準絶対魔法防御壁

大分、体の調子が良くなった気がする。


ルーアは身を起こそうとして、すぐユファレートの手でベッドに押し付けられた。


「……もうかなり回復したと思うんだけどな」


「じゃあ、わたしのこの手、払い除けられる?」


「……」


言われてルーアは沈黙した。


体力や魔力は回復してきているのに、気怠さで力が入らない。


「あなたの疲れは多分、魔法の使い過ぎや、戦闘のダメージだけが原因じゃないと思いますよ」


シーパルが、のんびり言った。


「最近、食事とか睡眠とか、ちゃんと取ってますか?」


取れてなかった。


ランディを追い始めて、数日たってからである。


あまり、食欲がなくなった。


寝付きも悪い。


精神的に参っているのかもしれない。


それが、シーパルにはわかるらしい。


「あんた、まるで医者みたいだな」


「普段から、健康には気を使っているからでしょう。なにせ、ヨゥロ族は山から山へ旅する一族ですから、病院とかないんですよ」


「ヨゥロ族か……」


生れつき、強い魔力を有すると聞く。


ルーアは、これまでに出会ったヨゥロ族に、特別凄い魔力があると感じたことはなかった。


だが、シーパルにだけは違う。


「俺は、今まで何人かヨゥロ族と会ったことあるけど……」


「ああ、それはきっと、一族を追放された人たちですね……」


「……追放?」


不穏な単語に、ルーアは眉をひそめた。


「ええとですね、言いにくい話なんですが、魔力がある程度以下の方は、一族を追放されちゃうんです」


「……なによそれ」


ユファレートは、明らかにムッとした口調だった。


「なんのために、そんなことをするんだ?」


「さぁ……族長は、より良い血を残すため、とおっしゃってましたけどね。そのため、逆に、一族と繋がりのない強い魔力がある方を、受け入れたりもしています」


「あんたも、追放された身なのか?」


「いやぁ僕は、次代の族長候補だったくらいなんですよ」


シーパルは、顔を曇らせた。


「……自分から、一族を離れたんです」


「なんでまた?」


「どうにも僕は、一族の中では変わり者だったみたいでして……」


苦笑する。


「追放とか、血を選ぶ理由を、族長と側近くらいしか知らないとか、それに疑問を持たないみんなに、なんだか嫌気が差したんです」


シーパルは、少し淋し気な顔をした。


なんとなく、雰囲気が暗い。


普段、人に気を遣うことはあまりないが、回復してもらっている身分である。


それに、治療はまだしばらく続きそうだ。


ずっと重い空気というのも、辛い。


「ところで、エスとはどういう契約をしたんだ?」


ルーアは、話題を変えてみた。


「ああ。あなたに協力したら、人を捜してもらえるんですよ」


「誰を?」


「テラントの、奥さんを殺めた人です」


「……」


どっちみち、重い話だったりする。


「あー……えーっと、ユファレートは?」


「え?」


「どうして、エスと契約を?」


「わたしも、人を捜してもらいたいの。兄なんだけど」


「そう言えば、なんかそういうこと、テラントが言ってた気がするな」


「ずっと、御祖父様の元で、一緒に修業してたわ。私にとって、憧れの人……」


(……おやぁ?)


ユファレートが少し頬を赤らめたことに、ルーアは気付いた。


「……もしかして、血が繋がってないとか?」


「え? うん。小さい時から一緒だったから、お兄ちゃんって呼んでたんだけど。どうしてわかったの?」


「いや、まぁ。男の勘と言いますか」


血の繋がりのない兄妹か。


「……最強の組み合わせだな」


「? なんの話?」


「ああ、いや。こっちの話」


適当に、ルーアははぐらかした。


「それで、捜したいってことは……」


「……ある日ね、急にいなくなったの」


「そうか。まぁ、エスなら見つけられるだろ」


あんたがこの戦いで死ななければな、という台詞は飲み込んだ。


『お兄ちゃん』とやらが生きていれば、という台詞も。


ランディの仲間と戦うことが、エスとの契約という。


彼女たちが依頼を全うすれば、ルーアとランディの勝敗に拘わらず、エスは必ず見つけるだろう。


エスは、能力だけでなく、プライドも高い。


自分から契約を破棄したり、約束を破るとかは、彼の性格からしてない。


(俺たちの勝敗か……)


