正確な包囲故に

おおよそ、犯罪者たちがアジトとして利用しているとは、とても思えない場所だった。


元集落だとエスは言っていたが、テラントの予想よりも粗末なものである。


塀や堀はもちろん、柵すらない。


近くに小川も流れていないので、飲み水の確保すら難しいだろう。


しばらく観察を続けているが、今のところ、アジトに大きな動きはない。


テラントは、アジトからいくらか離れた森の中に、身を潜めていた。


この距離なら、見つかる心配はまずない。


偵察術には自信がある。


たとえ野性動物であろうとも、テラントに気付くことはない。


この分なら、デリフィスやシーパルと合流できたら、そのまま攻撃を仕掛けてもいい。


いつ頃になるか。


シーパルのことだから、山の中を通ってくるかもしれなかった。


あの男は、森だろうと山だろうと、平地とほとんど変わらない速度で移動できる。


山道を選んでいたら、そろそろ合流できたとしてもおかしくない。


ただ、ユファレートと行動を共にしていたらよくわからなくなる。


さすがに、ユファレートにシーパルと同じだけの移動速度を期待するのは酷だった。


デリフィスは、いつ頃戻ってくるか。


今は昼過ぎだった。


ヘリクハイトまで行っているとしたら、距離を考えると、夕刻になるだろう。


それまで、テラントは事を起こすつもりはなかった。


あと数時間は暇になる。


だが。


アジトに動きがあった。


テラントは眼を凝らした。


十数人が出てくる。


先頭。

ランディ。


テラントは、小さく舌打ちした。


(もう動けるようになったのか……)


面倒なことになる。


あの男は、倒していい対象に含まれていない。


だが、手加減してどうにかできる相手ではなかった。


ジグもいる。


あとは、兵士が十人ほど。


ほぼ、残った全戦力である。


(……何が目的だ?)


兵士たちが、三、四人のグループになって散る。


(……誰かを捜している? 誰を?)


近くにいるのは時間的にシーパルたちだけか。


彼らが狙われている可能性が、最も高い。


まずいことになる。


『ブラウン家の盾』を装備しているランディには、魔法が通用しない。


シーパルやユファレートには、最も相性が悪い相手だった。


(……これは、早目に合流しないとな)


だが今は、シーパルたちの居場所がわからない。


まだしばらく、様子を見るしかないのか。


(……ん?)


ランディとジグ。

真っ直ぐこちらに向かってくる。


気付かれたのか?


いや、そんなはずはない。


気取られる距離ではなかった。


気配は完璧に殺してある。


とはいえ、これはまずい。


向かってくるのは偶然であろうが、あまり近付かれ過ぎると、見つかる恐れがある。


距離があるうちに、移動するべきか。


テラントは、兵士たちの動きを追った。


移動するには、彼らの眼からも逃れないといけない。


汗が滲んだ。


兵士たち。

まるで、自分を取り囲むように動いていないか。


テラントは、身を縮めた。


ランディたちは、さらに近付いてきている。


まさか。


気付かれたはずはない。


自分は、そんなヘマは踏んでいない。


ランディたちにも、兵士たちにも、動きに迷いがなかった。


ランディと、眼が合った気がした。


全身が、汗で濡れている。


もう、距離にして三十メートルほどしかなかった。


認めるしかない。


なぜかはわからないが、居場所を知られている。


それも、正確に。


テラントは動いた。

ぐずぐずしている暇はない。


正面には、ランディとジグ。


右と背後には、兵士が四人。


テラントは、左に走った。


三人が、回り込んでくる。


三人を見ながら、テラントの意識は別の方に向いていた。


ランディの一挙一動を見逃してはならない。


それは、命取りになる。


テラントは、光の剣を一閃させた。


先頭の男の体が、撥ね上がる。


あと二人。


倒す必要はない。


今は、包囲を突破することだけ考えればいい。


一人は、剣。

もう一人は、警棒を持っている。


視界の隅で、ランディが体を少し動かした。


何をしたかは、確かめる暇がなかった。


剣が、振り下ろされる。


テラントは、半身をずらしてかわした。


警棒。

頭部を狙っている。

光の剣で受ければいい。


あとは、足を止めなければ、包囲を突破できる。


はずだった。


(……この……野郎!)


