エピローグ2

彼は、寝台にいた。


カーテンを閉ざしてあるため、部屋は暗い。


外からは、雨がぱらつく音が聞こえ続けていた。


彼は、眼を閉じた。


雨が、大嫌いだった。


雨が降る間は、なにもする気にならない。


一日二日なら、食事は省く。


水分補給も、最低限に抑える。


排泄行為すら面倒だった。


ずっと、呼び掛けられている。


それはわかっていたが、応対も面倒だ。


『……いつまで、無視し続ける気なのかしらねぇ……?』


脳内に響く声に、怒気を通り越し殺気が篭るのを感じて、彼は口を開いた。


「……雨が降っているのだよ、死神ソフィア」


深い溜息が聞こえた。


『いい加減、その極度の雨嫌い、治しなさいな』


「無理だな。こうして会話を交わすことすら、私には苦痛だ」


『……今日がどういう日か、わかっているのかしら?』


「無論だ。君のことだ。上手くやったのだろう?」


『そうね。ルーアは、相変わらずおまけなまま。その確認はできたわ。リトイは、処分できなかったけど……』


「構わないだろう。リトイは、もはや無害な存在だ」


リトイ・ハーリペットには、野心がない。


組織を裏切る気はなく、裏切り者たちの、旗印になることもあるまい。


ただ、ヴァトムの民と平穏に老いていき、ヴァトムの街の土になることを望んでいる。


『なにより、パウロ・ヨゥロを処分できたわ』


「ふむ」


これで、ヨゥロ族の秘匿は失われた。


これでまた一歩、最後の戦闘での勝利に近付いたことになる。


パウロという男が、ヨゥロ族のパウロ・ヨゥロだとは、予想がついていた。


だが、組織のメンバーである姿を見せている間は始末できない。


パウロは、組織に忠実に従っていた。


従う姿を見せていた。


シーパルという男がいた。


パウロの従兄弟である。


ソフィアは、パウロを揺さぶったのだ。


街が滅びる。それに、従兄弟が巻き込まれる。


そう思い込ませた。


ソフィアの思惑通りに、事は進んだのだろう。


パウロは、シーパルが安全な場所に移動するように動き、そして、懐かしい従兄弟の姿に、つい口走ってしまったのだろう。


自身が、組織に敵する存在であることを。


「さすがだよ、死神ソフィア」


『……『塔』』


ぽつり、という感じで、ソフィアが呟いた。


『あなた、なにか細工したでしょ?』


見抜かれている。


その言葉には、肺腑をえぐる効果があったはずだ。


動揺していた。


本来ならば。


雨が降っている間は、心が揺れることもない。


静かに、沈んでいる。


「なぜ、そう思うのかね?」


『『塔』が発動する感じが、少しおかしかったから。この世で、あなたくらいなものだし。『塔』に細工できるなんて』


「それは正しい。だが、より正確に言えばだ。これまでの人類の中でも、私だけだろうな。『塔』に細工できるのは」


『あなたが、自慢をするのは珍しいわね』


「自慢ではない。ただ、事実を言っただけだ」


また、ソフィアが息をついた。


『それで、なにをしてくれたのかしら?』


「三年前、ルーアがどうやってその力を覚醒させたか、覚えているかね?」


『そりゃあね』


外からの、同量の力による刺激。


そして、『ティア』という少女の死。


その二つが、覚醒のきっかけとなった。


「『塔』は、ルーアの力に反応するようにした。本来の十万六千二百五十二分の一の力で、ルーアの体を貫いたはずだ。少なくとも、彼は自分にある力を自覚したはず」


『彼が死んでいたら? 殺すようにダリアンには指示を出していたのだけど』


「その時は、リトイ・ハーリペットの生命に反応するよう、プログラムしてあった。無駄にならないようにね」


『……ねえ、私が今回、けっこう人員選抜に頭を悩ませたの、知っているのかしら?』


野心家であり、頭が半端に回る指揮官。


慎重、そして臆病。だが、指揮官の命令があれば『塔』を起動できる狙撃手。


二人を煽る戦闘員。


絶妙というよりは、なるほどと唸らされるような配置だった。


