最後の日に

体が軽い、とルーアは感じていた。


久しくなかったことである。


ヘリクハイトの北西の門を出ると、廃れた街道が続いた。


山の中を通る方がランディの所へ早く着くが、そんなルートは選ばない。


無駄に体力を消耗するだけだ。


テラントたちが、ランディ以外を始末するまで、自分は悠然と進めばいい。


ルーアは、にやりとした。


仲間だと思わないのではなかったのか?


その考えは、今でもあまり変わらない。


会ったばかりの人間とすぐ親しくなれるほど、自分は人間ができていない。


どこかで構えてしまう。


それでも、テラントたちの実力に、期待していた。


少しだけ、楽観的になっていることに、ルーアは気付いた。


開き直っている。


原因は、わかっていた。


宿で眼を覚ました時、部屋には他に誰もいなかった。


その事実に、まずルーアは吹き出した。


ほんの小一時間ほどだが、たしかに熟睡していた。


この状況が二転三転している時に。


ユファレートやシーパルが、部屋を出ることにも気付かず。


それほど、疲れていたのか。

それとも、自分で思っている以上に、図太いのか。


今は、寝起き特有の気怠さはない。


腹ごしらえも済ませた。


あとは進み、戦うのみ。


まだ、ランディに対して、有効な戦法が見つかったわけではない。


だが、さっきまでの重い脳よりは、柔軟な発想が期待できる。


行く手に、人影が見えた。


ティアとデリフィスである。


アジトへは逆方向、ヘリクハイトへと向かっている。

つまり、近付いてくる。


一瞬、不吉な予感が頭を過ぎった。


テラントの姿がない。


まさか、と思ったが、すぐに考えを打ち消した。


順番が違う。


危ないのは、まずティアだろう。


「よぉ」


声が届く距離になったので、取り敢えず手を上げた。


ティアが、手を振り返す。


「あれ?」


まず、ティアは小首を傾げた。


「ユファたちは?」


「知らね。置いてきぼりを喰らった。お前ら、会わなかったか?」


「会ってないわよ」


「シーパルがいる」


デリフィスが、ぼそりと言葉を発した。


「多分、山の中を通っているな」


「……そりゃ、元気なことで」


そういえば、シーパルはヨゥロ族だった。


山と馴染みが深い一族である。


だが、ユファレートには厳しい道程となることだろう。


彼女が、山歩きを得手にしているとは、とても思えない。


「で、あんたらは何してんだ?」


「ティアは、リタイアだ」


「だからあたしだって、まだやれるのに……」


「ふーん」


べつに、意外でもなんでもなかった。


そもそも、ティアには『コミュニティ』と戦うことは荷が重いのだ。


実力的にもそうだが、なによりも精神面。


嬉々として争うタイプには見えないし、感情を押し殺して、相手を傷つけることもできないだろう。


エスがティアを雇った意味がわからない。


単に、ユファレートのおまけかもしれないが、エスだけに、何か裏があってもおかしくない。


「安全な所まで連れていけ、とテラントに言われた。取り敢えずヘリクハイトまでと思っていたが」


ルーアは、後ろを振り返った。


街を出て、それなりの距離を歩いた。


街の外壁が、霞んで見える。


「街の中が、イコール安全だとは思えないけどな」


すでに、街中で二回襲撃を受けている。


「確かにな。だから」


「だから?」


「お前は、安全か?」


「あん?」


「ティアを守れるかと、聞いている」


ルーアはティアの顔を見て、すぐに眼をそらした。


どうしても、『ティア』のことを思い出してしまう。


