決意と覚悟

昼飯を消化し、小腹が減ってきた。


日は傾き、風が出てきて過ごしやすい。


夕方というには、まだ少し早い時間。


ルーアは、集落の広場にいた。


一人ではない。

側に、リィルがいる。


ルーアのジャケットの裾を、親指と人差し指で摘むように掴み、俯いている。


歩きにくいが、さすがにこの小さな手を振りほどくことはできない。


リィルの姉であるシーナが、姿を消した。

昨日のことである。


一昨日会った時、どこか様子がおかしかった。


だからルーアは、事故だとは思っていなかった。


彼女は、なにか言いたいことがあったのではないか。


それを聞いていれば、姿を眩ますなんて真似はしなかったかもしれない。


悔いばかりが残る。

無事に戻ってくることを、今は祈るしかできない。


リィルの側を離れないように。

命令するように言ってきたのは、ティアである。


取り敢えず、言う通りにした。

それで、リィルの心を少しでも落ち着かせることができるのなら。


他のみんなは、シーナを捜している。


ティアとユファレートは、手掛かりを求め、住人たちの話を聞いて回っているようだ。


七十過ぎの老人と、今は話していた。


腰が曲がり杖を付いた、白い髭を伸ばした老人で、ジンという。


この集落では、顔役となるらしい。


山を捜索していたテラントとシーパルは、今し方戻ってきた。


広場の隅で水分補給をしながら、他の捜索隊のメンバーと、地図を見て話し合っている。


デリフィスだけ、視界の中にはいない。


単独行動を望むのは相も変わらずだが、それが思わぬ事態の進展に繋がる可能性もなくはない。


ティアとユファレートが、近寄ってきた。


二人とも、なにか複雑な表情をしていた。


「……なんかあったか?」


「うん、それがね……」


ティアは、リィルを一瞥した。


「なんか、他にも行方がわからない人が出てるって……」


「……はぁ? 神隠しでも流行ってんのか、この集落は」


「いや、この集落じゃなくて。シーナ捜すために、他の集落にも連絡いったじゃない? その……ここからだと、北東の方角かな、三つの集落で、ほとんどの住人がいなくなってたんだって。六十人くらい」