ランディが、何をしたかわかった。


テラントがどう体を動かすか、読めていたのだろう。


剣をかわしたテラントの頭部に、ランディが投じたダガーが、正確に切っ先を向けて飛んでくる。


警棒とダガー。


光の剣で、ダガーを弾くしかなかった。


「……!」


首から上が、無くなったのかと思った。


それほどの衝撃に、テラントはもんどり打って倒れた。


意識が、飛びそうになる。


側頭部を、警棒で殴られた。


鼻腔に、血の香りが充満する。


それでも、テラントは立ち上がった。


二人、向かってきている。


朦朧として、眼の焦点がうまく合わない。


視界は、血で汚れていた。


男たちとぶつかり合い、テラントはまた地面に倒れた。


押しのける。


それぞれの胸を、光の剣と、左手に持った剣で貫いていた。


剣をいつ抜いたのかは、記憶にない。


三人倒した。


これで、体が動けば突破できる。


足が、痙攣した。


それでも、少しずつでもいい。

森の奥へ、山へと移動するのだ。


シーパルが近くにいることを、当てにしていた。


もう、一人でどうにかできる状況ではなくなっている。


兵士たちが迫る。


ランディは、今度は静観していた。


まるで、テラントの何かを見極めんとするかのように。


力が入らない。


構わなかった。


甲冑にでも守られていたら別だが、最低限の力でも剣で人は殺せる。


先頭の兵士の首筋を、頸動脈を断つ程度だけかすらせる。


血が吹き上がった。


無駄な力はいらない。


そして、無駄な動きはするな。


ジグが放った火球が、近くで破裂した。


障害物が多い森の中では、狙いがうまく定まらないはずだ。


当たる可能性は、かなり低い。


むしろ、兵士たちを巻き込み兼ねない。


そして、ジグが魔法を使うことは、好都合だった。


魔法使いには、他者の魔力が感知できるらしい。


シーパルが近くにいてくれるなら、この場所へ呼ぶようなものだ。


さらに、二人の首筋を斬り裂いた。


どんな些細なミスも、もう許されない。


一振りで、必ず仕留める。


反撃されたら、それは死ぬ時だった。


テラントは、火球で発生した炎に隠れるように移動した。


囲まれることだけは避けたい。


自分の呼吸がうるさかった。


兵士の剣をかい潜り、その喉を貫く。


雄叫びを上げて突っ込んでくる男の、顎を叩き割ってやった。


「なんだ……」


頭の中で、雑音がする。


だが、意識が鋭く尖っていくのを、テラントは感じていた。


「あと、たった三人じゃないか……」


これまで、どれだけの修羅場を生き抜いてきた。


どれだけの返り血を被ってきた。


テラントは、叫び声を上げていた。


体に、少しだけ力が戻ってきている気がする。


地を、蹴った。


何も考えてはいなかった。


己の反射に、全てを委ねる。


次から次に、残りの三人の兵士を斬り伏せていった。


「なんでだっ!?」


ジグが絶叫した。


「なんでその傷で、そんなにも戦える!?」


「……知るか」


テラントは、吐き捨てた。


理屈うんぬんは知ったことではなかった。


戦わなかったら死ぬ。


だから、戦った。


ランディが、前傾姿勢になった。


(……来る)


ここからだ。


ランディが、動く。


だが、いきなり暴風が、テラントとランディの間の木々を薙ぎ倒した。


「テラント、無事ですか!?」


駆け寄ってきたのは、シーパル。

そして、ユファレート。


「……あと五分、早く来て欲しかったな」


「……これ以上……無理なくらい……全速力で、来ましたよ」


シーパルは、肩で息をしていた。


ユファレートは、ぐったりとしている。


「また、きさまか!」


ジグの声。


「また、僕のようです」


シーパルとジグ。

激しく魔法で応戦し合う。


地面がめくれ、木がへし折れた。


(ランディは……?)


周囲を窺う。


いた。

いつの間にか、横に回り込んでいる。


テラントではなく、ユファレートの横である。


「右だ!」


それに気付いたユファレートが、杖を振り上げた。


「フォトン・ブレイザー!」


光線が、真っ直ぐにランディに突き進む。


「バカ野郎……!」


思わず、テラントは叫んでいた。


ランディは、準絶対魔法防御壁で守られている。


魔法が届く訳がないのだ。


やはり、光線は消失していく。


テラントは、左手の剣を必死で伸ばした。


(間に合え……!)