「……あんまり相手が大勢だと、守れるとは言い切れないな」


「そうか。自信がないのか。情けないな。まあいい。街まで連れていくことにする」


「……なんだそりゃ。挑発のつもりか?」


「そんなつもりはない。ただ、女一人守る力がないのだな、と思っただけだ」


「べつに、自信がないとは言ってないだろ」


「虚勢を張る必要はない。街まで連れていく」


「平気だっての。いいからオースター置いて、あんたはとっとと行け」


「そうか。不安だが、任せるか」


「なにも不安じゃねぇよ。あんな奴らきても、余裕だ」


ルーアは、デリフィスを手で追い払った。


一瞬、デリフィスが笑ったような気がする。


立ち去る際、デリフィスは一度も振り返らなかった。


「あんたってさ……」


ティアが、呆れたように口を開いた。


「端で見てたら笑えるくらい、煽りに弱いのね……」


「……それは、あれだ。孤独に戦うテラントと、それを助けたいというデリフィスの想いを感じとって、あえて……」


「はいはい」


はいはいで遮るな。


「それで、これからどうするの?」


「て言われてもな」


「あたしの希望、言っていいかな?」


「なんだ?」


「ユファも戦うのに、自分だけ安全なとこにいるとか、やっぱり嫌。足手纏いなのは、わかってるけど……」


「そうか……」


ルーアは、後頭部をがりがり掻いた。


街が安全とは限らない。


と言うより、今回の件が片付くまで、ヘリクハイト周辺はどこだって危険を孕んでいると思える。


「わかった。俺について来ればいい。その代わり、俺の側を離れるな」


言い放って、一瞬、脳の回転が止まる。


まったく他意はなかったのだが、聞き様によっては、口説き文句に聞こえなくもないような気もする。


「……訂正」


「?」


「適当に、ついて来ればいい」


「うん、まあ、そうするけど」


取り敢えず、ティアは誤解をしてはいないようだ。


どうにも、調子が狂う。


俺は馬鹿じゃないのか、とルーアは思った。


◇◆◇◆◇◆◇◆


ランディは、立ち上がってみた。


血が足りないのか、少し立ちくらみがしたが、すぐに視界に色が戻ってきた。


脇腹に、筋肉を引っ張るような痛みがあるが、こればかりは仕方ない。


傷は魔法で塞げても、鈍い痛みが当分残る。


胸の息苦しさ、腹にある熱い感覚は、病にかかってからずっとのことだった。


慣れることはないが、表情に出すことはなくなった。


『調子は、どうかね?』


エスの声だけ聞こえる。


やはり、『コミュニティ』と関わりが深い者たちの懐で姿を現すのは、抵抗があるのだろう。


「正直に言うと、良くはない。だが、傷や病を言い訳にするつもりはない」


『君は、軍人の鑑なのだろうな。私にはよくわからないが』


「用件は?」


『守護者、について』


またか、とランディは呟いた。


『テラント・エセンツが、一人だけでこの近くにいる』


「一人で、来るのか?」


『いや、様子を探っているだけだな』


そうだとしても、危険だった。


余程、気配を殺す技能に、自信があるのか。


「それで、どうしろと?」


『言うまでもないだろう。彼の実力をもっと見たい』


「……私は、あの男が守護者に相応しい技量を備えていると、最初から言っていたが」


『そうだったな』


「こちらの被害も、半数近くが、あの男の手によるものだ」


『もちろん、わかっている。だが、仕方ないだろう? 私は、魔力を数値化することはできる。だから、魔法使いの実力はわかる。しかし、君やテラントのような人種はそうもいかない』


