夢の続きの戦場
夢を見ていたのだと思う。
夢の中でもあの人は、他人に甘くて、だから傷ついて。
それに俺は腹を立てて。
仕方ないだろう?
なにもかも失った俺を、拾い、守り、導いてくれた人なのだから。
だから、あの人を、失いたくない。
傷ついてほしくない。
けど、甘さを捨てたあいつに。
俺はまた腹を立てた。
あいつが多くの命を奪ったことに、腹を立てた。
勝手だよな。
俺だって、これまでに数え切れないくらい殺してきたのに。
本当に、勝手だ。
◇◆◇◆◇◆◇◆
嫌な夢を見たのだと思う。
体が、寝汗で濡れていた。
ルーアは、ベッドの上で身を起こした。
背中や後頭部に、鈍い痛みが走る。
「……いって」
ランディ。
止められなかった。
ルーアは、テーブルに置かれた剣に手をやった。
辺りを見渡す。
普通の宿屋の一室、といったところだろう。
外は薄暗く、鳥の囀りが聞こえる。
気を失っていたのか、再会したランディにぶちのめされてからの、記憶がない。
「……エス。どうせいるんだろ?」
案の定、というか。
エスが、部屋の片隅に浮かび上がる。
「ここは?」
「ゲンクの別荘の、近くの宿だ。警官に運んでもらった」
「ランディは?」
「北西の方角に移動中。ヘリクハイトを出るつもりのようだ」
「そうか」
ルーアは立ち上がりかけて、またベッドに腰を下ろした。
安物のベッドが、不平そうに軋む。
ランディを急いで追うよりも先に、確認しておきたいことがある。
「ランディに、魔法が通用しなかった……」
「『ブラウン家の盾』を、知っているかね」
「『ブラウン家の盾』……」
聞き覚えはある。
十四歳の頃から『バーダ』に所属していたため、ルーアは学校という所に、ほとんど通っていない。
しかし、ストラームから、ある程度の教育は受けてきた。
たしか、世界史か魔法学で聞いた単語だった。
「装備者の周囲に、準絶対魔法防御壁を張り巡らす、魔法道具か……」
「ランディの腕には、それがあった」
「魔法攻撃が効かないランディか……反則だろ……」
実質的に、これでルーアに勝ち目はなくなったのかもしれない。
「……いや……そうでもないか」
すぐに思い直す。
直接届かないだけで、魔法が発動しないわけではない。
ならば、使い方次第で、道は見える。
足場を崩す。
濃霧を発生させて、視界を奪う、など。
戦闘で工夫して勝率を上げるというのは、当たり前のことだった。
「もう一個質問だ。ランディは、『コミュニティ』と組んだのか?」
「正確には、『コミュニティ』を裏切った者たちと組んだようだ」
「……」
「ほっとしたかね?」
「どうかな……半分くらいはそうかもな」
『コミュニティ』と組むのも、『コミュニティ』を裏切った者と組むのも、どっちもどっちという気がしなくもないが。
はっ、とルーアは立ち上がった。
魔力の波動を感じた。
攻撃的な波動。
狙われているのがわかる。
「エス……この宿、他に客はいるのか?」
「無論だ。普通の宿なのだからな」
やはり、元だろうと現だろうと、『コミュニティ』のメンバーは最悪だ。
目的のためなら、一般人を巻き込むことに、躊躇しない。
「くそったれ!」
ルーアは魔力障壁を発動させながら、窓へと走った。
◇◆◇◆◇◆◇◆
自慢にはならないが、寝起きはかなり悪い。
だが、いきなりの爆音に、さすがにティアは跳ね起きた。
「なななななにっ!?」
「落ち着いて、ティア」
ユファレートが、険しい顔で杖を握りしめている。
「魔法攻撃。でも、攻撃されたのは、わたしたちじゃない。あの、テラントって人たちの部屋でもない。もっと遠かったわ」
「じゃあ……」
思い浮かぶ。
拗ねた顔つきの、赤毛の男。
「……ルーア?」
ティアたちもテラントたちも、この宿に集められたのだ。
ルーアもいると考えるのが自然だろう。
そして、真っ先に狙われるのも、彼なはずだ。
攻撃されたのが、ルーアじゃない可能性もあるが、それは論じる必要はない。