勝敗ではなく、負けのみじゃないのか。


自嘲的に思う。


剣では、ランディに勝てない。


魔法は、直接届かない。


魔法で小細工するしかないが、ランディに通用するのだろうか。


「『ブラウン家の盾』か……」


装備者に害を与える、ありとあらゆる魔法を遮断するという。


準絶対魔法防御壁を展開する魔法道具。


それをランディが手に入れたことにより、状況は大きく変化した。


(ん……?)


ふと、引っ掛かることがあった。


「準絶対魔法防御ってことは、絶対魔法防御じゃないってことだよな?」


聞いてみる。


応えたのは、ユファレートだった。


「そうね」


「てことは、破れることもある?」


「歴史上一回だけ、破れたことがある、とされているわね」


「それ、詳しく教えてくれないか?」


「……長くなるかもしれないけど、いい」


「構わない」


藁にも縋るとは、このことだろう。


破る手段があるのならば、光明が見えてくる。


ユファレートは、目線を左上に変えた。


暗記した内容を、思い出しているようだ。


「……四百年以上前のことだから、どこまで正確かわからないけど」


前置きして、コップを手に取り、水を飲む。


そのわずかな間にすら、ルーアは焦れた。


「ここヘリク国はね、当時、いくつもの小さな国に分かれていたの。その中でも、一、二位を争う国力があったのが、ここ、ヘリクハイト。そして、フレンデル」


ユファレートは窓の外を指した。


「そっちは、フレンデルではありません」


どうでもいいことを突っ込むな、シーパル。


ユファレートは、一度咳ばらいした。


「ヘリクハイトは、当時としては最先端の魔法技術を持っていた。自慢の魔法兵団は、他国の脅威だったみたい。対するフレンデルには、ブラウン将軍がいた」


「ブラウン将軍てことは、『ブラウン家の盾』を?」


「そう。彼は『ブラウン家の盾』の所持者だった。そして、武勇に優れていた。ヘリクハイトの魔法兵団にとっては、天敵だったってわけ」


(ちょうど、俺にとってのランディみたいなもんか)