『……それも、ゲームのルールも、無駄だったわね。なにしろ、前提の『塔』の力が、変えられていたのだから。私が『塔』を起動すれば良かったわ』


「無駄ではあるまい。パウロの焦りを呼んだのだから」


『それで、結果は?』


「まだ、モニタリングしていない」


『……ルーアが覚醒したら、彼はライア・ネクタスに次ぐ重要人物となる。わかるわよね?』


「だが、雨が降っているのだ。なにもしたくない」


『……いいから、今すぐモニタリングしなさいな』


「雨が止んだら、必ず」


『……』


ソフィアが、なにかを堪えている雰囲気が伝わってくる。


『……今度雨が降っている日に、あなたの首を掻っ斬りに行くわね』


「……わかったよ」


仕方なく、彼はモニタリングを始めた。


映像が、空間に映し出される。


「『塔』の起動は、十一時五十三分……」


モニタリングするまでもない。


プログラムは完璧だった。


『塔』の力は、間違いなくルーアを貫いた。


彼は笑った。


いつ以来になるだろう。


雨の日に笑うのは。


「……面白い。実に、面白いな……」


『……なにかあった?』


「『塔』は起動して、だがルーアではなく、ティア・オースターに反応した」


『……どういうこと?』


「……これは、『塔』の力を分解? 消失? ……いや、吸収か?」


『吸収? 『塔』の力を?』


「……なるほど、つまり、そういうことか。解析するまでもないな」


『……一人で納得してないで、解説してもらえないかしら?』


「ティア・オースターの中に、ルーアの力の一欠片が、いや、もっと小さいな。一粒がある。それに、『塔』は誤反応した」


『それは……』


「面白い……。誰だろうな、こんな愉快な悪戯をしたのは」


亡くなられたボス?


ストラーム・レイル?


それとも……。


気持ちが、高陽している。


雨が降っていることを、彼は忘れた。


◇◆◇◆◇◆◇◆


商店街を歩いていると、子供たちの声が聞こえた。


声の調子からして、小学校低学年というところか。


街を襲う悪人を、勇者がやっつけて云々という会話だった。


数日前にも、聞いた気がする。


子供たちが、棒を振り回して駆け回っている。


勇者ごっこ、というところか。


前もよく見ておらず、そのため、ルーアは道を譲らなければならなかった。


「……ガキ共、超うぜー」


舌打ちしながら言うと、同行していたティアが溜息をついた。


「……だから、なんでそんなガラ悪いかなー」


ダリアンたちの一件から、三日が過ぎていた。


ようやく、街に落ち着きが戻ってきた感じがする。


右の掌の傷は、完全に癒えていた。


左腕は、まだまだ時間がかかりそうである。


腕を吊していた。


ティアの傷は、完全に癒えている。


女は、魔法での回復が早い。


愛用の剣を失った。


代わりの剣が必要になる。


ティアが、武器屋を知っているということだったので、案内してもらっていた。


他のみんなも、それぞれ買い物などに出掛けたようだ。


「一応、あんたも街を救った勇者様みたいなもんだけどねー」


からかうように、ティアが言う。


「……どこがだよ」


今回はなにもしていない。そう思う。


怪我人を癒し命を救ったのは、ユファレートとシーパル。


『塔』の起動に関わるダリアンとレオンを倒したのは、デリフィスとテラント。


ルーアがしたことと言えば、自分の力を過信した馬鹿な『悪魔憑き』を一人倒しただけ。


「俺は、なにもしてねえ」


「……そうでもないよ」


呟くティアの横顔を、盗み見る。


(……んで、『塔』がもし起動したってんなら、止めたのはこいつか)


ユファレートが、喜び勇んでティアの身体検査をした。


二人の部屋からは、悲鳴混じりのティアの叫びが聞こえたが、なにをしていたか、追求はしないことにする。


検査の結果として、ティアはティアだった。


魔法を使えず、魔力も視えない、普通の少女。


やはり、『塔』になにか不具合があったのだ。


そのため、正常に稼動しなかった。


ただその余波の影響を、すぐ近くにいたティアは受けることになった。


(……てことなんだよな)


