共同戦線

炎が意思を持ち、荒れ狂う。


デリフィスとシーパルを取り囲み、壁となった。


この炎の壁の向こうには、それを操る術者がいるはずた。


デリフィスは、剣の柄を強く握りしめた。


俺にあるのは剣だけだ。そう思う。


剣だけで、何者とも渡り合ってきた。


そして勝ってきた。


(炎を突破して、術者を見つけ出す。……できるか?)


炎ににじり寄る。


肌がひりつくのを感じた。


「無謀な真似はやめましょうね、デリフィス」


シーパルが、状況にそぐわない穏やかな口調で、制止してくる。


「無謀か?」


「若干」


「そうか」


短く言葉を交わし、デリフィスは頷いた。


魔法に関して、デリフィスにはたいした知識はない。


それに比べると、シーパルは専門家である。


シーパルは、緑色の髪をしていた。

そして、病的なまでに、青白い肌をしている。


ヨゥロ族の、身体的特徴だった。


大陸南部の森林や山中を放浪する部族である。


彼等は、生まれつき高い魔力を持ち、成るべくして強力な魔法使いとなる。


炎が、また一段と勢いを増した。


シーパルが軽く手を振ると、それが治まる。


さっきから、その繰り返しだった。


「鎮火できないのか?」


「難しいですね。これ、相手二人です」


「なるほど」


二ヶ月ほどの付き合いだが、シーパルと互角に渡り合える魔法使いは、まだ見たことがない。


「妙だとは思いませんか、デリフィス?」


シーパルは、炎に撒かれる部屋を見渡した。


家具は無惨に焼け崩れ、天井にもひびが入っている。


シーパルが張った結界がなければ、崩れ落ちてくるだろう。


「完全に、僕らを狙っていますよ。ゲンクから、遠く離れた部屋にいる僕らを」


それも、足止めが目的のようだ。


直接攻撃は仕掛けてこない。

周囲を炎で焼き、こちらの動きを封じている。


ゲンクは自身の護衛に八十人ほどを雇っていたが、その顔触れを見て、デリフィスは失望したものだった。


一目でわかる。雑魚ばかりだ、と思った。


デリフィスは、シーパルともう一人、テラントという剣士と旅をしていた。


三人のうち、せめて二人がゲンクの傍にいれば、相手が誰でも守ってみせた。


だがゲンクは、昔から雇っていた者を周囲に置き、デリフィスたちには、別荘の入口や周囲の警備を命じてきた。


デリフィスとシーパルは、身動きがとれない。


テラントは、ランディ・ウェルズの仲間が市街に現れたとかで、その捕獲に向かった。


今更ゲンクの助けに向かっても、間に合わないだろう。


「こちらの戦力を把握して、計画的に襲撃してきたとしか思えません」


「情報が漏れてるな」


闘争の中での裏切りなど、別段珍しいことではない。


裏切らせないようにするのは、ゲンクの務めだろう。


それを怠ったか、単に相手が上手だったか。


「……これは、死んだな、ゲンク・ヒル」


「かもしれませんねぇ……」


苦笑するシーパル。


いけ好かない、とは感じていた。


だから、あまり心は痛まない。


(ランディ・ウェルズ、か……)


ふと、襲撃者の名前を思い浮かべた。


凄腕の剣士らしい。


手合わせをしたいと思っていたが、この状況では無理だろう。


デリフィスに心残りがあるとすれば、ただそれだけだった。


◇◆◇◆◇◆◇◆


(……落ち着け)


ルーアは、自分に言い聞かせた。


飛行の魔法を解除する。


空間系統や重力系統の魔法は、魔力の消耗が激しい。


飛行の魔法で向かい続けたら、別荘に到着する頃には、ほとんどの魔力を使い切ってしまうはずだ。


そんな状態でランディとは向き合えない。


駆けながら、ルーアは舌打ちした。


いつの頃からか、ランディと戦うことを前提として、行動するようになった。


(あの女の言った通りじゃねぇか……!)


仲間だった男と、殺し合う。


ティアは言った。馬鹿げていると。


そんなことは、わかっている。

だが自分は軍人として、ストラームに、ランディに育てられてきた。


ならば軍人として、やるべきことをやるまでだ。


腐敗臭がした。


風を切る音。


反射的に、横に跳ぶ。


ルーアがいた所を、なにかが通り過ぎた。


多分、黒塗りのダガーかなにか。


「ライト!」


光球を数発打ち上げ、上空に制止させる。


敵の攻撃は正確だった。


夜の闇を苦にしていない。


視界を明るくしないと、不利だった。


倉庫の陰から、いくつかの人影が現れた。


「なっ……!?」


腐敗臭を漂わす、黒装束の男たちの姿。


ルーアは、その正体を知っていた。


「なんで、『コミュニティ』の兵士が!?」


『コミュニティ』という組織によって生み出された、死者の肉体に、魔法で擬似的な魂を定着させられた存在。


『コミュニティ』はストラームの敵であり、『バーダ』に所属していたときに、幾度となく戦った相手だった。


それがなぜ、ランディの元へ向かう邪魔をする?