重要なのは、いま誰かが、危険な目にあっているということ。
小剣を手にし、慌てて扉へと駆ける。
だがティアは、ドアノブを掴んだところで、一旦動きを止めた。
「……冷静にいこうね」
エスが去ったあと。
シーパルというヨゥロ族の男はにこにこしていただけだったが、テラントとデリフィスは、ティアたちに面倒そうな視線を向けていた。
そしてテラントに、俺たちに任せてくれればいい、というような言いかたをされた。
言葉は選んでくれているみたいだったが、遠回しに、女子供は引っ込んでろ、と言われているような気がした。
気のせいかもしれない。
だが、ティアたちが、特に魔法を使えないティアが、足手まといになる可能性は高い。
テラントがルーアと戦ったときに見せた動きは、眼で追えないほどだった。
デリフィスがエスに斬りかかる姿は、ランディ・ウェルズを彷彿とさせた。
彼らから見たら、ティアたちは邪魔でしかないのかもしれない。
だから、慎重に行動する必要がある。
失敗はしたくない。
「そうね、落ち着いていきましょ」
部屋を飛び出した瞬間、矢が飛んでくるかもしれないのだ。
廊下からは、従業員や泊まり客が、騒ぎながらばたばたしている様子が伝わってくる。
「行こっ!」
ティアたちは、意を決して部屋を飛び出した。
少し煙たい。
テラントたちの部屋は無事なようだ。
逃げる客とは逆走しながら、魔法攻撃をされた地点へと向かう。
そこまでは離れていなかった。
蝶番から壊れた扉。
その部屋から、煙と火が出ている。
従業員たちが、バケツリレーで消火に当たっていた。
隣の部屋にも、被害があったようだ。
怪我人が二人、運び出されている。
そして、庭を走るルーアの姿。
「! ユファ! 怪我人の治療と、消火の手伝いお願い! あたしは……」
言葉が詰まる。
ルーアを追いかけて、何かできるのだろうか。
ただ足を引っ張るだけじゃないのか。
それならば、ユファレートに追いかけてもらうか。
しかし、ティアがここに残って、治療や消火の効率はあがるのか。
二人ともここに残って……いや、それだとルーアが一人で戦うことに。
なかなか考えがまとまらない。
ルーアやテラントのように戦えたら、ユファレートのように魔法が使えたら、悩むこともないのだろうか。
そもそも、エスはなぜ自分も仲間に引き込んだのか。
達人たちと比べると、明らかにティアは力量不足だった。
「やあ、良かった良かった」
のんびりとした声がした。
緑色の髪。
青白い肌。
ヨゥロ族のシーパルだった。
「被害状況が気になってきたんですけどね、あなたたちがいるなら安心です。僕は彼を、ルーアを追いかけますね」
「待って」
止めたのはユファレートだった。
「先に、こっちを片付けたほうが……」
「僕らの役目は、倒すことですからね。それに、ここはあなたの魔法だけでも十分だと思ったんですけど」
(あ、やばい)
「難しいなら、僕も手伝いますけど」
多分、シーパルは挑発しているわけではないだろう。
しかし、付き合いの長いティアには、ユファレートが不機嫌になるのがわかった。
「……もちろんわたしだけで十分よ。あなたはルーアのとこへ行って」
ユファレートは人と争う性格ではないが、彼女にも地雷はある。
魔法に関することだけは、とてもプライドが高い。
彼女の祖父の影響が、大きいのだろう。
彼女の師であり祖父であるドラウ・パーターは、世間では、世界最高の魔法使いと称されている。
ユファレートは、ずっとその背を見て育ち、英才教育を受けてきたのだ。
「いいよ、ティアも行って」
ユファレートは、にこりとして言ったが、むしろそれが怖い。
「あ……ああ、そうね。じゃ、そうするよ」
こういう時のユファレートには、逆らうべきではない。
少しだけ声を引きつらせ、ティアはこくこく頷いた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
宿が衝撃で揺れる前から、テラントは目覚めていた。
