔法陣が発動した痕跡があったわ。相当特殊なタイプね。準備にかなりの時間を要する、強力で、でも効果時間はほんの一瞬」


「それで、自分の力を増幅させて、強制転移か」


「失敗があったけどね。リィルだけでなく、ルーアも転移させてしまった」


「俺は、リィルの頭に手を置いていた」


「触れていなくても、近くにいるだけで一緒に転移させてしまうかも。空間系統の魔法は、扱いが難しくて調整が困難、それでいて大雑把だからね」


「そうだな」


以前、物質転送の魔法を攻撃に応用できないかと研究したことがあったが、あっさりと挫折してしまった。


転移先に、ちょっとした障害物があるだけで、失敗してしまう。ある程度の質量の物しか、転移できない。


それは、ゴーンも例外ではないだろう。


だから、敵を地中に転移させて生き埋めにする。体内に異物を転移させる。体内の物、例えば心臓などを体外に転移するなどの反則攻撃はできないはずだ。


せいぜい、頭上に植木鉢などを転移する程度しか、攻撃手段はない。


それは、動き回って狙いを定めさせなければ防げる。


「ゴーン一人だけなら、あまり危険はないな」


「そうね。強制転移も、魔法干渉妨害の魔法陣にいる間は、防げるはず」


「もう一つくらい、保険が欲しいところだけど」


「わたしか、ルーアか、シーパル。魔力を感知できる誰かが、周囲を巡回すればいいのよ。強制転移を発動させるための魔法陣を生成するには、かなりの時間がかかるはずだから」


「完成前に見つければ、発動自体が不可能になるか」


リィルたちの家の裏庭に魔法陣があったということは、あまり遠距離の強制転移はできないのだろう。


「じゃあ、そうするか。適当に交替しながらで。それでいいか、シーパル?」


「はい」


窓際にいたシーパルが頷く。

その拍子に、短槍が折れて床を転がった。


「……物質修復の魔法に、失敗したのか?」


「いやぁ……」


苦笑いを浮かべながら、シーパルは短槍の穂先を拾い上げた。


「どうにも、今日は調子が悪い……」


「それだけか?」


今まで黙していたテラントが、口を開いた。


「お前ともそれなりの付き合いになるが、俺が知る限り、お前の魔法の失敗は、まだ二回しか見ていない。さっきと、今だ」


先程の戦闘中も、シーパルは魔法の発動に失敗した。

槍を折られ、危ういところだった。


ティアが、口に手を当て、あっと声を上げた。


「シーパル。今日って、ドーラさんたちとの約束の日じゃ……」


「いいんですよ、ティア。こっちの方が大事です。それに、もう間に合いませんし……」


「まだ、待ってくれてるかもしれないじゃない」


「ちょっといいか?」


テラントが、軽く手を挙げた。


「シーパルには、人と会う約束があると。それは、ここんとこぼけーっとしていたことと、関係あるのか?」


「まあ……ありますね」


「じゃあ、とっとと行け。魔法に失敗するくらい、気になるんだろうが」


「魔法に失敗したのは、たまたまです。もう、ありませんよ」


「たまたまを二回続けた奴を、俺が信用すると思うか?」


「……」


テラントの指摘に、シーパルは黙する。


「いいから、行け」


「……もう間に合わないと、言ったはずです」


「それならそれで、諦めもついて、少しはすっきりするんじゃねえか?」


「……」


また、シーパルは沈黙した。


「ねえ、シーパル」


今度は、ユファレートが声をかけた。


「前にさ……もう、四ヶ月も前だけど、わたしに足手纏いだ、帰れって言ったの、覚えてる?」


「ああ……言いましたね、主にテラントが」


「そして、何度もわたしを叩きのめしてくれたわよね」


「え、ええ、まあ、主にテラントの指示で……」


ヘリク国のヘリクハイトで、ランディの仲間であるグリップたちとの戦闘前のことだろう。


シーパルやテラントは、戦闘の素人だったユファレートを追い払い、二人だけで敵を迎え撃った。


何度もシーパルに負けて、大泣きしていたユファレートを思い出す。


「あれ、感謝してるから」


「……え?」


「あのまま戦っていたら、わたしは死んでたと思う。あれで、わたしは未熟だと知ることができた。だから、今度はわたしが言ってあげる。今の集中力が散漫になっているシーパルがいても、邪魔になるだけ。足手纏いよ」


「これは手厳しい……」


「なんなら、勝負してみる? わたしに勝てたら、ここに残っていいよ。今のシーパル相手なら、百回やって百回勝てる自信あるから」


「はは……」


力なく笑う。そして。


「……片道、三時間くらいはかかります。いつ、戻ってくることができるか……」


そう言い、シーパルはルーアの方を向いた。


「それでもいいですか、ルーア?」


「あん?」


なぜ、許可を求めるのか。


ティアもテラントもユファレートも、シーパルの背中を押しているのなら、わざわざ止めるつもりはない。


戦力の低下は痛いが、集中力を欠如させたシーパルが危険な要因なのも、また事実。


(……ああ、そうか)


