プロローグ3

最長で一年。

テラント・エセンツには、そう告げた。


一年以内に、彼が捜し求めている人物を見つけ出すと。


もし全能力を以て探索に当たれば、一日と掛からず発見できる自信がエスにはあった。


だがエスは、常人には理解できない仕事を、いくつも抱えていた。


肩代わりができる者はいる。


だが、皆がそれぞれ同様に、困難な仕事を請け負っている。


煩雑で仕方がないが、全て自分でやるしかない。


誰からも理解されることはなく、誰からも労われることもない。


そのことを、不満に思ったことはなかった。


それが、エスという存在の役割なのだから。


後回しにはできない重要な仕事がいくつもある。


だから、テラント・エセンツの求める人物の探索は、片手間でやるしかなかった。


それでも、一週間もあれば見つけられる。そう考えていた。


一年間という期間は、言わば保険のようなものだった。


優先しなければならない仕事が増えた時に、探索を後回しにできるように。


(……屈辱だな)


約束の日からすでに、四ヶ月が経過している。


以前、あのストラーム・レイルに雲隠れされた時でさえ、半年で見つけることができたというのに。


ズィニア・スティマ。

それが、テラント・エセンツが捜し続けている人物の名前だった。


性別は男。

年齢は、二十七歳。

身長は百五十五センチメートル。


小柄だが、腕が長い。

右手の中指から左手の中指までの長さは、二メートルに達する。


三本の魔法剣を自在に扱う。


そして左耳に、テラント・エセンツに付けられた古傷の跡。


ズィニア・スティマの個人情報は揃っている。


簡単に得ることができた。


彼は、なにも隠していなかった。


それなのに、居場所だけは掴めない。


エスは、眼を閉じた。

意識が、細く細くなっていく。


そして、伸びていく。

それは無色で、蜘蛛の糸よりも遥かに細く、そして無数であり、光の速度で世界に拡がっていった。


まるで、世界を包み込む網のように。


(……リーザイ王国、一致する該当者なし……ザッファー王国、一致する該当者なし……ホルン王国……)


国ごとに接続し、検索していく。


そして。


(……ラグマ王国……、……っ!?)


突如、意識の糸が断ち切られ、強制的に検索が中断させられる。


(……またか)


今度は、ラグマ王国のみに、意識の糸を伸ばしていった。


(……グランエオン地方、一致する該当者なし……セーバル地方、一致する該当者なし……バレルグゥ地方、一致する該当者なし……レボベルフアセテ地方、……っ!?)


再度、途中で接続が切断される。


(……ラグマ王国レボベルフアセテ地方)


面積百二万九千九百八十平方キロメートル。


総人口六十万四千六十七人。


二分もあれば、検索できる広さと人数である。


糸を飛ばした。


(ふむ……)


一瞬で、途切れる。

何度試みても、結果は同じだった。


(……ズィニア・スティマ。何者だ?)


このエスの力が、及ばない存在。


(……あるいは、この私を殺すことができる存在か?)