昔から、危険は隣り合わせにあった。
これまでの人生で、何度就寝中に奇襲を受けたことか。
そういった経験を積み重ねたためか、テラントの眠りは常に浅い。
そして、肌が危険を察知する。
衝撃は、近くではなかった。
攻撃されたのはルーアではないか、と目星をつけてみる。
すでに、シーパルやティアたちが向かっているようだ。
テラントは、動かなかった。
かなりの人数に囲まれている。
狙われているのは、ルーアだけではないようだ。
テラントは、ランディの仲間たちと、すでに一戦交わしている。
眼をつけられるのは仕方なかった。
角部屋である。
出入口としては、南と東の壁にある窓。
そして、廊下への扉。
テラントにとっては脱出口になるが、敵にとっては侵入口となる。
テラントは足音を殺して、南の窓へと近づいた。
腰の魔法道具へと手を伸ばす。
昔、国家に仕える身分だったときに、王から授与された物だった。
無銘だが、なかなかの代物らしい。
斬れ味は、普通の剣よりはましという程度だが、折れることがない。
魔法が使えないテラントにも、ただ念じるだけで扱える武器。
音を立てないように、窓へと向けた。
伸びた光が、カーテンと窓を破り、侵入しようとしていた男を貫く。
呻きを聞くと、テラントは光をすぐに引き抜き、部屋の中央へと戻った。
三方向から同時に襲われたら、さすがに厳しい。
だから、こちらから仕掛けて、相手のタイミングを狂わせる。
そして、可能ならば、侵入口を塞ぐ。
テラントは、ベッドの端を掴んだ。
腕の筋肉を膨らませながらベッドを持ち上げ、東の壁へと押し付ける。
東の窓は採光用で、大人が一人通るほどのスペースしかない。
上手い具合に、ベッドの脚が窓に引っ掛かった。
当分の間は、そこから侵入はできないだろう。
鍵が壊され、扉が開く。
部屋へ侵入してくる、黒装束の男たち。
テラントは、先頭の男をあっさり斬り倒した。
次。
大剣をかい潜り、肩から体当たりをした。
光の剣を脇腹に突き立て、そのまま扉まで押し返す。
後続の男たちがたたらを踏んだ。
その間にテラントは、振り返った。
窓から侵入して、すぐ背後まで迫っていた男の首を斬り裂く。
(いけるか……?)
南の窓のほうは、敵の人数が少ない。
突破できるかもしれない。
いきなり、窓をぶち破り、黒い影が部屋に飛び込んできた。
テラントの足下に突き刺さる。
矢、だった。
外。
離れた所に、弓を引いた黒装束の男の姿。
再び、矢を放つ。
遠距離だが、狙いは正確だった。
なんとか、剣でそらす。
かなりの剛弓らしく、この距離でも、人の体二人分くらいは貫けそうな勢いである。
扉から、そして窓から、男たちが侵入してくる。
遠距離からの射撃。
そして、多方面から近接戦闘を仕掛けてる男たち。
「ちょっと、やべぇかなぁ……」
テラントの額に、汗が滲んだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆
宿の外壁と魔力障壁で阻んだため、火球が破裂した衝撃は、ほとんど伝わってこなかった。
宿が揺れる。
天井にひびが走った。
このままだと、生き埋めになる可能性がある。
炎にむせながら、ルーアは穴が空いた壁から外へと飛び出した。
魔法かナイフでも飛んでくるだろうと警戒したが、それはなかった。
(……どうする?)
場所を変えたい。
一般人が邪魔になる。
攻撃を警戒したまま、ルーアは駆け出した。
植木を掻き分け、宿の敷地を出る。
エスは、ここはゲンクの別荘の近くの宿だと言っていた。
できれば、昨晩テラントと戦った、倉庫が並ぶ場所へと移動したい。
左右の道を見比べる。
建物の陰が低く見える方を選んで、ルーアは走りだした。
気配が、追ってくる。
しばらく走るうちに、ルーアは違和感を感じるようになった。
宿を取り囲む気配は、二十を越えていた。
いまルーアを追う気配は、五つほど。
(……狙いは、俺だけじゃない?)