「ブラウン将軍の部隊に苦戦したヘリクハイト軍は、一計を巡らしたの。囮を使って、ブラウン将軍の部隊だけを峡谷に誘い出し、魔法兵団全員による一斉攻撃」


その様子を、ルーアは思い浮かべた。


峡谷。

そこで、大人数による、魔法の不意打ち。


逃げ場は少なく、犠牲は相当なものになるだろう。


「ブラウン将軍に魔法は届かない。けど、兵士はただじゃすまないな」


「ヘリクハイト軍の目的は、とにかくブラウン将軍を孤立させること。いくら勇猛な将軍でも、個人だけで何十人、何百人と相手にできるわけがないからね。けど……」


「けど?」


「魔法の炎が消えた後、ヘリクハイト軍は予想外のものを見たの。ブラウン将軍の焼死体よ」


「……てことはだ」


「絶対魔法防御だと思われていた『ブラウン家の盾』の障壁は、実は絶対魔法防御ではなかった。百人以上の魔法攻撃の前には、耐えられなかったの」


「百人以上の魔法攻撃か……」


それは、一体どれほどのエネルギーになるのか。


「最初に言った通り、四百年以上前の話だから、どこまで正確かはわからないわ。もしかしたら、もっと少なかったかも」


ユファレートの言い方には、慰めるような響きがあった。


「狙いは、部隊全体だから、全部が全部、将軍に直撃したとは思えないし。なにより、今の魔法技術は、当時よりずっと発達している。だから、もっと少人数でも……」


「……正直に答えてくれ。俺が……いや、ここにいる三人が、全力でランディを攻撃したとして。魔法、届くと思うか?」


「……無理だと、思うわ。『ブラウン家の盾』ほどの魔法道具。ヘリク国の魔法学者にとっては、恰好の研究素材だから、様々な実験が行われているはずよ。けど……」


「破れたなんて、話はないか……」


「四百年の間ね」


いつの間にか、頭をもたげていた。


後頭部を、また枕へと沈める。


結局、力押しは通用しないと、再認識しただけか。


なんの収穫もなかったに等しい。


ルーアは、腕を額に乗せた。


視界が暗くなる。


やはり、ランディの虚をつくしかない。


ランディの予測にない、攻撃。


(そんなもんあるのか? あったとして、通用するのか?)


自分よりも遥かに戦闘の経験を積み重ねている、ランディを相手に。


(……なにかあるはずだ。……考えろ)


ランディだって、同じ人間だ。


必ず突破口はある。


だから……考えろ。


◇◆◇◆◇◆◇◆


来た道を戻ることになった。


目印として、木に傷をつけていた。


迷う心配はない。


ティアは、街へ戻ることに納得したわけではなかった。


しかし、ごねたところで無駄だった。


デリフィスに、軽々と肩に担ぎ上げられた。


そのまま、悠々と歩く。


ティアが羞恥で顔を赤くしても、彼はお構い無しである。


いくら抵抗しても、デリフィスの腕力からは逃れられず、ティアは音を上げた。


今は、デリフィスの斜め後ろを歩いていた。


デリフィスは、実はかなりの美形である。


愛想良くすれば、いくらでも異性が寄ってきそうだが、いつも近寄りがたい剣呑な雰囲気を醸し出している。


酒場の暗がりなどがよく似合いそうだ。


ティアが話し掛けても、反応は薄く、返事は短い。


これまで見ていた限りでは、テラントとシーパルとは、普通に話していた。


心を開いているように思える。


ティアたちに対しては、人見知りというよりも、興味がないという態度だった。


会話が続かないので、ティアも黙々と歩き続けた。


長い沈黙が苦手なティアにとっては苦痛だったが、どうしようもない。


昼頃になってようやく、ヘリクハイトの街並が遠くに見えるようになった。


デリフィスが、ちらりとティアの顔を見た。


なんとなく、言いたいことを察してしまう。


「あたしはここでいいよ。テラントのとこへ行ってあげて」


デリフィスは、しばらく逡巡したようだ。


だが結局、街の方へと歩き出した。


「ちょっと……」


呼び掛けても無視される。


ティアはデリフィスの横に並んだ。


「あたしは平気だってば」


「安全な場所まで、とテラントに言われた」


ぶっきらぼうに言い放つ。


「テラントのこと、心配じゃないの?」


「あいつは、自分の面倒は自分で見れる」


(……その言い方だと、あたしは自分の面倒見れてないことになるんですけど)


文句を言いかけて、やめた。


足を引っ張っているのは、事実だ。


「今回はたまたま手を組んでいるだけなんだから、あたしよりもテラントを心配しなよ。仲間なんでしょ?」


「仲間か……」


そして、鼻で嗤った。


(……あれ。なんか馬鹿にされた?)