「あなたが苦手な、勘や経験か」


『そして、君たちの戦闘は、勘や経験が大きく勝敗の行方を左右する。身体能力や、武器を扱う技能を超えてね』


それは、魔法使い同士の戦闘でも、言えることではないのか。


ライアやルーアが、自分より強い魔力を持つ相手に勝利するところを、ランディは何度も見てきた。


思ったが、口にはしなかった。


エスは、こだわっていることに、あまり他者の意見を受け入れない。


自分が優れているという思いがあるのだろう。


だから、自分の考えを優先させる。


他人の意見は、劣った者の考え方だと思っているからだ。


『君の腕は、信頼できる。だから、君と戦い死ななければ、私はテラント・エセンツの実力を、心から信用することができる』


テラント・エセンツか。


ゲンクの別荘で一度見ただけだが、忘れることはできそうにない。


剣を合わせてみたい、という気持ちが、たしかにランディの中にはあった。


「……いいだろう。だが、私が敗れ、死ぬ可能性もあるぞ」


『それは、おそらくない。テラント・エセンツには、君を殺さないよう伝えてある』


「自分が死ぬよりは、私を殺すことを選ぶさ」


『それでも、彼は極限まで耐えるだろう。彼は、妻の仇を捜している。私の情報提供という報酬は、是が非でも欲しいはずだ』


「……ならば、大層なハンデを、私は貰っているようなものだ」


家を出た。


滅びた集落だけあって、家は全てみすぼらしい。


隙間だらけな家のため、空気の冷たさは中でも外でも同じだった。


それなのに、外の空気の方が肺に染みるのは、なぜだろう。


ランディは、空を見上げた。


よく晴れていた。


太陽が遠くに見える、冬の空。


綺麗だな。ふと思った。


見ることができるのは、今日が最後かもしれないのだ。


冬の空も、色褪せた緑も、大地も、人の顔も。


感傷的になっている。


あまり記憶にないことだった。


「まだ、私には使命が残されている」


ランディは呟いて、グリップの姿を捜した。


◇◆◇◆◇◆◇◆


グリップは、集落の中央、井戸の前に座っていた。


ランディが近付いても、気付いた様子はない。


その背中が、少し小さくなっているように、ランディには見えた。


「剣を折られるのが、初めてというわけではあるまい」


グリップが、自嘲的な笑みを浮かべた。


「そりゃあな。けど、何度経験しようとも、気持ちいいもんじゃない」


屈辱だと思っているのかもしれない。


相手は二十歳そこそこの男だという。


グリップは、三十歳前後だろう。


「ランディ。あんたは、剣とはなんだと思う?」


「ただの、道具だ。手入れを怠れば劣化し、使い続ければ耐久性は落ちる。扱いを間違えたら、折れることもあるだろう。それだけの話だ」


「そういうもんか」


グリップは、井戸の淵を撫でた。

苔が、ぽろぽろと落ちる。


「負けたよ」


「そうだな」


十人で出て、三人が生きて戻ってきただけだった。


グリップは剣を折られ、ジグは左腕を失った。


相手の三人に、手傷のひとつも負わせていないらしい。


惨敗だった。


「戦力を分けるべきじゃなかった。そう思う。全員でかかれば、結果は変わっていた」


「かもしれんな」


「ずっと、まずい戦いを繰り返している。そのせいで、兵士の大半を失った」


違うような気がした。


かなり追い詰めたこともある。

ただ、あと少しの運が足りない。


ぎりぎりのところで、ルーアたちが勝ちを拾っている、そんな感じだった。


言ったところで、慰められているとしか、グリップは思わないだろう。


逆に、傷つけるかもしれない。


「エスから、連絡があった」


グリップに、できるだけ隠し事はしない。

ランディはそう決めていた。


「敵が、一人だけでこの近くに来ている。ジグの左腕を奪った男だ」


グリップの眼が光った。


「私一人で相手をしようと思う」


「待て」


「相手も一人なのだ、グリップ」


「だからって、あんたを一人にできるか。たった今、反省したばかりだ。俺も行く。兵士も全員出す。出し惜しみはもうしない」


「動けないレイブルに、誰がつく?」


「ジグがいる」


「いや、俺も行く。グリップ、お前が残れ」


ジグが、片袖を揺らしながらやってきた。


「ジグ、そんな状態では戦えないだろう?」


「そんなことはない。俺は、レイブルよりも『悪魔憑き』の影響を強く受けている。腕一本程度、どうと言うことはない」


明らかに無理をしている。


「今のお前よりはましなのだ、グリップ。お前は、感情が剣に出やすい。そしてお前は、剣を折られてから平常心を失っている」


そうかもしれなかった。


逆に、ジグは腕を失っていても冷静だった。


直線的な攻撃を好むと聞くが、それだけの男ではない。


これまでの戦闘でも、ジグの冷静さがなければ、レイブルもグリップも逃げ切れなかっただろう。


「いいな、ランディ。俺が行く」


「わかった。好きにすればいい」


ジグの眼を見て、ランディは気付いた。


自分を、完全には信用していない。


当然のことだった。


ランディが、グリップたちの一味に加わってから、メンバーが減り始めているのだから。


同行を希望することも、ランディを監視したいからだろう。


ランディ一人で行かせたら、そのまま裏切るかもしれない、くらいは疑っているだろう。


それくらい疑い深くて、丁度いいとランディは思った。


年齢の割にグリップは、良くも悪くも純粋で単純だった。


だから、仲間になったばかりの者だろうと、疑うことをしない。


ジグのような男が側にいる方が、集団としてバランスがとれる。


「では、行こうか」


連れていくのは、ジグと兵士が十一人。


普通の人間は、ランディだけである。


ほんの数日前には、こんなことは考えられなかった。


異形の軍団。


兵士が、腐敗臭を漂わせている。


死が迫っている自分には、相応しいのかもしれなかった。

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