それにしても、五人とは舐められたものである。
(いや……)
ルーアは、足を止めた。
行く先に、帽子を深く被った男が現れたからだ。
(こいつが、いるからか……)
帽子で隠れて表情はよく見えないが、口許には、余裕の笑みが浮かんでいる。
腕に自信あり、というところか。
ルーアが立ち止まったため、黒装束の男たちが追いついてきた。
挟まれたことになる。
「きさまが、ルーアか」
帽子の男が言った。
「名乗った覚えはないけどな」
「ランディから、聞いた。そして頼まれた。倒せ、とな」
帽子の男の周囲に、数個の光球が生まれる。
背後からは、迫りくる黒装束の男たち。
「逃げ場はないぞ」
「そう思うか?」
ルーアは、レンガ塀に触れた。
「ガン・ウェイブ!」
衝撃波が、塀に人ひとり通れるほどの穴を空ける。
ルーアは迷わずそこへと飛び込んだ。
刈り揃えた芝生の上には、いくつもの植木鉢が並ぶ。
白猫が、侵入者に驚いて逃げていった。
有りがちな、中流家庭の庭である。
一拍おいて、ルーアは再び塀を潜った。
つまり、元の位置に戻ったことになる。
不用意に追いかけようとしていた黒装束の男たちが、不意を衝かれ戸惑う。
「フレア・スティング!」
炎が、男たちの足下で破裂し、火柱を上げる。
一人だけ避けるが、逃がすつもりはない。
ルーアは、すぐに追撃をかけた。
男がナイフを投げ付けるが、狙いが甘い。
ジャケットの表面をかすめただけである。
耐刃繊維が編み込まれているため、その程度では傷ひとつつかない。
一気に間合いを詰めると、ルーアは男の首筋に剣を叩き付けた。
地面に崩れ落ちる男の首は、有らぬ方向へと曲がっていた。
「これで……」
ルーアは、剣を帽子の男へと向けた。
「あとは、あんただけだな」
その男の口許の笑みは、まだ消えない。
見下すようですらある。
「見事な手並みだ」
「そりゃどうも」
一歩、踏み出す。
多分、ほぼ同時だっただろう。
「ル・ク・ウィスプ!」
同じ魔法を撃ち合っていた。
両者の中央で、無数の光球が激突して弾ける。
大気が震動し、熱気流が渦を巻く。
ルーアは躊躇わず、気流へと突っ込んだ。
熱気と静電気で肌が痛むが、構わず気流を走り抜ける。
すぐ眼前に、帽子の男がいた。
「ちっ!」
舌打ちが聞こえる距離。
帽子の男が身を翻すが、もう遅い。
(意外と脆いな)
思いながら、帽子の男の胴を斬り裂く。
「……!?」
その水を斬るような手応えに、ルーアは意識を緊張させた。
帽子の男の姿が、崩れながら空気に溶け込む。
(イリュージョンか……!)
背後。
咄嗟に剣を跳ね上げるが、帽子の鍔をかすめただけだった。
帽子の男は、ルーアに手を向けている。
「ちぃっ!」
今度は、ルーアが舌打ちをする番だった。
至近距離から放たれる光球を、なんとか魔力障壁で受けながら、後退する。
数発をいなすうちに、また距離が開いた。
「まったく……」
しばらくして攻撃が止まる。
ルーアは呻いた。
「ほんのちょっとのパワーアップのために、人間やめるか、普通?」
帽子が脱げていた。
男に眉や頭髪はなく、代わりに、頭部に拳大の眼がいくつかついていた。
『コミュニティ』で行われている、『悪魔憑き』という呪法の影響である。
召喚した悪魔に体の一部を喰らわせ、その身に更なる魔力を宿らせる。
下手をしたら命を失うほどの呪法であり、成功しても、いくらかの寿命と、人としての外見を失う。
「……望んで、こんな姿になったと思うか?」
悪魔憑きの男は、帽子を拾い、目深に被った。
「……そういや、あんたら『コミュニティ』を裏切った連中だったな」
組織に、改造されたのか。
「……悪ぃな。さっきのは失言だ」
「戦闘中に、敵に本気で謝るとは、おかしな奴だ」
ルーアは、剣に帽子の男の姿を重ねた。
「俺が用あるのは、ランディだけなんだが……」
「『コミュニティ』の刺客に対抗する力がある者を、むざむざ失うわけにはいかんな」
「そうかよ!」
ルーアは、地面を蹴った。
帽子の男が、腕を上げる。
「フォトン・ブレイザー!」
放った光線は、ルーアを狙っていなかった。
路面がえぐられる。
さらに同じ魔法を連発して、塀を崩していく男。
立ち込める土煙で、その姿が隠れる。
(目眩ましか!)
帽子の男が居た大体の位置に、ルーアは電撃を放った。
一条の光と化して土煙を裂いていくが、当たった気がしない。
やはり、左から猛烈な殺気を感じた。
帽子の男の向けられている手に、すでに光が灯っている。
かわせるタイミングではない。
ルーアは体をねじりながら、小さな魔力球を造り出した。
帽子の男が放つ光線の、予測される軌道上。
それから少しずれた位置で、魔力球を停滞させる。
光線は、魔力球と激突して軌道を変えた。
体を捻っていたルーアの、すぐ横を通り抜ける。
「なにっ!?」
帽子の男が驚愕する。
強力な魔法を、簡単な魔法で防ぐ。
誰でも実行できることではない。
「もらい!」
勝利を確信しながら、ルーアは剣を握りしめ突進した。
帽子の男は、強力な魔法を使用した直後である。
防ぐ余裕はないはずだ。
(……なんだ?)
