将軍と傭兵

テラントは、二十歳の時に、ラグマ王国の将軍に任命された。

異例中の異例である。


次に若い将軍で、三十歳を超えていた。


理由があった。


父は親衛隊隊長だったが、戦場で王を庇い左腕を失った。


元々、信頼は篤かったようである。

軍を退いた後も、隻腕となった父は、王子の剣術指南役として、王宮に暮らすことになった。


テラントたち家族も一緒である。


父の下で、王子と共に剣の訓練を受けることになった。


身分の違いはあったが、友人関係にあるといっていいだろう。


王は試そうとしているのだ。

いずれ、王子が王位を継承する。


その時には、現在の将軍たちは老い、衰えが出てくるだろう。


王子と関係が良好で裏切らない、そして若い人材を、王は求めていた。


もしテラントが、王が満足するだけの働きを見せれば、次の時代の将軍たちの筆頭のような存在になるだろう。


いずれは、軍をまとめる大将軍にまで出世することになるかもしれない。


王子は、快活で周囲の人々を大事にする性格だった。

好きな人間と言える。


与えられた道だが、この王子の下ならば悪くない。


あとは、その道を歩んでいける力が、テラント自身にあるかどうか。


一兵士の頃から、戦場では活躍してきた。


部隊長として参加した四回の戦争でも、三回、大将の首を取った。


幼い頃から軍学を学び、剣の腕を磨いてきた。


軍の指揮でも個人の武勇でも、誰にも負ける気はしない。


歴戦の他の将軍たちを見ても、こんなものかと感じるだけである。


青二才である自分の方が、ずっと優っていると思った。


将軍となってからも、全ての戦争でテラントは活躍した。


いくつもの首を取った。

戦果を上げ勝利を収めていき、いつしか人々から、若き常勝将軍と呼ばれるようになった。


礼を失さないように他の将軍たちと接してきたので、関係も良好だった。


二十年後の大将軍だと、囁かれるようになった。


将来を嘱望される若き将軍。

テラントの元には、様々な縁談が舞い込んできた。

有力な貴族からの縁談もある。


テラントは、全てを断っていった。


自ら赴き、未熟者であるため、まだまだ妻は娶れないと頭を下げた。


自分の妻となり子を産むことになる女は、自分の眼と心で選びたい。

そう思っていた。


テラントほどの立場ならば、妾がいてもおかしくなかったが、何人もの女を囲うつもりはなかった。


女の争いは恐ろしい。

叔父が、妾の一人に毒を盛られたこともある。


テラントは、戦場にいることを好んだ。


剣を振り、兵を率いている間は、煩わしい縁談話を聞かされることもない。


ズターエ王国との戦争だった。

西の隣国であり、度々国境を侵してくる。


テラントは前線で指揮を採り、いつものように勝利を収めた。


ただ、部隊長の一人が、重傷を負ってしまった。


いつも先鋒を任せている、いずれは将軍に昇格するような男である。


街に、かなりの腕の魔法医がいると聞き、砦へと呼んだ。


『放浪する医師団』という、世界各地で医療活動を行っている非営利団体に所属している女だった。


マリィ。女はそう名乗った。

家名はないらしい。


マリィに負傷した部隊長を預け、テラントは軍に戻った。


兵士を、まとめなければならない。


報告が入り、テラントは急ぎ砦へと戻った。


部隊長にしている男の治療の途中で、マリィはどこかに行ってしまったらしい。


医者のくせに、患者を放り出すのか。


事の次第によっては、覚悟をしてもらう。

テラントはそう考えていた。


マリィは、砦の地下牢にいた。

魔法だろう。

石壁が変形して、見張りの兵士の手足に絡まって拘束している。


マリィは、捕虜にしていた敵軍の兵士の治療を行っていた。


部下の治療を再開してもらおうか。

テラントが言っても、マリィは頑として聞き入れなかった。


あの方は、命に別状はありません。後遺症も残らないところまで、治療は行いました。こちらの方々は、急がないと命に関わります。


それが、マリィの返答だった。


捕虜の命など、どうだっていい。

軍人は、みな死を覚悟して戦場に立つのだ。