「……なんだそりゃ……えらい大事じゃないか」


ルーアは呻くように言った。


「なんだって、そんなことが?」


「知らないわよ」


「全員じゃないんだろ? 残った奴に事情を……」


「残りの人たちは、みんな亡くなられていたって。なんか、全身に火傷みたいな跡があって……」


「ティア!」


ユファレートが、鋭い声で制止をかける。


掴まれているジャケットから、細かい震えを感じた。

リィルが、真っ青になっている。


「……あっ! 大丈夫よ、リィル。その……亡くなられていたのは、お年寄りやほんの小さな子供ばっかりで、シーナさんはきっと無事……」


リィルはかぶりを振った。

ジャケットから手を離し、駆け出す。


「……オースター……お前な」


「ごめん……」


「……ったく」


毒づいて、ルーアはリィルを追いかけた。


歩幅が違う。

すぐに追い付けるはずだ。


誰かが死んだと聞かされたら、ますます不安になることだろう。


もっとも、隠したところでいずれは伝わる。


口を滑らせたティアを責めても、どうにもならない。


リィルは、シーナと二人で暮らす自分たちの家へと駆け込んだ。


少し遅れて着いたルーアは、逡巡せずドアノブを回した。


他人の住居となるが、なによりもリィルを落ち着かせるのが優先だろう。


だが、践み入ることができなかった。


居間と台所が一体となった家。

洗面台の前で、生気の抜けた表情で座り込んでいる。

手に、包丁を握り締めていた。

只事ではない。


すぐに、ティアとユファレートも追い付いてきた。


「リィル……!」


様子がおかしいことに気付いて、ティアが悲鳴を上げるように名前を呼ぶ。


ルーアは、ティアを止めた。

ゆっくりと、一人だけでリィルへと歩み寄る。


「……リィル」


できるだけ穏やかに聞こえるような口調で、呼び掛ける。


聞こえていないということはないだろう。


「……そっち行くけど……動くなよ……?」


リィルの気持ちを刺激しないようにゆっくりと、だが近付いていることがはっきりとわかるように足音を立て、ルーアは一歩ずつ歩み寄った。


リィルの隣で、膝を曲げてしゃがみ込む。


包丁を持つ手を、ルーアは握り締めた。


「お姉ちゃんなんです……」


か細い声で、リィルが言った。


「……なにがだ?」


「お姉ちゃんが、みんなを……」


リィルの指を、一本一本包丁から剥がしていく。


「お姉ちゃんを守らないといけなかったのに……、ずっと一緒にいないといけなかったのに……、わたしが、お姉ちゃん、止めないと……」


ルーアは溜息をついた。


「……事情はよくわかんねえけど……刃物持たないといけないような決意はするな」


包丁を取り上げ、リィルの手が届かない位置に置く。


「お姉ちゃん止めて、わたしも……一緒に……」


「やめろって……」


なにを言うつもりなのか悟ってしまって、ルーアはリィルの頭に手を置いた。


「そんな覚悟……するな」


まだ十二歳の少女が、するべき決意でも覚悟でもない。


鳥の囀り、虫の音、そういったものが、耳に入ってきた。

視界には、山並みと樹木。


「……!?」


リィルの頭を撫でている状態のまま、なぜかいきなり少女と外の地べたに座っていた。


ティアの、テラントとシーパルを呼ぶ声が聞こえる。


(……なんだ?)


「……あれぇ?」


間延びした声。


「……変なのが……付いてきちゃった……」


男がいた。

両肩に、桃色の球体を張り付けた男。


(……『悪魔憑き』? 強制的に、転移させられた?)


状況はそうだが、そんな魔法、見たことも聞いたこともない。


「……お前……誰ぇ?」


「……そりゃこっちの台詞だ。……何モンだ、お前?」


間の抜けた表情の『悪魔憑き』を、睨み付けながら問い返す。


「……俺、ゴーン……。その子も……連れてくことになったから……ちょうだい……」


「……その子、も?」


ルーアは、リィルを背中に隠した。


「シーナや他の村人を連れていったのは、お前か……?」


「ルーア!」


ユファレートを先頭に、ティア、テラント、シーパルが駆け付ける。


ルーアは、自分とリィルの体に残った魔力の残滓に気付いた。


ゴーンに転移させられた時のものだろう。


ユファレートは、それを辿ったのか。


すぐに助けに来てくれたということは、遠くまで転移されたわけではなさそうだ。


多分ここは、リィルたちの家の裏辺りだろう。


「……あー……増えた……。お前ら……めんどくさい……弱いくせに……」


ゴーンの両肩の球体が震える。

なにもない空間から、唐突に十人ほどの男たちが現れた。


「……なっ!?」


ルーアは、驚愕した。

おそらく、ユファレートやシーパルも同様だろう。


ゴーンが使った魔法は、またルーアの知識にはないものだった。


構成からして、瞬間移動、物質転送、長距離転移に近い魔法。

空間系統の魔法だろう。


難易度が高い系統の魔法だが、余りにも鮮やかに発動できすぎている。


思わず、鳥肌が立ってしまうほどに。


言動は惚けているが、実力は侮れない。


「オースター、リィルを頼む」


ティアにリィルを押し付け、ルーアは剣を抜いた。


テラント、シーパル、ユファレートも、それぞれ武器を構える。


対峙するのは、九人の男たちと、その陰に隠れるように後退した、『悪魔憑き』ゴーン。


男たちは、いつもの通り『コミュニティ』の兵士だろう。


生気はなく、だが戦意は向けてくる。


死体に、人工的な魔法による魂を憑依された存在。


(……なんだ?)


違和感があった。


挙動に淀みがない。

比較的新しい死体だったということだろうか。


手にする武器は、鍬や鎌といった農具ばかり。


そして、体のあちこちに、火傷のような跡。


(……まさか)


一つの可能性に思い当たった。


さっき、ティアから聞いた話。


近くの集落で、ほとんどの住民が行方不明になっている。


僅かに残された住民は、全身に火傷のような傷を負い、息絶えていた。


(……こいつ、さらった村人たちを、殺して兵士にしやがったな……!)