違和感。
帽子の男の口許に、笑み。
ルーアは、とっさに横に跳んだ。
帽子の男とは違う魔力を感知したのは、その直後だった。
反射的に、魔力障壁を発生させる。
それでも、襲いくる衝撃に、足が浮き地面を転がった。
「防いだか。レイブルに攻撃を仕掛けていたら、殺せたのだがな」
聞き覚えのない声だった。
多少よろけながらも、立ち上がる。
外傷はないが、今のは効いた。
直撃していたら、命はなかったかもしれない。
(二人……か)
そいつも、『悪魔憑き』だった。
脇腹から白蛇が生えていて、まるで腕が四本あるようである。
顔の凹凸は、眼と口だけ。
「ジグの一撃を防ぐとはな。ランディに気にかけられるだけはある」
帽子の男、レイブルの横に、ジグと呼ばれた男は並んだ。
「さて、そろそろ決着をつけようか」
レイブルが言い、無数の小さな光球を生み出した。
ジグの頭上で、巨大な火球が渦を巻く。
片方が足止めで、片方がとどめか。
ルーアは、周囲に魔力障壁を張り巡らせると、『悪魔憑き』二人を横目に全力で走り出した。
足を止めていたら、死ぬ。
「くたばれ」
それは、どちらが言ったのか。
聞き分けることもできずに、ルーアは破壊の魔力に包まれた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
左右から突き出される剣を、なんとかテラントはさばいた。
光の剣が、黒装束の男たちを斬り裂いていく。
体勢を崩したテラントの頭上に、矢が突き刺さった。
(やっべ……!)
狙いが外れていたから助かったが、今の一撃はかわしきれなかっただろう。
さらに、男たちが次々と部屋に侵入してくる。
「……何人いるんだよ」
うんざりしながらも、体は動いた。
鉄槌を持った、鈍重な男の頭蓋を断ち割る。
曲刀をかわし、その首筋を斬り裂く。
血を吹き上がらせる男を蹴飛ばし、別の男の足止めとした。
それを回り込み、男が剣を振り下ろしてくる。
大振りだったが、かわす暇はなかった。
重い一撃を、光の剣で受け止める。
鍔ぜり合いの状態になった。
視界の隅に、外で弓を引いている男の姿が映った。
これ以上はさばききれない。
だが。
弓矢を持った男の体が撥ね上がった。
上半身が、二つに割れている。
デリフィス。
ようやく援護に来てくれた。
テラントは、鍔ぜり合いをしていた男を斬り倒した。
他の男たちが足を止める。
作戦の肝が、遠距離からの弓矢の射撃だと、理解しているのだろう。
そして、それを潰された。
男たちの判断は早かった。
身を翻し、窓から撤退する。
廊下からも、立ち去る足音がした。
「勝ち目がなくなった途端に、退却か。さすがに、『コミュニティ』の兵士はそつがない」
足下の死体を蹴飛ばし、デリフィスが部屋へ上がってきた。
厚い剣を持っている。
テラントは、光の剣を消した。
「……助けにくんの遅ぇよ」
「弓矢の男に隙ができるのを待っていた。あれだけは、逃がしたくなかったからな」
「まあ確かに、あいつだけはなかなかの遣い手だったが、危うく俺、死にかけたぞ」
「お前なら、耐えてくれると信じていた」
「調子良いことを……」
テラントは、溜息をついた。
部屋には血臭が充満している。
男たちの死体で、足の踏み場もない状態だった。
「けっこう斬ったな……十人くらいか」
エスは、敵は三十五人ほどと言っていた。
ならばこの十人は、かなりでかい。
「チャンスか?」
「ルーアとやらが、死んでいなければな。それらしいのが、逃げていった。シーパルが追っている」
ルーアに死なれたら、負けである。
エスとの約束は、ランディの仲間を倒すことだった。
ルーアの生死は関係ない。
だがエスは、自分はルーアの協力者だと言っていた。
ルーアが死んだ途端、約束を反故にする恐れがある。
