それぞれの理由
誰かがなにかを企んでいる。
それを、テラントは感じていた。
ゲンク・ヒルが、ランディ・ウェルズに殺害された。
間違いなく、自分は当事者になるだろう。
だが、駆け付けた警官は、テラントと、彼の旅の連れであるデリフィスとシーパルを、警察署に連れていくことはなかった。
他の連中は連れていったのにだ。
案内されたのは、近くの宿だった。
部屋までとってあった。
あまりにも怪しいが、とりあえず様子を見ることにした。
シーパルが、いくらか疲労している。
ずっと、デリフィスと一緒に魔法の炎に捕われていたらしい。
狙われていたとしか思えない。
こちらの戦力を理解していたのだろう。
そして、自分たちを遠ざけ、あるいは封じた。
テラントが調べた、これまでのランディのやり方とは違う。
ランディは、単独で動いていた。
そして、力押しだった。
たまたま今回は、やり方を変えただけなのか。
夜更けだったが、眠れるわけがなかった。
『部屋を出たまえ』
不意に声が聞こえた。
(……幻聴?)
そう思ったが、それにしてははっきりと聞こえた気がする。
『幻聴ではない。部屋を出たまえ』
(何者だ……!?)
魔法道具に手をやりながら、思考の中で問う。
『来ればわかる』
怪しいが、テラントは覚悟を決めた。
宿に案内されたところから、おかしいのだ。
ならば、この誰かさんの誘いに乗るのも一興か。
テラントが部屋を出るのとほぼ同時に、デリフィスとシーパルの部屋の扉が開いた。
「お前らも、聞こえたか?」
デリフィスが、無言で頷く。
シーパルは、神妙な顔付きだった。
『105号室に入りたまえ』
また声。
三人で顔を見合わせる。
たしかに、全員が聞いていた。
105号室は、テラントの部屋の向かいだった。
ドアノブに手を掛ける。
ノックはしなかった。
少しだけ広い部屋だった。
二人部屋だからだろう。
ベッドが二台並んでいる以外は、あまりテラントの部屋と変わりない。
ベッドには少女が二人、寄り添うようにして座っていた。
たしか、ルーアと一緒に連れて来られていた少女たちだ。
そして、部屋の中央には、頭髪から靴の爪先まで、白でコーディネートされた男。
「やあ。わざわざすまないね」
その白い男が言った。
頭の中に響いていた声と同じである。
「まずは自己紹介をしておこうか。私はエス。テラント、君は会っているはずだが、ルーアの協力者だ」
名前を知られていることに、わざわざ反応などしない。
調べる手段などいくらでもある。
エスと名乗った男は、デリフィスに手を向けた。
「無駄なことはやめたまえ」
デリフィスは、剣の柄に手を掛けていた。
「私は、少しばかり特殊でね。戦闘能力というものが皆無なのだよ。生まれたての赤子に、毛ほどの傷をつけることもできない。その代わりというわけではないが、いかなる武器も魔法も、私には届かない」
両手を拡げ、無防備な姿を見せる。
不気味ではあるが、危険は感じない。
テラントは、唇を舐めて湿らせた。
「なんのために、俺たちを呼び出した?」
「君たちに、依頼があってね」
「依頼?」
「ルーアが追う、ランディ・ウェルズという男のことだ」
「ああ。あれ、ね……」
暗い廊下に佇む、足下にいくつもの死体を従えた黒髪の剣士。
先程会ったばかりだった。
戦っていたら、結果は際どいことになっていただろう。
ランディの心臓を貫いた直後に、自分の首を撥ね飛ばされている、というような。
「あれとやりあえってんなら、断るぜ。賞金額の、百倍貰えてもだ」
たしか、たいした額ではなかったはずだ。
ゲンクからの報酬が高額だったため、あまり興味がなく、記憶が曖昧だが。
「あんな額で人を動かそうとは思わんよ。どう考えても釣り合わないはずだ。そう思われるよう、私が設定した」
「私が……設定した?」
「無駄に、賞金稼ぎの死人が増えるだけだからな」
こともなげに言う。
ランディが殺害した者の中には、大臣もいたはずだ。
おそらく、賞金額には少なからず、国家の意向も反映されているはず。
それに関わるには、同等の権力が必要となるだろう。
「……あんたほんとに、何者なんだろうな? 俺たちが警察に拘束されないようにしてくれたのも、あんたなんだろ?」
「名乗ったはずだ。エス、とな。あと言えるとしたら、リーザイ王国に仕える情報を司る者、というところか」
リーザイ王国。
大陸東に位置する、大国である。
「……そいや、ランディは、リーザイの軍隊の出だったな」
「そう、ランディ。話を戻すが、ランディを倒して欲しいのではない。彼の仲間を倒して欲しい」
「仲間?」
「会っただろう? 『コミュニティ』を裏切った者たちだよ」
「会ったな、たしかに」
ゲンクの別荘に向かう途中で遮られた。
なぜ、と思ったが、ランディの仲間ならば話は簡単だ。
仲間の目的のために協力した。
