訪れる者たち

魔法道具は、魔法の道具。

多くの人々が、そう間違った認識を持っている。


正しくは、魔法のような効果を発揮する道具、というところだった。


旧人類が、技術を集結させて作製した、言わば旧人類の魔法。


「……またか」


呟き、ズィニアは剣を抜いた。


小剣の形状の魔法道具。

『拒絶の銀』。それが銘。


刃で触れれば、魔法、またはそれに準ずる力を消失させることができる。

ただし、限度はあるらしいが。


念じるだけで、効果は発揮される。


ズィニアは、魔法道具を一閃させた。


体に絡み付こうとしていた不可視の糸が、断ち切られていく。


同じ術を使える者が、『コミュニティ』にいる。

つまり、糸のことをズィニアは理解している。


そして、『拒絶の銀』。剣の腕。それらのいずれかが欠けていたら、できない芸当だった。


糸を飛ばしてきているのが誰なのかは、わかっている。

このところ、頻繁だった。


触れられれば、かなりの情報を知られることになるだろう。

居場所や、浅い思考まで。


そして、おそらく六人ほどが駆け付けてくる。


うち五人は、達人と言っていい実力者だった。


もっとも、たいして危険だとは思わないが。


糸に触れたところで、特に問題は発生しない。


それでも、ズィニアはこれまで回避し続けてきた。


敵側の人物の術なのだ。

嫌いな人間に、馴れ馴れしく肌を触られるくらいの不快感はあるだろう。


日が地平に沈み、四時間ほどが過ぎたか。


ヤンリの村の、西端の集落。

住民は農業と狩猟で生計を立てており、暗くなると外に人気はなくなる。


ズィニアは、足音を忍ばせ、ゆっくりと集落を歩いた。


目指すは、とある姉妹が住むという家。


(嫌な任務だ……)


適格者だと選抜された。

だから、仕方がない。


姉妹には、これから不幸が降り懸かる。

逃れようのない、悲劇。


絶望をもたらすのは、ズィニアだった。


◇◆◇◆◇◆◇◆


『ハウザードを、殺せ』


『その肉体を、この世から消滅させろ』


エスの言葉が、ストラームの指令が、耳から離れない。


ここ数日、まともに眠れなかった。


まだ早朝と言っていい時間帯。

借りている住居の外、木陰の中にルーアはいた。


木の根元にもたれ座り込み、呻く。


「まじ恨むからな、ストラーム……」


せめて、理由くらいは教えて欲しいものだ。


(……言えないような理由? 言う必要がない?)