「まあ、あいつらなら大丈夫か」
シーパルの実力に、疑いはない。
赤毛の少年。
まだ十七、八くらいの年齢だろう。
それにしては、研ぎ澄まされていた。
信じて待つ。
対峙した時の姿を思い浮かべながら、そう決めた。
出会ったばかりの男を信じる。
おかしな話だ、とテラントは思った。
◇◆◇◆◇◆◇◆
単純な魔力の強大さなら、自分の方が上かもしれない。
だが、圧倒できるほどではない。
そして、レイブルとジグ。
彼らは、しっかりと連携が取れていた。
(そりゃ苦戦するよな……)
力尽きたように背中を壁に擦りつけながら、ルーアは座り込んだ。
なんとか、ゲンク・ヒルの私有地までは移動できた。
今は、倉庫の陰に身を隠しているところだった。
(さすがに……分が悪い)
防御一辺倒で、反撃する暇がない。
それに、動き回りながら魔法を連発したせいで、疲労が溜まっている。
体力と魔力の消耗が激しい。
(一対二だ。正面からだと力負けする。なら、小細工すればいい)
当たり前のことを確認しながら、魔法を使うために集中する。
体は火照っていたが、呼吸は整った。
物陰から、様子を窺う。
ジグの姿は見えるが、レイブルはいない。
ある程度、癖は読めた。
ジグは、わかりやすい。
とにかく、強力な魔法を使いたがる。
レイブルは、相手の虚を突く戦い方が好みのようだ。
相手の視覚を奪う。
自らを囮にする。
死角に回る、など。
(よし……!)
覚悟を決めた。
次で必ず、どちらかは仕留める。
それができなければ負けである。
すでに限界が近い。
ルーアは、ごく小さな魔力球を、打ち上げた。
魔法使いは、他者の魔力を感知できる。
ジグが、すぐに反応した。
腹の蛇も、こちらを睨んでいるような気がする。
(飢えた獣みてぇなもんだ)
すぐに、餌にかかる。
ジグが、火球を放った。
それをかわすために、ルーアは大きく身を投げ出した。
肩から地面を転がり、受け身をとる。
爆風に煽られながらも、ジグを睨みつけ、ルーアは右手を向けた。
「喰らえっ!」
これは賭け。
体内の魔力を、全力で引き出す。
出し惜しみはしない。
「フォトン……」
「きさまの負けだ」
すぐ背後からのレイブルの声と同時に、ルーアは炎に包まれた。
だが瞬時に、炎は消滅する。
ルーアはすでに、背後に向き直っている。
勝負がついたと判断して、油断しきっていたレイブルの頭部を、ルーアは剣で叩き割った。
「っがぁぁぁあぁぁぁぁ!?」
それでも、まだ死なない。
普通なら即死だが、『悪魔憑き』は、生命力が半端ではないのだ。
レイブルは血を撒き散らしながら、身をのけぞらせた。
ジグに気を取られた振りをすれば、レイブルが必ず攻撃してくる。
それは読めた。
ジグを睨んだのも、叫んだのも、レイブルへの誘い。
攻撃する振りをして、ルーアが使用したのは防御用の魔法だった。
それが、レイブルの魔法を消失させた。
一対一なら、互角以上の勝負はできていた。
全力で防御すれば、至近距離からのレイブルの攻撃も、防げる自信はあった。
タイミングを誤っていたら死んでいたが、成功させる自信もあった。
「き……きさまぁ……!」
割れた頭と悪魔の眼を、手で押さえ、レイブルが呻く。
とどめを刺したいところだが、とりあえずルーアは左に跳んだ。
ジグが放った光球が、元いた場所に着弾する。
レイブルは、その場に膝をついた。
ほぼ、無力化したと考えていいだろう。
ならば、注意するべき相手は決まっている。
ルーアは、ジグに向き直った。
体力も魔力も余裕がない。
しかし、一対一なら必ず勝ってみせる。
ジグも、疲弊しているルーア相手に、逃げる気はないようだ。
レイブルとジグ、両方とも潰す好機である。
一歩、踏み出した。
汗が吹き出る。
いきなり、別の魔力を感じた。
(新手っ!?)