ユファレートが、ランディの圧力に抗せず、尻餅をつく。


テラントの剣とランディの剣が擦れ合い、火花が散った。


僅かに軌道が変わったランディの剣が、ユファレートのすぐ頭上を通り過ぎる。


剣を振り上げるランディ。


無理矢理テラントは、ユファレートとランディの間に体をねじ入れた。


ランディの剣を受け止める。


両腕が痺れた。


剣で受けたのだが、体で受けた気分になる。


鍔ぜり合いとなった。


だがすぐに、ランディは後方に跳んだ。


衝撃が、頭の傷にまで響いている。


テラントは、膝をついた。


「……よく、助けられたものだ」


ランディの声には、感嘆の響きがあった。


「やはりお前は合格だよ、テラント・エセンツ」


「合格……?」


何かがおかしい。

テラントはそう思った。


ランディの眼は、先程の観察するようなものではない。


「名乗った覚えはねぇぞ、ランディ・ウェルズ……」


ランディだけではない。


ジグにも、褐色の肌の男にも、名乗っていない。


別に、名前を知られているくらい、驚くことではなかった。


「調べる手段はいくらでもある」


そう、その通り。

だが、しばらく前にも、同じことを考えなかったか。


あの男も、最初からテラントの名前を知っていた。


何かが、急速に繋がって行く気がした。


「かなり追い詰められた状況だと思うが、切り抜けるだけの力は残っているか?」


「……切り抜けるだけの、口はあるかもな」


「ほう……」


面白そうに、ランディが眼を細めた。


「一つ聞きたいんだが」


「なんだ?」


「なんで、俺の居場所がわかった? 結構うまく隠れてた自信があるんだけど」


「それは……たまたまさ」


「……本当に?」


「……」


ランディが、微かに笑った。


「このまま戦ったら、多分俺が負けるな。けど……」


シーパルが放った魔法が、轟音を立てる。


ジグは、ほとんど反撃ができていない。


弱っている状態では、防御することで手一杯だった。


「俺が死ぬ前に、あっちがやばいんじゃねぇの?」


「……魔法使いが加勢にきたところで、私には影響がないな」


「俺たちも、ジグも死ぬ展開が、果たしてあんたに……あんたたちに都合がいいことなのか、つってんだよ」


はっきりと、ランディが笑い声を上げた。


「感心するよ。これだけの窮地に、よくそれだけ頭が回るものだな」


「窮地だからこそ、あんたの言動の不自然さが際立つんだ」


警棒で殴られた後、ランディは動こうとしなかった。


観察者の眼で、じっとテラントを見つめていただけである。


ランディなら、鍔ぜり合いの状態から、負傷したテラントをユファレートもろとも押し潰すことができたはずだ。


漏らした、『合格』という言葉。


知られていた名前。


そしてなにより、あまりにも正確過ぎる包囲が、テラントの思考を先導していった。


「ここは、退くとしようか」


ランディが、低く笑いながら言った。


「ジグを、失いたくないからな」


「よく言うぜ……」


テラントたちから離れていくランディに、シーパルが不審気な顔をする。


「シーパル、ストップだ」


訝しい表情をしながらも、シーパルは素直に従った。


ジグが、ランディに喰ってかかる。


「ランディ、やはりきさま……!」


「ランディ」


ジグを無視するランディの背に、テラントは声をかけた。


「俺は、あんたらと戦うのに飽きてきた。だから、次で最後にしよう。できれば、全員が揃った状態で、全員が万全な状態がいいな」


「……時間が許してくれたら、そうしよう」


ランディの言葉が、小さくテラントの耳に滑り込んできた。


ランディたちの姿が見えなくなったところで、テラントは倒れ込む勢いで腰を落とした。


地震でも起きているかのように、視界が揺れている。


疼く傷口に、シーパルが手を翳した。


「キュア」


癒しの力が、傷口から染み込む。


「……どういうことか、説明してもらいましょうかね」


そのままの姿勢で、シーパルが聞いてきた。


「なに、簡単な話さ」


テラントは、口許をにやりとした。


「俺の予想が外れてなけりゃ、今回の件は全部、誰かさんの掌の上の、茶番劇だってことさ」

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