ユファレートの表情を、横目で盗み見る。


緊張で、強張った横顔。

それは、戦闘が始まるからだろう。


まだ、そのことまでは気付いていない。


気付いたら、ユファレートやティアは戦えなくなるかもしれない。


(……死んだ人間だ)


もう、人間として生きることはできない。


いずれ、その体は朽ちて、動かなくなる。


自分に言い聞かせながら、ルーアは剣を兵士の肩口に叩き込んだ。


テラントも、早速一人斬り飛ばす。


そのまま、兵士の集団へと突っ込んでいった。


テラントの走行先を開けるように、ユファレートの放った光線が、兵士を薙ぎ倒す。


テラントに続きかけて、だがルーアは足を止めた。


視界の隅。

シーパルが突き出した掌の先で、魔力が霧散する。


魔法発動の妨害をされたのではない。


純粋な失敗。

それも、ごく簡単な攻撃魔法を。


(おい……!)


上手く魔法を発動できないのは、それほど珍しいことではない。


誰だって、見習いレベルの時期は、失敗を重ねてきただろう。


だが、シーパルほどの魔法使いが、簡単な魔法を使い損ねるなど、普通は有り得ない。


あるいは、兵士の正体に気付き動揺したか。


「ちっ!」


ルーアは踵を返し、シーパルのフォローに向かった。


接近した兵士に、シーパルは短槍を叩き折られながらも、光球で弾き飛ばした。


「しっかりしてくれよ……」


「いや、すみません……」


なにか、シーパルの様子がおかしい。


戦闘中にも拘わらず、心ここに非ず、という感じである。


ルーアは、状況を確認するため、視界を素早く切り替えていった。


リィルの側には、ティアとユファレートが付いている。


テラントは、単独で兵士たちへと接近していた。


だが、現れた時と同じく、唐突に兵士たちの姿が消える。


「……あっれぇ~……おかしいなぁ」


相変わらずの、間延びした声は、頭上からした。


家の屋根の上に、ゴーンが立っている。


(いつの間に……)


複数の兵士たちを転移させるのとほぼ同時に、自身も瞬間移動で安全圏に待避。


(できるのか、そんなことが……?)


「……強いじゃん、お前ら……怖いほどではない……って……ズィニア言ってたのに……」


「ズィニア、だと……」


ここ数日、頻繁に聞いている名前。


はっとして、ルーアはテラントを見遣った。


「……ズィニア・スティマを、知ってんのか……?」


鬼のような形相で、テラントはゴーンを睨め上げている。


火に肌を曝している時のように、体がちりつくのをルーアは感じていた。


「……奴は、どこにいる……?」


「……さあ……?」


「……答えろよ」


「……やだ。俺、金髪……嫌い……」


ぼそぼそと言い、いきなりその姿が消える。


「長距離転移……! そんな……発動が早過ぎる!」


ユファレートがうろたえる。

それほど、ゴーンの魔法の発動は滑らかだった。


テラントが、低い笑い声を上げる。


「……もう少しだ。もう少しで……!」


呟きと瞳に、狂気的な感情が込められている。


「……一旦、戻らないか?」


ルーアは、溜息混じりに提案した。


「俺たちが借りている家に。あっちの方が、見晴らしがいい。リィルも連れて……」


話していると、しゃっくりのような悲鳴に遮られた。


騒動に駆け付けた、住人たち。

倒れた兵士たちと、血がついたルーアの剣を凝視している。


「……人殺し……?」


「あいつ、スラの集落の……。まさか、あんたたちが……!」


誤解が生まれる。

その前に、リィルが声を上げた。


「違うの! ルーアさんたちは、わたしを助けてくれて……」


「ああ、いいよ、リィル。俺が説明するから。みんな、先に戻っててくれ。リィルを頼む」


ティアが頷くのを確認してから、ルーアは住人たちに向き直った。


「これまでにわかっていることを、みなさんにお話しします。あの長老さん……ジンさん、でしたっけ? あの方の所に、連れていってもらえませんか?」


「……わかった」


初老の住人が頷く。


明らかに警戒はされている。


それでも承諾してくれたのは、リィルが直ぐさま弁護してくれたからだろう。


集落に滞在している間の、みんなの行動も影響しているかもしれない。


猟や農作業の手伝い、子供の遊び相手などを、みんな行っていた。


元々、リィルの命の恩人として、集落にはやってきたのだ。

誤解を解くのは、難しくない。


「行きましょう」


剣を収め、ルーアは言った。

柄がまだ馴染んでいないため、掌がひりひりする。


心配そうに見つめるリィルに、ルーアは軽く手を振った。

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