剣を抜く。


じわり、と掌に汗がしみ出るのを感じた。


(ランディ……あんた、まさか……『コミュニティ』と組んだんじゃないだろうな?)


「これはこれは……」


金髪の男。

飛行の魔法でかなり距離を稼いだはずだが、もう追いついてきた。


「『コミュニティ』の連中が、どうしてこんなとこにいるんだか」


ルーアと同じ疑問を口にする。


(まずい……)


この男と『コミュニティ』の兵士、両方同時に相手はできない。


だが男は、意外なことを言ってきた。


「手伝おうか?」


「……あん?」


「聞き返されるほど、難しいことを言ったつもりはないが」


男が、おどけた口調で言う。


「……たったいま殺し合った奴に、協力すると言われてもな」


「まあネタばらしをしてみれば、だ。俺にとっては、『コミュニティ』の連中は敵、てことだ」


あの魔法道具から、光が伸びる。


「減らせるなら、一人でも多く減らしておきたい」


嘘をついているようには聞こえないが、いきなり背中を預ける気にはなれない。


「まあ、無理強いはしないけどな」


様子を窺っていた『コミュニティ』の兵士たちが、一斉に動いた。


十五人ほどだろう、数で押し潰すつもりか、正面から殺到してくる。


「ファイアー・ウォール!」


地面から、炎が吹き上がり、先行していた二人が巻き込まれる。


その間に、距離を稼ぐため後退しかけて、ルーアは自重した。


背後には金髪の男がいる。

退いたところで、いきなりばっさりという可能性もあった。


『コミュニティ』の兵士が、炎の壁を回り込み、向かってきた。


右手に一人。

左手に二人。


金髪の男が動いた。


「勝手に減らすだけだ」


右から来た一人を、有無を言わさず斬り捨てる。


左から来た二人は、金髪の男に見向きもしなかった。


真っ直ぐにルーアに向かってくる。


突き出された槍を、ルーアは下がりながら剣で払った。


もう一人が、懐に潜り込んでくる。


その手には、格闘用ナイフが握られていた。


身を捻りなんとかかわし、牽制のため大きく剣を振り回す。


男たちは、追撃をかけることはできなかった。


背後から、金髪の男に斬り伏せられる。


「あんた……」


「テラント、だ」


笑いながら名乗った。


「仲間だと思われてるぞ」


矢が飛んでくる。

ルーアではなく、テラントの後頭部を狙って。


テラントは体を反転させると、あっさりと叩き落とした。


「こいつら減らすのに、利用してるだけなんだがな」


言いながら、別の黒装束の男と剣を合わす。


剣を受けられた男が、回し蹴りを放った。


しかし、テラントのこめかみに届く前に、逆に腹の辺りを蹴り飛ばされる。


尻餅をつく男。

別の男が、それを飛び越え、テラントに襲い掛かる。


蹴りを放った直後で体勢を崩していたテラントは、身を低くしながら後退した。


入れ代わりに、ルーアが前に出て、男に斬りかかる。


手斧で受けられたが、構わなかった。


腕力で強引に押し返す。


先に尻餅をついていた男とぶつかり合い、身動きがとれなくなる。


その胴体に、ルーアは指を向けた。


「フォトン・ブレイザー!」


閃光が、二人を貫く。


「ナイス・コンビネーション」


前衛を受け持つ気なのか、前に出るテラント。


その背中を見ながら、戦いやすい、とルーアは感じていた。


援護が欲しいときに援護がくる。

退いて欲しいときに退いてくれる。


共闘の約束をした訳でもないのに、うまくルーアに合わせてくれている。

そんな感じだった。


男たちの動きが止まる。


気が付けば、半数ほどに減っていた。


取り囲んでいるが、襲い掛かってはこない。


人工的に造られた生物とはいえ、『コミュニティ』の兵士にも、いくらか人格や感情がある。


単純な命令なら聞けるし、勝ち目がないときには逃亡するだけの知恵もある。


男たちは、無言のまま退いていった。


時間稼ぎを命じられていたか、勝ち目がないと悟ったか。


ようやく、ティアとユファレートが追いついてきた。


ゲンクの手下たちは、さらに遅れているようだ。


もちろん、わざわざ待つ気はない。


兵士の死体を残し、ルーアは再びゲンクの別荘を目指して駆け出した。


よけいな足止めをくらった。

そう思う。


ランディなら、三十人は斬れる時間だ。


それは、致命的な時間ロスかもしれなかった。


◇◆◇◆◇◆◇◆


建物のあちこちについた炎が、庭に転がる十数もの死体を照らしていた。


いずれも、剣による一撃のようである。


ルーアは、歯噛みした。


(ランディ……どこだ!?)