シーパルの真摯な眼に気付かされ、ルーアは内心で苦笑した。


シーパルは、テラントもティアもユファレートも、もちろんこの場にいないデリフィスのことも、仲間だと思っているだろう。


そして、多分ルーアのことも、勝手に仲間だと思ってくれている。


もし反対したら、シーパルは行かないだろう。


「いいんじゃねえの、べつに」


反対したら、ティアやユファレートになにを言われるかわからない。


だから、ルーアは肩をすくめて言った。


「……すみません、みんな。できるだけ早く戻ります」


シーパルが、家を飛び出す。


しばらく背中を見送ってから、ルーアはリィルに視線を送った。


少女の目線の高さに合わせるように、しゃがみ込む。


「リィル」


名前を呼ぶと、怯えたようにリィルは身を震わせた。


「ジンさんから、話は聞いた」


「そう、ですか……」


「服を脱いでくれ。ちょっと見たいんだ。直接君の体にぃっ……!?」


延髄を、ティアに蹴り付けられる。


「最っ低……いきなりなに言ってんの、あんた?」


「ちゃんと……最後まで……聞けっ……!」


痛む箇所を押さえ、冷ややかな視線のティアを睨み呻く。


「……ルーアさんが見たいのは、これですよね?」


リィルが服を途中まで捲り上げる。


ジンの言う通り、腹部に魔法陣の入れ墨があった。


みぞおちからへそ下までの、小さな魔法陣。


ルーアの見たことのない型だった。


元々、魔法陣についてはたいした知識はないが。


「ユファレート」


促す。

ルーアよりは、遥かに詳しいだろう。


だが、ユファレートも眉間に皺を作った。


「……なにこの形式? 初めて見るタイプだわ……。けど、多分。逆転した五芒陣に、変形した四つの門。退魔や抵抗を意味しているみたいな……」


同意を求めるような視線を送ってくるユファレートに、ルーアは愛想笑いを返した。


さっぱりわからない。

リィルの腹部にある魔法陣も、見たこともないそれを解析できる、ユファレートの頭の作りも。


「同じのが、お姉ちゃんのお腹にもあります」


服を戻しながら、リィルが言った。


「あと、お姉ちゃんの背中には、別の魔法陣が。能力を抑えるものだって、あの人は……」


「リィル、もういい。みんなには、あとで俺から話す」


ルーアは遮った。

リィルにとっては、辛い話だろう。


「いいえ、わたしから、お話しします。わたしたちの、ことだから……」


リィルは俯き、何度か深呼吸をしてから、意を決したように顔を上げた。


「あれは、六年前。ここからもっと西の集落で、わたしたちは暮らしていました。そこには、お父さんもお母さんも、もちろん他の人たちもいて……」


言葉を区切り、身震いする。


「でも、ある日……本当に、突然でした……。お姉ちゃんの体から、黒い霧みたいなのが出て……」


ルーアにとっては、耳新しい話ではなかった。


シーナの体から発生した黒い霧は、彼女の両親と、集落の住人たちを焦がしていった。


そこへ現れた、学者や研究者のような男。


彼は、シーナとリィルに告げたという。


シーナの黒い霧は、魔法であって魔法でない、旧人類の能力。


二人が無事だったのは、抵抗力を持っているからだと。


そして、シーナの背中に能力を封印する魔法陣、二人の腹部に抵抗力をさらに上げる魔法陣を施した。


その男は、何者なのか。


シーナの黒い霧は、魔法とは異なる。


おそらく、死神ソフィアの邪眼のような、特殊な力なのだろう。


只の学者や研究者に、封印できるとは思えない。


魔法陣も、ユファレートの知識にすらない造形である。


「わたしたちは、このジンの集落に連れてこられて……静かに、暮らすことができていたのに……」


リィルの話は、続いていた。


「お姉ちゃんがいなくなる前々日、あの人が来ました」


「あの人?」


問いながら、ルーアは答えに気付いていた。


『悪魔憑き』ゴーンは口にした。

ズィニア・スティマという名を。


「大人の人なのに、あんまり大きくなくて、でも、手は長くて……」


木が軋む音がした。

テラントは無表情だったが、掴む窓枠がひしゃげている。


「……人ン家だぞ、テラント。あと、今はキレないでくれよ?」


デリフィスもシーパルもいない。

テラントが理性を失ったら、必然的にルーアが止めなくてはならなくなる。


彼の剛腕を、押さえる自信はなかった。


テラントは、後頭部を窓に当てた。


「悪ぃな。話の腰を折った。続けてくれ」


「はい……」


リィルは、テラントの方を気にしながら頷く。


「その人は、お姉ちゃんがなにをやったか知っているって……そして、お姉ちゃんと二人で、なにか話していました。わたしは、聞けなかったけど……」


「そのあと、そいつは?」


「しばらくして、帰りました。お姉ちゃんは、真っ青な顔をして……」