玄関の扉が開き、ティアが伸びをしながら出てきた。


目敏くルーアを見つけると、歩み寄ってくる。


「暇」


開口一番、単語だけを口にしたティアを、ルーアは半眼で見上げた。


「……あっそう」


「冷たいなぁ……」


暇なのはわかる。


村には、これといった娯楽施設などない。


何日もいれば、風景なども見飽きるだろう。


だがルーアには、ティアの暇潰しに付き合えるほどの、心の余裕がなかった。


考えなければならないことが、いくらでもある。


「……誰か他の奴に、構ってもらえよ。ユファレートとか」


「ダメダメ。今のユファは、危険が危ない」


「あん?」


「新しい魔法を開発するって」


「なるほど……」


たしかに危険だった。

ユファレートは、魔法に関することに対しては、人格が変わる。


下手に関わると、一日中でも実験や講義に付き合わされることになるだろう。


「開発って言うよりも、改良かな」


「ほほう」


「長距離転移? それを、再構成したいって」


「……俺には、一生縁のない話だな」


長距離転移は、正確に制御することが困難な魔法だった。

加えて、莫大な魔力を消耗する。


現在では、使い手がほとんどいない、最高難度の魔法の一つだった。


その再構成など、ルーアには到底考えられない。


「テラントとデリフィスは?」


「今のテラデリには、近寄りがたいわ」


「まあそうだろうが、テラデリって誰だ……」


二人は、散歩と称してどこかに行く。


ズィニア・スティマを捜しているのは間違いない。


エスの捜査網に敵うはずはないが、テラントは居ても立っても居られないのだろう。


「シーパルは? まだ家にいるだろ」


シーパルは、このところ毎日、軽食を手に午前中から出掛ける。


戻ってくるのはいつも、夕刻過ぎだった。


どこに行っていたのか聞いても、言葉を濁らすばかりである。


「シーパルは、いつもどこに、なにをしに行ってるのかな?」


「そりゃ、まあ、あれだろ」


「あれって?」


「……」


べつに、明確な答えがあるわけではない。


深く考えずに会話を続けていたら、『あれ』という指示語が出ただけ。


「ねえ、あれってなに?」


「……だから、まあ」


適当に、当て嵌まりそうなことを捜す。


「……女とでも会ってるんじゃないか」


そして、適当なことを言ってみる。


ティアが、瞳を輝かせた。


「あたし、用事できた! ちょっと出掛けてくる!」


唐突に言うと、ティアは家へと駆け戻った。


「……」


ティアのこれからの行動が、読めてしまう。


ルーアの適当な台詞のせいで、シーパルは面倒な思いをすることになるだろう。


だから素直にルーアは、胸中で彼に謝罪した。


◇◆◇◆◇◆◇◆


ドーラとパナを知ってから、四日が過ぎた。


シーパルは毎日、この夫婦の元を訪れた。


まだ、パナから全ての話を聞いていない。

彼女は、なにかを隠している。


連日会いに行っても、パナは話してくれない。


シーパルが来ると、家に閉じ篭る。


そして、ドーラが玄関に立ち塞がる。


パナの元を訪れるのは、シーパルだけではなかった。


怪我をした者、病を患った者など。


彼らを、薬師のパナは治療する。

薬草を与える。


治療の手伝いはできるが、シーパルは手を出さなかった。

パナは拒否するだろう。


早急に治療が必要な患者がいれば別だが、今のところ手助けはいらなそうだ。


昼前には、夫婦の家に着く。

そして、日差しにさらされながら、ドーラと向かい合う。


言葉を交わしたりはしない。


夕刻になると、シーパルは帰途につく。


二度と来るなと言われた。

パナは、ヨゥロ族を嫌悪している。


ヨゥロ族のせいで、どれだけ辛い想いをしてきたことか。


ヨゥロ族であるシーパルの姿を見ることは、パナにとっては、傷口に塩を塗られるようなものだろう。


それでも、シーパルは会いに行った。


ヨゥロ族を許してくれなどとは思わない。

いくらでも詰ってくれていい。

暴行を受けても仕方ないだろう。

謝罪しろと言うのなら、何度でも頭を下げよう。


パナが隠しているなにか。

力ずくで聞き出すなんて真似はできない。

だから、話してくれるまで、忍耐強く待つしかない。


いつものように、シーパルはパナの家の外で待った。


パナは家の中に入り、そしていつものように、ドーラが玄関で仁王立ちになる。


沈黙が続く。


無駄なことをしているのだろうか。

ふと思った。

よくわからない。


「……友達か?」


ドーラが口を開いた。


彼から話し掛けてくるのは、初めてかもしれない。


こちらに向けて話しているのだと気付くまで、少し時間がかかった。


「……友達……?」


ドーラが、その鷹のように鋭い視線を、シーパルの背後に送る。


振り返ると、誰かが木の陰に隠れるのが見えた。


茶色の髪をしていたような気がする。


「……」


しばらく見つめていると、観念したのか少女が木の陰から出てきた。

よく知る顔だった。


「ティア……なぜここに?」


「いやぁ、だってさ……」


ティアは、ばつの悪そうな顔をしていた。


「どんな人が相手か、気になるじゃない? そしたら、お父さん登場だし。『ウチの娘は渡さん』ってやつ? もうそんな段階まで話が進んでいるの、みたいな」


「いや、あの……」


なにやら、盛大に勘違いをしていた。


ティアは、眼をきらきらと輝かせている。


どうやら、尾行されていたようだ。


気付くことができなかった。

パナやドーラのことを考えていたからだろうか。


それにしても、ここまで三時間はかかる。


なんだろう、この無駄な行動力は。


「ティア、そういう話ではないんです……」