気になったのは、不自然な炎に包まれている建物の一角だった。


魔法の炎であることは、魔法使いであるルーアには視ればわかる。


魔法使いによる攻撃だろうが、ランディは魔法が使えない。


「こりゃあ凄まじいねぇ……」


庭を見回したテラントが呻く。


「ゲンクの自室は!?」


「四階」


見上げる。

剣撃。ガラスが割れる音。


今まさに、争っている最中か。


「フライト!」


飛行の魔法を発動させる。


高度を変えるには、重力の制御をする必要があるため、かなりの負担と時間がかかる。


それでも、普通に階段を駆け登るよりは早いはずだ。


四階の高さまで浮遊し、ルーアは剣で窓を破った。


中に転がり込む。


「……っ!」


ぐにゃり、という感触は、人の体を踏み付けたためだった。


廊下に転がるいくつもの死体。


床に壁に天井に貼付く、生々しい血。


小肥りな中年の男が、床を這いずり回っている。


なんとなくルーアは察した。


あれがゲンク・ヒルだろう。


そして、血が滴る抜き身の剣を手にした、くせ毛を長く伸ばした大男の姿。


ランディ。


ゲンクがルーアに気付き、手を伸ばした。


救いを求めて。


ランディが、剣を振り上げる。


「待っ……!」


半年間、ランディを追っていた。


彼が起こしたという凄惨な事件を、いくつも耳にした。


フレンデルでは、事件現場を見た。


そして今、転がるいくつもの死体を見ている。


それでも、頭のどこかではほんの少しだけ、ランディのことを信じていたのだと思う。


彼は無実ではないのか。


何者かの罠にかけられたのではないか。


濡れ衣を着せられているのではないか。


だから。


ランディが剣を振り下ろし、ゲンクの背中に叩き付けるのを見て。


なにかがルーアの中で、音を立てて崩れた。


「なにをっ……!」


手を振り上げる。


「なにをやってんだ! ランディィィィ!」


ルーアは絶叫していた。


絶叫しながら、魔法を放っていた。


閃光が、壁や天井をひしゃげながら突き進む。


逆上しながらも、最善の攻撃を選んでいた。


廊下に、かわせるだけのスペースはない。


部屋の扉までは離れている。


ランディが部屋に逃げ込む前に、閃光は彼の所まで達するだろう。


唯一の逃げ場は、窓から飛び降りることだろうが、ここは四階である。


いくらランディでも、無傷では済まないはずだ。


(勝った……!)


ほとんど確信を持って、ルーアはそう思った。


だが。


「なっ……!?」


ランディが、突進してくる。


閃光がランディに届く前に、炭酸水が弾けるような音を立て、消失していく。


「なんで……!?」


困惑しながらも、剣を両手で構え直す。


すでにランディは、剣の間合いまで接近していた。


斬撃。

首を狙っている。


なんとか剣で受けるが、あまりの斬撃の重さに、足が浮いた。


そのまま壁に叩き付けられ、したたかに後頭部をぶつける。


「ぐっ……!」


衝撃で、視界が揺れる。

膝が崩れる。


それでも、ルーアは剣を手放さなかった。


「……久しいな、ルーア」


ランディ。

久しぶりに聞く、その声。


感情が揺れるのを感じたが、剣の切っ先はランディへと向ける。


ランディは、ルーアから階段へと視線を移した。


少し息を切らした、テラントの姿。


「『ブラウン家の盾』か。そりゃ、魔法は届かないわな」


魔法道具をしまい、剣を抜く。


そして、中年の死体に眼をやり、溜息をついた。


「オーナーさんが御臨終かよ……やる気でないねぇ」


軽口を叩きながらも、構える姿に隙はない。


「そっちは、やる気あるかい? ずいぶん腹痛そうだが」


言われて見てみれば、ランディの左の脇腹に、赤黒い染みが拡がっている。


創傷。

それも、かなり深い。


「……目的は達成された。だから私も、やる気はないな」


「じゃ、引きな」


「そうしよう」


ランディは身を翻し、窓から飛び降りた。


「待てっ……!」


ルーアは追おうとして、しかし膝をついた。


後頭部を打ったせいか、視界が暗くなっていく。


「あー、おっかね……」


テラントの声が、遠くから聞こえるような気がした。


「逃がしてんじゃねぇよ……」


薄れていく意識の中、なんとか声を搾り出す。


「あんな化け物、ただで相手にできるか」


それもそうか。

妙に納得しながら、ルーアは意識を失った。

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