釈然としないものがあるが、他に考えられない。


それが、魔法使いであるルーアとユファレートが出した結論だった。


シーパルにも意見を聞いたが、まともな会話にならなかった。


考え事か悩み事でもあるのか、上の空である。


これも、追求はしなかった。


誰にだって、秘密にしたいことはある。


話す必要があることだったら、そのうち話してくれるだろう。


聞く必要があることだったら、テラント辺りが聞き出しそうだ。


急に、商店街が活気づいた気がした。


みんな、大騒ぎしている。


「何事だ?」


隣で歩く、ティアに聞く。


「今の大声、聞いてなかったの?」


「考え事してたからな」


誰かが、なにかを叫んでいたのはわかっていたが。


「領主が、目覚めたって」


「ああ、なるほど、道理で……」


どいつもこいつも、笑顔である訳だ。


店を放ったらかしにして、領主の館の方へ走り出す者もいる。


跪き、泣き出す者もいる。


そんなに嬉しいものか。


リトイの過去を知らず。


リトイが苦悩していることを知らず。


リトイの苦労を知らず。


領主として、慕っている。


みんなが、笑顔、笑顔、笑顔……。


多分それが、『コミュニティ』の戦闘員を変えた。


剣鬼を、領主に生まれ変わらせた。


欝陶しいまでの、溢れる笑顔。


「くくっ……」


ルーアは、喉を鳴らして低く笑った。


「どしたの?」


「いや……」


前髪を、掻き上げる。


「……なんかこの街、やっぱ苦手だ」


風が、少し気持ち良かった。


◇◆◇◆◇◆◇◆


声が聞こえたような気がして、リトイは眼を開いた。


見慣れた天井が見える。


領主の館の、自室の天井。


「……私は……」


呟いてみる。


「御目覚めですね、領主様」


従者ではない男がいた。


「御気分はいかがでしょう?」


白衣を着た男。


医者のようである。


しばらくして、思い出した。


ワッツという、魔法医である。


放浪する医者であったが、何年か前に、ヴァトムに呼んだのだった。


現在は、妻と一緒に診療所を開いているはずだ。


かなりの腕前で、負傷した兵士も診てもらっている。


「私は……」


全身に、酷い筋肉痛のような痛みがある。


「ああ、そうか……」


瓦礫に埋まった。


死を覚悟していたのだが。


はっとして、身を起こした。


「民は、街は、『塔』はどうなった?」


「ご自分の眼で、お確かめください。もう、歩くことができるはずですよ」


リトイは、痛みに喘ぎながら寝台を降りた。


一歩一歩、歯を喰いしばり、窓へと向かう。


窓枠にしがみついた。


歓声が上がった。


館の庭が、花で埋まっている。


そして、館の前の大通りは、民で埋まっていた。


大人も子供も、老人もいる。


男も女もいる。


「これは……?」


「みんな、ここで領主様が無事目覚められることを、祈っていたのです」


「なぜ、私のような男を……?」


「あなたが、自分の体よりも、まず民の身を案ずるような領主だからではないでしょうか? あなたの代わりに、あなたの体の心配をしているのです」


「……今日は、何曜日なのだろうか?」


「月曜日です」


太陽が眩しかった。


「……平日の昼間ではないか」


多くの、子供たちがいる。


「……学校は、どうしたのだ」


愚かな子供たちだった。


十年後、二十年後のヴァトムを支えなければならないのだぞ。


学業が礎となる。


正しい教育が、正しい人格を形成し、立派な大人とさせる。


「……仕事は、どうしたのだ」


多くの、大人たちがいる。


こんな所にいる暇があったら、労働せよ。


仕事がないのならば、捜せ。


街を復興させるためには、お前たちの働きが欠かせないというのに。


愚かな、大人たちだ。


「……なにを、よそ見しているのだ」


門番の兵士たちが、リトイを見上げ顔をくしゃくしゃにしている。


自分たちの役割を忘れたのか。


門番ならば、門を守れ。外を見よ。


軍人として、毅然としていろ。


その姿が、民を安心させるというのに。


愚かな兵士たちだった。


こんなにも大勢で、こんなにも祈ってなんになるというのだ。


努力する必要があるとしたら、医者だ。


耐える必要があるとしたら、患者だ。


祈りなど、無駄で愚かな行為だ。


この大量の花はなんだ。


お前たちは、災害と人災に見舞われたのだぞ。


住む家を失った者もいるだろう。


これから、物価は跳ね上がるだろう。


花など買わないで、少しでも貯えればいいのだ。


無駄で、愚かな出費だ。


私がどういった男かも知らずに。


花など、私に似合うものか。


みんな、愚かだ。


愚かな民だ。


愚かすぎる。


本当に愚かで、救いようのないほど愚かで……。


そして、どこまでも愛しい民たちよ……。


涙が溢れ出た。


傷が痛むせいだ。


リトイはそう思った。

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