ただそれだけだろう。
「人数は?」
「四十人ほどだった。君とルーアが少し減らしてくれたおかげで、今は約三十五人というところだ」
「それは……相当払って貰わんとな」
「残念ながら、私には国庫を動かす権限はなく、かと言って、たいした私財があるわけでもない。したがって、君らが納得できる金額は用意できない」
「話にならん」
「私に準備できる報酬は、情報だよ」
エスが笑った。
普通の人間なら何気ない仕種だろうが、この男だと、変に身構えてしまう。
「例えば……こんな情報ならばどうかね? ユファレート・パーター」
「は、はい!?」
ベッドの上で小さくなっていた少女の一人が、驚きながら返事をする。
長い黒髪の美少女である。
「私なら、君の行方不明の兄を、見つけることができる」
ユファレートが、眼を見開いて身を乗り出した。
「そしてテラント・エセンツ。私なら……」
エスの笑みが深くなる。
「君の妻の仇を、見つけることができる」
一瞬、体中の血が、逆流した気がした。
冷静に、と自分に言い聞かせる。
テラントは、強く眼を閉じた。
二年間、妻の仇を捜してきた。
その事実を知っている者はいる。
デリフィス、シーパルは知っているし、情報屋に依頼したこともある。
誰かを問い詰めたこともあった。
この得体の知れない男が知っていたとしても、不思議ではない。
まずは、確かめることだった。
「……本当に……見つけられるのか?」
少し声が裏返った。
「私は、常人が一年かけなければ調べ上げられないことを、一日で調べることができる」
「……突拍子もない話だな。……証明できるか?」
「原理の説明は難しいな。君たちでは理解できない言葉だと思う」
「ずいぶん高いとこから物言うんだな……」
「ああ、すまんね。別に悪気はないのだよ。これは、単に得意分野が違うだけ、ということだ」
肩をすくませる。
「私の能力を君たちが理解できないことと同じように、君のような一流の武芸者の、勘や経験というものが、私にはさっぱり理解できない」
「……また話が逸れたな」
「これは失礼。私の能力の証明、だったな」
エスは、小さな円を描くように、部屋の中を歩いてみせた。
こつこつこつ、と足音が鳴る。
それが、ひどく不自然なことに感じられた。
「こんな話でどうかね? あれは二年前、肌寒く、小雨がぱらつく朝だった」
「……」
「妻に見送られ家を出て、坂を下り、ふと振り返ると、家から火の手が上がっている」
こつこつこつ……足音が響く。
「彼は慌てて家へと戻り、そして、信じられない光景を眼にする」
エスが足を止めた。
「黒装束の男たち。リビングの中央に、両手に小剣を持つ、小柄な男。その足下には、横たわり身動きしない、愛する妻の姿。彼は小柄な男に斬り掛かり、剣は男の左耳をかすめた……」
ダン!
激しい音が、室内に響いた。
デリフィスが、床を蹴った音だった。
剣を一閃させる。
エスの肩から脇腹までを両断したはずだが、彼は平然としていた。
衣服に破れもない。
デリフィスの剣にも、血の一滴もついていなかった。
「なんだ……本当に斬れないんだな」
剣を収めると、何事もなかったかのように、テラントの隣へと戻ってくる。
「……なにやってんだ、お前?」
テラントが呻きながら問うと、デリフィスは無言でこちらを指してきた。
いつの間にか、シーパルが腰にしがみついていた。
それも、いくらかテラントが引きずった後のようである。
「いやぁ、さすがに、二人同時には止められなかったです」
シーパルの、普段は人懐こい顔が、強張っていた。
「……俺は、冷静だぜ?」
テラントは、いくらか乱暴にシーパルを振り解いた。
一度、息をつく。
「趣味悪い真似するじゃねぇか」
「君は、特別疑い深いようだからね」
もう、怒りはなかった。
自分のことで怒ってくれる奴がいる。
自分の怒りを止めてくれる奴がいる。
その実感が、テラントを冷静にさせていた。
「質問」
黙って事の成り行きを見守っていた、童顔の少女が手を挙げた。
「本当に、ユファのお兄さん見つけられるんだよね?」
「生きてさえいればな」
「どれくらいの時間で?」
「最長でも、一年かからずに」
「なら、あたしたちは引き受けるわ」
「ティア!?」
ユファレートという少女の方が、慌てた。
「また勝手に……それじゃティアまで危ないじゃない!」
「ちょっとやそっとの危険なんて、今までに何度もあったでしょ。一年間手掛かりなかったんだよ? こんなチャンス、逃せないわよ」
ティアという少女は、睨むような勢いでエスを見た。
強い眼をしている。
テラントはそう思った。
「引き受けるわ。その代わり、約束守ってね」
「必ず見つけ出すと誓おう」
ゆったりとしたエスの口調。
少女二人をルーアの味方につけた、ということになるはずだが、特に感慨深い顔もしていない。
「あとは君たちだが」