剣を突き付けて部下の治療に戻るよう凄んでも、マリィは全く動じなかった。


ここにいる方々の治療を終えたら必ず。

そう言った。


マリィに見つめ返され、テラントは不思議な気分になった。


穏やかな雰囲気を持っている。

それなのに、眼にはとてつもなく強固な意思と信念を感じる。


女に剣を向けるのは初めてだと、テラントは気付いた。


マリィは、嘘はつかなかった。

重傷の捕虜十二人の命を救うと、部隊長の男の傷も癒して、その日は昏倒した。


なんなのだ、あの女は。

与えた部屋へ、兵士に運ばれるマリィを見送りながら、テラントは呟いた。


夜は更けている。

兵を指揮する立場だということを忘れ、テラントはマリィの治療する姿に見入っていた。


戦争は続いている。

翌日からも、テラントは前線に出て剣を振るった。


砦に戻ると、当たり前のように医務室か地下牢でマリィは兵の治療をしている。


テラントは、ただそれを見つめていた。


昼は戦場で命を奪い、夜は砦で命が救われるのを見る。


そんなおかしな日が、ズターエ軍が撤退するまで続いた。


医務室へ向かうテラントを、部下たちがにやにやしながら見送る。

付き従う従者も、笑っている。


マリィと出会って、一週間が過ぎていた。


そして、これで会うこともなくなるかもしれない。


戦争が終われば、王都へ戻ることになる。


治療を終えたマリィに、交際を申し込んでいた。


突拍子もないことだった。

自分でも理解できない。

そして、呆れていた。


マリィは、呆気にとられた顔をして、次いで頬を赤らめた。


照れているようにも、怒っているようにも見える。


数日前に、剣を突き付けてきた男なのだ。


当然、というべきか。

断られた。


それから、テラントは考え込むことが多くなった。


なぜ、交際を申し込んだのか。

困惑はしていない。

ただただ、不思議だった。

こんなにも、不器用だったか。


女を知らないわけではない。

独身の将軍の立場だと、いくらでも言い寄ってくる。


女の扱いは慣れているつもりだった。


王都へ戻り、今度は北東へ向かうよう命令された。


ザッファー王国との緊張が高まっていた。


国境線近くの街で、テラントは軍を駐屯させた。


マリィが、その街にいる。

その話を耳にした時、テラントは椅子から腰を浮かせた。


間違いなく、マリィという女に惚れてしまっている。

それを自覚した。


一時の気の迷いで、交際を申し込んだのではない。


会いに行った。

以前のように、マリィは怪我人を治療していた。


テラントに対して、嫌そうな顔を見せるわけではない。


テラントはただ近くで、マリィを見守った。


治療の手伝いなどできない。

なにかできることはないか。

それを考えるようになった。


国境沿いで、ザッファー軍と小競り合いが起きるようになった。


味方も敵も、できるだけ犠牲が出ないように指揮を執った。


これまでは、敵を殲滅するような苛烈な戦い方をしてきたというのに。


これで、少しはマリィの負担は減るかもしれない。


女に現を抜かしている。

牙を抜かれ、腑抜けになった。


他の将軍から、そんな陰口を叩かれているのは知っている。


構わなかった。

それでも、誰よりも優秀な将軍なのだ。


他の将軍たちは、ザッファー王国の正規軍ではなく、傭兵団に掻き回されている様だった。


会える日は、毎日マリィに会いに行った。


特別なことをするわけではない。

ただ側で、時間を共有する。

ちょっとした会話をする。


マリィは、驚くほど博識だった。

テラントが人並み以上にある知識は、戦闘や戦争に関わることばかりである。


そんな話で、マリィが楽しむはずもない。


これまで見てきた街の景色、出会ってきた人々、そういった他愛のないことを語った。


マリィは、いちいち頷きながら聞いてくれる。


この女を、自分のものにしたい。

無理矢理にでも奪いたい。


そういう感情が、確かにある。

そして、テラントの立場ならば、強引に実行することも可能だった。


しかし、無理矢理な手段は用いなかった。