「じゃあ、どういう話?」


「それは……」


言葉に詰まる。

ずっと、誰にも話さずにきたのだ。


「ヴァトムから、ずっと様子おかしいよね。なんか関係あるの?」


「……」


「べつに、無理に聞き出すつもりはないけど……」


ドーラが、鼻を鳴らした。


「友人に、話すこともできない。それは、巻き込みたくないと考えているからか? それとも、同族をも捨てられるヨゥロ族を、恥じているからか?」


「それは……」


ヨゥロ族のことだから。

みんな、それぞれやるべき事があるから。

だから、自分の力だけで解決するつもりだった。


だが、パナが受けた迫害の話を聞いて、みんなに伝えていなくて良かったと思ってしまった。


事情を知った時、彼らはヨゥロ族を、シーパルを嫌悪するのではないか。


「ヨゥロ族の君が、俺たち夫婦にとっては目障りなのはわかるだろう? 前にも言ったが、二度と来ないでくれ」


「なっによ、それ!?」


噛み付いたのは、ティアだった。


「ヨゥロ族にどんな恨みがあるか知らないけどねぇ……!」


「俺の妻も、ヨゥロ族だ!」


ドーラの声量に、ティアが身をすくませる。


「……それなのに、魔力がないという理由だけで、同族から迫害され続けた。顔に、一生残る傷をつけられた。治してもらえなかった」


「……それは、シーパルがしたわけじゃないでしょ?」


「だが、無関係とは言えないだろう?」


「その通りです。僕も、ヨゥロ族ですから……」


「そうだとしても!」


今度は、ティアが声を張り上げた。


「シーパルがその場にいたら、絶対にあなたの奥さんの傷は治した!」


虚を突かれたような表情を、ドーラはした。


「……なぜ、断言できる?」


「これまでに、何度も見てきたから。シーパルが誰かを治療するところを。いつも、真剣だった。いつも、一生懸命だった」


不思議な気分がした。


喉が詰まったように、上手く言葉が出ない。


救われた。ふと、そう感じた。


こんなにも、信用してくれている。ずっと、隠し事をしてきたシーパルを。


「……ティア」


シーパルは、少女の狭い肩に手を置いた。


「聞いてもらえませんか? 僕のこと、ヨゥロ族のこと、僕の従兄弟のこと、そして、そのドーラさんの奥さんの、パナという方のことを」


ティアが、いつになく真面目な顔で頷く。


全て話すと、シーパルは決めた。

そうすると、自然と言葉が流れ出た。


自分自身のこと。ヨゥロ族のこと。パウロのこと。パウロが、殺されたこと。


迫害のこと。パナのこと。パナが、迫害を受けていたこと。

パナが、ヨゥロ族が襲撃を受けたことについて、なにか知っているということ。


全て話してしまうと、ふっと気持ちが軽くなった。


ずっと、誰かに打ち明けたかったのかもしれない。


ちょうど話し終えたところで、玄関が開いた。


ドーラの昼食を運ぶトレーを手に、パナが顔を出す。


シーパルは、会釈だけした。


皮肉気な視線で一瞥して、パナが屋内へ戻ろうとする。


「あのっ……!」


ティアが、声を上げた。


「シーパルに、話してもらえませんか? あなたが、知ってることを」


「まったく。今日はまたうるさいと思ったら、関係ない子がいるじゃない……」


パナが溜息をつく。


「ヨゥロ族と、ヨゥロ族に捨てられた者の問題に、無関係な奴が口出しするな」


ティアが、ムッと表情を変える。


「あなただって……」


と、ドーラを指した。


「無関係な人を盾にして、シーパルから逃げてるじゃないですか!」


「あたしたちは夫婦だ! 無関係なわけあるか!」


いきなり、ティアが腕を絡めてきた。


「恋人ですっ!」


(いやいや……)


なんだろう、この無意味な対抗意識は。


パナが、舌打ちして家の中に戻る。

扉が閉ざされた。


ドーラが、盛大に溜息をついてトレーを置いた。


「いい加減、ウチの食卓で昼飯喰いたいんだがな」


シーパルを、見据える。


「もし、パナが怪我をした時に居合わせたら、君は治してくれたか?」


「それは……」


どうなのだろう。

他の一族の眼を気にして、躊躇したりはしないだろうか。


ティアに、背中を叩かれた。


「シーパルは、追放とかおかしいって思って、ヨゥロ族を飛び出したんでしょ。堂々としなさいよ」


力強い瞳をして、言ってくる。


感謝しないといけない。ティアには。


シーパルは、胸を張った。


「治したと、思います。治しました。……必ず」


「そうか」


ドーラは、呟くように言って頷いた。

胸を膨らまし、鼻から息を抜く。

なにか、わだかまりを捨てるように。


「明後日、俺たちは、王都ロデンゼラーに行く。だから、明日から忙しい。客が多くなる」


薬師であるパナは、付近の集落の人々にとっては、医者のような存在なのだろう。

それが、しばらく不在となる。


出発前は、体調を崩した者や怪我人が、普段より多く訪れるはずだ。


「君に来られても、相手をする暇はない」


「……はい」


「……出発は、明後日の夕方六時。その前に、三十分だけ時間をやる」


「え?」


「それまでに、俺がパナを説得できていなかったら、諦めてくれ」


「ドーラさん……」


三十分だけ、パナと話す時間をやる。

そう言っているのだ。


「……ありがとうございます」


ドーラは、手で追い払う仕草をして、家の中に入っていった。


「……少しは、前進したかな?」


「かなり、前進しました」


ティアの問い掛けに、シーパルは微笑みながら言った。


「ティアのおかげです」


「そう?」


小首を傾げる。


シーパルは、もう一度微笑んだ。

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