「……引き受ける。ただし、こいつらは関係ねぇ。俺だけだ」
「……おい」
デリフィスが呻くが、テラントは無視した。
「……君だけでは、困るのだよ」
「俺の嫁の仇の情報が欲しいのは、俺だけだ」
「だが私は、デリフィス、シーパル、彼らの力も必要としている」
「俺が三人分働く。それで……」
いきなり、尻を蹴られた。
頭をはたかれた。
「引き受けよう」
「引き受けます」
デリフィスとシーパルが、同時に言った。
「お前らな……!」
「必ず見つけ出すと約束する」
エスは、少女たちに向けたときと同じような、口調と表情だった。
姿が薄れ、空間に溶けて消えていく。
なかなか面妖なことだが、いちいち驚くことにも飽きた。
そんなことよりも。
テラントはデリフィスの肩を掴んでいた。
「お前らなぁ、せっかく俺が……」
逆に、デリフィスに胸倉を掴み返される。
「くだらないことは言うなよ。そして、くだらない気の遣い方をするな」
デリフィスの手に、力が篭る。
「今更、だろうが」
なぜか、シーパルはくすくす笑っていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
『起きているかね?』
声が聞こえて、ランディはうっすらと眼を開いた。
仰向けになっていた。
そして揺れている。
馬車で移動している最中のようだ。
振動が、傷を負った脇腹に響くが、耐えられないほどではない。
おそらく、魔法で治療を受けたのだろう。
(……なんだ?)
思考の中で、エスに問い返す。
『なぜ、傷を負った? それほどの相手はいなかったはずだ』
(……油断、していたのだろうな)
『油断? 君が? そんなことはありえないな』
(過大評価は、人を駄目にする)
『病の影響かね?』
(……)
傷など、どうでも良かった。
傷を負った理由も。
腹を刺された直後に、男のことは屠っている。
自分は生き延び、男は死んだ。
その事実だけ噛み締めればいい。
(……用件は?)
『守護者候補が見つかった。四名だ』
(ほう……)
『うち二名とは、君も会っている』
(……誰だ?)
『ティア・オースターと一緒にいた娘だよ。ユファレート・パーター』
あまり、印象になかった。
『ブラウン家の盾』を奪うこと、ティア・オースターの存在。
その二つに意識が忙殺されていたからだろう。
(もう一人は?)
『テラント・エセンツ。ゲンクの別荘で、ルーアの助けに入った男だ』
(ああ、あの男か……)
二十代半ばくらいの、金髪の男だった。
(あれはいいな。強い。単純な戦闘能力もそうだが、おそらく精神的にもかなり強い)
佇まいが並の男とは違った。
相当な修羅場を潜ってきたことだろう。
『真に彼らが守護者となれる力があるか、試したい』
(急ぐのだな)
『時間がないとは、常々言っている。彼らは現在……』
宿の名前を告げて、エスの声が消えた。
(さて、どうするか)
しばらくランディは、馬車の幌を眺めていた。
エスの意図はわかる。
誰を利用すればいいかもわかる。
だが、利用するのは困難だった。
「グリップ、いるか?」
「ん? お、起きたか」
グリップが、荷台を覗きこむ。
「……どこへ向かっているのだ?」
「俺たちの、アジトさ。まあ、アジトってほど、立派なもんじゃないが」
「そうか」
どうやって、騙すか。
考えてかけて、やめた。
自分があまり口がうまくないことを、ランディは自覚していた。
「グリップ」
「なんだ?」
「私を追う者と、その仲間の居場所がわかった。五人、もしくは六人だと思う。彼らを倒してほしい」
「……居場所が、わかった? いつ?」
さすがに、グリップが訝し気な顔をする。
「今だ」
「寝転がってたあんたがか? どうやって?」
「方法は、言えない」
エスのことは言えない。
うまい言い訳も思い浮かばない。
だから、言えるだけのことを言った。
グリップが納得するとは思えないが、それならそれで仕方ない。
自分は、人を操るなど向いていない。
失敗したら、あとはエスにやらせればいい。
「……そいつらを、倒せばいいんだな?」
グリップの言葉がいささか意外で、ランディは身を起こした。
「私の言うことを、怪しいとは思わないのか?」
「あー、怪しいさそりゃあ。けどよ、仲間にしちまったんだから、信じるしかないだろう?」
「はっ!」
少し愉快な気分になって、ランディは寝転がった。
「なんで笑うんだよ」
「いや、すまんな」
馬車が、夜の街をゆっくり静かに進む。
「いずれ、すべて話す」
エスの意思とは関係なく。
そう決めた。
(エス、もしかしたらこの男も、面白い存在になってくれるかもしれんぞ)
エスが聞いているかどうかわからないが、ランディは呟いてみた。
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