さすがに、これ以上の相手は無理だ。
しかし光線は、ルーアではなくジグを撃った。
「ルーア、さがって!」
たった一日だけの付き合いなのに、妙に耳に馴染んでいる声。
ああ、そうか。
ルーアは気付いた。
この女、声まで『ティア』とそっくりだ。
光線が、さらに二発、三発とジグを襲う。
ジグは、なんとか防いでいるようだ。
攻撃しているのは、ヨゥロ族の男だった。
何者かは知らないが、ジグの相手をしてくれるのならば。
ルーアは、レイブルに眼を移した。
未だに立ち上がれないでいる。
ルーアは、剣で斬りかかった。
レイブルが、力無く小さな光球を放つ。
もちろん、そんな攻撃喰らうはずもない。
軽くかわす。
「……!?」
足が縺れて、ルーアは転んだ。
思った以上に疲労している。
自分の体重を、足が支えきれない。
ジグ。
防御の合間に、ルーアに手を振った。
光球が、向かってくる。
しかし、ヨゥロ族の男が指を向けると、あっさりとそれは霧散した。
(すげ……)
内心、ルーアは舌を巻いていた。
今の防御魔法は、精度も強度もルーアより遥かに上である。
「はぁっ!」
ティアがジグに接近して、小剣で胸へと斬り付ける。
意外なまでに鋭いが、ジグの腹の蛇が、牙で受け止めた。
「うわ!? きもい!」
ティアが小剣を引く。
ジグは後退した。
常にヨゥロ族の男との間に、ルーアかティアがいる状態で、ゆっくりと退いていく。
ルーアには、追撃をかける余力がない。
しばらくして、ジグは物陰へと消えていった。
気がつくと、レイブルの姿もない。
ジグが時間を稼いでいる間に、逃げていた。
(まだ動けたか……!)
『悪魔憑き』のしぶとさを、甘く見ていた。
「くそっ……!」
ルーアは、ふらつきながら立ち上がった。
ティアとヨゥロ族の男が、駆け寄ってきた。
「大丈夫? ふらっふらしているわよ、あんた」
「ティ……オースター、あんたは頭がぼっさぼさだぞ」
「う、うっさいわね! 寝起きだからしかたないでしょ!」
とりあえず、ティアを押し退けた。
ヨゥロ族の男は、にこやかに微笑んでいる。
「無事でなによりです」
「……誰だあんた?」
「シーパル・ヨゥロといいます」
「テラントの仲間よ。あたしたち、エスって人に雇われたの」
「……あ?」
「ランディ・ウェルズの仲間を倒せって」
「……」
ルーアは沈黙した。
気に喰わない。
感じたのは、それだった。
「エス、出てこい」
呼びかけるが、反応はない。
ますますもって気に喰わない。
「エス!」
「……なにかね? 私はいま、とても忙しいのだが」
エス。
迷惑そうな顔をしている。
「……なにを企んでいる?」
「……どういう意味かね?」
「これまで、俺とあんたでランディを追っていた。それを、あんたは誰にも話さず、どんな小さな協力も拒んできた」
情報が漏れないよう、徹底していた。
リーザイ人の凶悪犯罪者を、リーザイ人が追う。
それは、国の恥部であると言うかのように。
「なんで今更、こいつらを雇う?」
「ランディに仲間ができたからだ。君だけでは勝てない、と判断した」
「それが、あんたが準備した、俺が納得する理由かよ?」
ルーアは、エスに指を突き付けた。
「舐めるな。今までにだって、口の固い奴はいたはずだ。素性を明かさなくても、払うもんさえ払えば、従う奴はいたはずだ。そいつらで、ランディを足止めさせることはできたはずだ」
「口が固いから喋らない、かもしれない。金さえ払えば信用できる、かもしれない。足止めできる、かもしれない。かもしれない、かもしれない、かもしれない……」
ふぅ……とエスは息をついた。
「君は馬鹿か?」
「……っ!」
「彼らを雇ったのは、ランディと戦う前に、君に無駄な力を消耗されたくなかったからだ。もっとも、手遅れのようだがな」
エスの姿が薄れる。
「私は、忙しい。君たちが街のあちこちを破壊してくれたおかげで、軍や警察と交渉している最中だ。つまらないことで呼び出すことは、やめてくれたまえ」
「……エス」
「……なにかね?」
「知ってると思うが、俺はあんたが嫌いだ」
「私も、君のようなガキは嫌いだよ。だが、嫌い合っていても、協力しあわねばならない。それが、軍であり、政治であり、国家だろう?」
エスの姿が、消えた。
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