まさか。嗤ってみる。


検索を断念して、エスは意識を体へと戻した。


真っ白い世界。


だが、決して純白ではない、エスが創造した世界。


それが、皮肉なことに思われる。


純白な世界など、造れるはずがなかった。


人の世界が濁っていることを、エスほど痛感している者はいない。


白い空間で、白いロッキングチェアーに腰掛けていた。

揺られてみる。


空間の床も白。

そこに、本棚や机が物憂気に置かれている。


見上げた。

天井はない。


白い虚無な空間が拡がるのみである。


ズィニア・スティマ。

見つけることはできなかった。

だからこそ、見つけられた。


彼は、ラグマ王国レボベルフアセテ地方にいる。


そして、そこにテラント・エセンツもいる。


「さて、どうするか」


テラント・エセンツに、この事実を告げるか否か。


告げたとする。


彼は、感謝するだろう。

その謂れはなかった。


取引をした。


ランディ・ウェルズの仲間を倒せ。

その見返りに、ズィニア・スティマを捜し出す。


テラント・エセンツは、依頼を達成した。

だから、その報酬を受け取るのは当然の権利だった。


それでも、感謝してしまうだろう。

心の奥底で、借りができたと思うはずだ。

テラント・エセンツは、ずっとズィニア・スティマを捜していたのだから。


だが。


「……テラント・エセンツは、勝てるのか?」


ルーアは、失うことにならないか。


テラント・エセンツという守護者を。


一年以内に見つけると約束した。

逆に考えれば、一年の猶予があるということだ。


一年あれば、ルーアは寄り道してもリーザイに帰還できるだろう。


ストラームの保護を受けられる。


守護者の意味は薄れる。


ルーアがリーザイへ到着するまでは、守護者は絶対に必要だった。


テラント・エセンツに、告げなかったとする。


レボベルフアセテ地方。

広大な地である。


そこで、二人の人間が偶然に出くわす可能性は、ほぼ零に近い。


それでも、出会ってしまうような気がする。


テラント・エセンツの怨念染みた執念で。


いつものエスならば、笑い飛ばせる可能性だった。


だが、ルーアとティア・オースターは、フレンデルで出会ってしまった。


誰も、ストラームも、『コミュニティ』も、このエスも手を加えてはいない。


三百万分の一よりも、ほんの僅かだけ大きい可能性。


それでも出会ってしまった。


奇跡的な、運命的な偶然の導きによって。


テラント・エセンツと、ズィニア・スティマの身にも、同様のことが起こりえないか。


そして、テラント・エセンツが復讐を果たしてしまうと、ルーアと行動を共にする理由はなくなる。


デリフィス・デュラムとシーパル・ヨゥロもそうだろう。


ルーアの側にいてくれれば、連絡がしやすい。


そのエスの言葉に縛られて、彼らはルーアと共にいるにすぎない。


やはり、告げるべきか。

テラント・エセンツの、借りができたという感情を利用し、復讐を果たさせた後も、ルーアに同道させる。


問題がある。


テラント・エセンツは、ズィニア・スティマに返り討ちにされないか。


かなり分の悪い賭けになる。


ズィニア・スティマは、最悪の殺し屋だった。


おそらく、『コミュニティ』の中にも、彼ほどの殺し屋はいまい。


それは、世界で最も人殺しが上手いということにならないか。


テラント・エセンツは強い。

だが、ズィニア・スティマに比べると、霞んで見えてしまう。


「……どうする?」


守護者の喪失は、ルーアの死に直結しかねない。


彼には、システムの修正という役割がある。

失いたくはない。


システムの歪みは、決定的なところまできている。


レジィナが、ライア・ネクタスの子を産んだ。


愕然としてしまった。


三年前に、ライア・ネクタスは死んでいなければならなかった。


その時に、レジィナは男児を産まなければならなかった。


三年遅れて産まれた赤子は、双子だった。

そして、両方女児だった。


システムは、大きく歪んだ。


だが、まだ修正はできる。


三年前、システムを歪めたのはルーアだった。


それは、システムを修正することもできるということである。


「ルーアは、システムを破壊する男か……」


ランディは、消える前にそう言った。


「だが、それはない……」


システムの破壊は、『コミュニティ』の望むことではないか。


ストラームに育成された彼が、あの組織の望み通りのことをするはずがない。


問題が山積している。


テラント・エセンツとズィニア・スティマ。


ルーアとティア・オースター。


ライア・ネクタスとレジィナ。


そして、ユファレート・パーターと、彼女の兄弟子であるハウザード。


全てが難題だった。


そして、全てが大なり小なり、システムに関連がある。


頭が痛い話だった。


「この程度で……」


耐えてみせる。そして、守ってみせる。


「……私は、エス。システムの守護者」


エスの創造した世界。

そこで、彼は独りだった。


同志は、エスに後事を託し、その自我を失った。


孤独であることを、寂しいなどとは思わない。


そんな感情、当の昔にエスは忘れていた。

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