その翌日、ルーアはシーナと二人だけで話した。

様子がおかしいとは思ったが。


「他の集落の人たちを死なせたのは、お姉ちゃんの力だと思います……」


「ねえ、ルーア」


ユファレートは、自分のローブの裾を、力一杯握り締めている。


「さっき、わたしたちが戦った兵士って……」


「……まあ、そういうこったな」


火傷のような跡が、全身にあった。

そして、普通の村人のような格好。

自ずと、答えは導かれる。


「そんなことって……」


「配置を決めよう」


気を取り直すことなどできないが、それでもルーアは言った。


「ゴーンの強制転移対策として、俺が外を巡回する。ユファレートは、リィルの魔法陣を調べてくれ」


おそらく、シーナの能力を封印した魔法陣は、効果が切れたか弱まっている。


再度封印し直す必要があるだろう。


リィルの腹部の魔法陣とシーナの背中の魔法陣は別物だが、同一人物が施したものである。


なんらかの手掛かりにはなるかもしれない。


未知の魔法陣を解析し、全貌が不明な能力を封印するなど、普通に考えれば無理なことだ。


だからと言って、足掻かないわけにはいかない。


少しでも可能性がありそうなユファレートに、賭ける。


「オースターとテラントも、リィルの側に。デリフィスは……」


「知らん」


テラントを見ると、彼はにべも無く言った。


「……エス」


デリフィスの居場所を聞くため呼んでみる。

だが、反応がない。


「……なんだ? 忙しいのか?」


「あたしが捜してくるよ」


ティアが、自分の顔を指した。


「……危険だろ」


「危ないと思ったら、大声出すわよ。小さな集落だし、誰にも聞こえないことはないでしょ」


「大声出す前に、やられたり、捕まったらどうする」


「そもそも、あたし、狙われないと思うの」


「なんで?」


「向こうの目的は、リィルでしょ。人質なら、もう捕られているようなものだし」


たしかに、シーナが敵の手にある今、ティアを人質にする意味は薄い。


ティアは、自虐的にもとれる笑いを浮かべた。


「それに、情けないけどあたし、向こうに戦力だと数えられていないと思うのよね」


ルーアは、溜息をついた。


「……だから、各個撃破の対象にならないって?」


「デリフィスの力は必要でしょ? シーパルがいなくなって、ただでさえ戦力が欠けているのに」


正論である気はする。

ティアが襲われることは、あるいはないかもしれない。だが。


「オースター、お前ってさ……」


「なに?」


「……いや、いいや」


急に面倒になって、ルーアは手を振った。


いくら止めても、どうせティアはやりたいようにやるだろう。


「んじゃ、みんな頼むな」


言って、ルーアは外に出た。

ティアだけついてくる。


「絶対、リィル守ろうね。シーナも……」


「当たり前だ」


ティアが、にこりと微笑む。

そして、適当な方向に駆け出した。


(……なんでだろうな、あいつ)


その背中を見送り、疑問に思う。

ティアは以前、『ヴァトムの塔』に昇った時、テラントの盾になろうとしたらしい。


今も、危険を感じながらも単独で行動することを選んだ。


危険や死が、怖くないわけではないだろう。


自分なりにできることを見つけているのだろうが、感覚がズレているような気がする。


危険や死を避けようという意識が希薄とでも言うのか。


大局的には正しい行動かもしれないが、十七歳らしくはないような気がする。


(……人のこと、言えないか?)


全員が、危険は危険だった。


(……にしても、気に喰わねえ)


偶然が重なりすぎている。

シーナとリィルの問題に、ズィニア・スティマが絡んでいることを知ったとき、まずそう感じた。


四ヶ月前、ユファレートとテラントに偶然知り合った。


そして、二人とも偶然人を捜しており、同道することになった。


テラントの妻を殺害したズィニア・スティマは、偶然にもルーアにとっては因縁深い『コミュニティ』の一員だった。


ユファレートの兄弟子ハウザードも同じくそうらしい。


ハウザードは偶然、ストラームにとって排除しなくてはならない存在である。


偶然、リィルを助けることになった。


リィルにはシーナという姉がいて、偶然、ズィニア・スティマが関わっている。


(偶然が続きすぎだろ)


偶然だけではなく、誰かの思惑が絡んでいる。


誰かとはエスであり、ストラームであり、あるいは『コミュニティ』の者だろう。


だがそれだけでなく、もっと大きな力が、偶然を演出している気がするのだ。


(……気のせいか?)


たまに、考えすぎることがある。

今は、リィルを守り、シーナを助けることだけを考えよう。


意味もなく頬を叩き、ルーアは歩き始めた。

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