「なんかこう、熱い男の友情で結ばれてるとか、そういう展開を期待してたんだけど……」


「あいつに興味を持った。それだけだ」


「興味?」


「昔、戦場であいつと一騎打ちをしたことがある」


「え?」


「その時は、決着はつかなかった。俺は、その続きがしたい。だが、あいつには復讐がある。復讐を果たすまでは待つと決めた」


珍しく多弁だった。


「テラントに協力しているのは、早く決着をつけたいからだ」


本当にそうなのだろうか。


ティアは疑問を感じた。


デリフィスとテラントを見ていると、友情や仲間意識があるように思える。


だから、テラントの心の傷に触れたエスに斬りかかったのではないのか。


テラントが、デリフィスとシーパルを巻き込まないようにしたとき、怒ったのではないのか。


信頼している。

ただ、それを素直に認められないだけ。


言葉には出さず、ティアはデリフィスの表情を盗み見た。


彼は、また無言になって、歩く速度を上げた。


◇◆◇◆◇◆◇◆


山中だった。


急勾配をユファレートは、汗塗れになりながら歩いていた。


前を進むシーパルは、短槍を杖代わりにして、鼻唄混じりだった。


なんとなく腹が立つ。


「ねぇ」


「ん? なんでしょうか?」


「わざわざ、山の中通る必要なかったんじゃ……」


「こっちの方が近道ですし。テラントたちは、もうアジト近くまで到着しているでしょうから、早く着くに越したことはないでしょう」


「それはそうだけど……」


ぶつぶつと呟く。


生まれも育ちも山の中のヨゥロ族と、こっちは違うのだ。


余程の健脚なのだろう。

シーパルは、どんな山道でも苦にしない。


悪路でも獣道でも、お構い無しである。


ユファレートだと、飛行の魔法を駆使しないといけないような、なんの手掛かりもない崖も、簡単に登りきってしまう。


ユファレートは、あまり体力に自信がなかった。


血筋、なのかもしれない。


虚弱体質の母は、命と引き換えにして、ユファレートを産み落としてくれた。


相当の未熟児だったという。


幼い頃は、よく熱を出して寝込んでいた記憶がある。


ティアと旅を始めて、各地を歩くようになり、かなり改善された。


それでも、こんな山道はきつい。


しかも昨日、フレンデルからヘリクハイトまでの長距離を歩いていたため、元々疲れているのだ。


「少し、休憩にしますか?」


見兼ねたのか、シーパルが提案してきた。


「……結構……よ。……急ぐんでしょ」


体が重い。


肺は酸素を求め、収縮と拡張を激しく繰り返し、一歩ごとにふくらはぎに引き攣った痛みが走る。


多分、他の誰かの提案だったら、頷いていた。


シーパルに対して、変に意地になっている。


ユファレートは、自分の感情を理解していた。


嫌いなのだ。


シーパル個人ではなく、ヨゥロ族全体が。


緑色の髪や青白い肌を、気味が悪いという人はいる。


ユファレートは、それとは違った。


ヨゥロ族は、生れた時から強い魔力を持つという。


そして、物心つく頃には、もう魔法が使える。


ずるいじゃないか、と思う。


ヨゥロ族以外は、誰だって簡単には魔法使いにはなれない。


才能があって魔力を感知することができても、それだけである。


魔力を駆使し魔法を扱えるようになるには、厳しい訓練を積まなければらない。


才能が開花したとしても、才能を伸ばすためには、また訓練と時間が必要となる。


ユファレートはもちろん、通ってきた道だ。


そしてそれは、祖父や兄も、あのルーアも同じなはず。


だからユファレートは、相手が魔法使いというだけで、好感を持つことがあった。


自分たちと同じ苦労を重ねてきたのだと思うと、親近感が湧く。


例外は、努力することもなく魔法使いになることが約束された、ヨゥロ族だけ。


(つまりは……)


ユファレートは、陰鬱に溜息をついた。


(嫉妬なのよね……)


みっともない、と思う。


ルーアの治療中に、嫌でも気付いた。


シーパルは、回復魔法だけなら、ユファレートを上回る。


祖父と同等の域かもしれない。


世界最高の魔法使い、ドラウ・パーターと。


その、持って生まれた才能への嫉妬。


シーパルは、なにも悪くない。


人格にも、問題はない。


穏やかで、誰に対しても、丁寧な口調と態度。


それでいて、仲間想いだということが伝わってくる。


テラントや、一見気難しいデリフィスといった男たちから信頼されていることも、納得できる。


今も、ユファレートの体調を気遣ってくれていた。


いいとこばかりじゃないか。


それなのに、自分は彼を受け入れていない。


拒絶している。


(心が狭いなぁ……)


器が小さい。

度量がない。


(情けないわね、ほんと……)


その想いが、また体の痛みを増長させた。

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