マリィは、美しい外見をしている。


だが、それが目的ではない。

その心ごと欲しいのだ。


不安になることがある。

一度、交際を断られている。


それなのに、何度も会いに行っているのだ。


これは、俗に言うストーカーというやつではないのか。


二人きりになるのは避けた。

常に、従者を連れていった。


少しでもマリィが迷惑そうな素振りを見せたら、嫌がっているように感じたら、すぐに教えるように命令した。


この女しかいない。

そう思う。


だがそれでも、彼女が望まないのならば、二度と会わない。

そのつもりだった。


争いが、本格的に激しくなってきた。


ザッファー軍の正規軍よりも、傭兵団に苦戦しているようだ。


それも、傭兵団の団長を討ち取ってから、苦戦するようになったらしい。


新たに団長になった男が、とてつもない強さだという。


調査したところ、少数だが、実に果敢で胸のすくような戦い方をしていた。


二倍、三倍のラグマ軍が相手の時も、互角以上の戦いをしているようだ。


テラントの部隊とぶつかる。

なぜか、それを予感した。


しばらく、マリィに会うことはできなくなる。

戦死する可能性もある。


もし宜しければ、今度からはお一人で来てください。


去り際、消え入りそうな声でマリィにそう言われた。


天にも昇るような気分とは、こういうことか。


テラントは、浮かれた。


◇◆◇◆◇◆◇◆


物心がついた頃から、デリフィスは傭兵団の中にいた。


母親は、女だてらに傭兵だったが、デリフィスが九歳の時に戦死してしまった。


父親は、傭兵団の誰からしいということしかわかっていない。


生きているかどうかも定かではなく、また、興味もなかった。


最初に母親から与えられた物は、玩具ではなく剣だった。


以来、剣を振らなかった日はない。


六歳の時から、馬術と弓術も学ぶようになった。


初陣は、十一歳の時だった。

初めて人を斬り殺したのも、その時である。

なんの感慨もなかった。


戦場で殺し、嘔吐する者がいる。

殺されかけて、小便を漏らす者もいる。


そういった感覚が、デリフィスには一切なかった。


頭のネジが、一本抜けているのかもしれない。


戦場で、殺意を向けてくる相手を斬り、返り血を浴びる。


自分が手傷を負い、血を流すこともある。

そんな日々が過ぎていった。


歳月は、デリフィスの肉体を成長させていった。


体格に恵まれている方だろう。

それ以上に、身体能力と剣術に自信があった。

傭兵団の誰にも負けていない。


母の形見の剣は、すぐに使い物にならなくなった。


普通の剣では、デリフィスの斬撃に耐えられないのだ。


三倍は重い剣を、鍛冶屋に注文して造らせた。

戦場で、それを振り回した。


段々と、まともに相手をできる者が減っていく。


独りで戦うのが好きだったが、傭兵団団長に、部下というものを与えられた。

十七歳の時である。


人付き合いというのが下手だと、デリフィスは自覚していた。


人望で、人を引き付けることなどできそうにない。


力と恐怖で、従えるしかなかった。


反抗的な者が、何人もいた。

それも仕方ない。

ほとんどが、デリフィスよりも年上なのである。


相手をしてやった。

特に反抗的な者を三人ほど殺すと、全員従うようになった。


部下たちには、厳しい訓練を課した。


自分の部隊なのだ。

最強でなくてはならない。


訓練についていけない者は、打ち殺した。

それで、みな眼の色を変えた。


団長が、戦死した。

その時、傭兵団はザッファー軍に加わり、ラグマ軍と戦っていた。


デリフィスが、傭兵団を率いることになった。


団長などやりたくなかったが、他の隊長たち全員に頭を下げられると、断ることもできなかった。


人望はない。

純粋な強さ。

そして、指揮能力。


それだけで、デリフィスは千名弱の猛者たちを率いるところまでのし上がった。

ただし、望んだことではない。


デリフィスが、十八歳の時だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る