盤上の駒たち
「んじゃ、作戦会議的なことを始めようと思う」
テラントが言うのを、ルーアは冷めた眼で見ていた。
宿に戻った。
部屋は目茶苦茶になっていたので、別の部屋である。
宿の主人は心底嫌そうな顔をしながら、ルーアたちを案内した。
エスが、新しい部屋を注文しなおしていたらしい。
ベッドが四台並んでいる。
ルーアは、背中を壁に預け、足を投げ出しベッドに座っていた。
レイブル、ジグ戦から、思うように体が動かない。
部屋には他に、ティア、ユファレート、テラント、シーパル、そして、デリフィスという剣士がいた。
みなそれぞれ、思い思いに椅子やベッドに座っている。
「お前らが出ている間に、エスから連絡があった」
テラントが、シーパルを見ながら言った。
「あいつらは、ヘリクハイト北西の元集落をアジトにしているらしい」
「元集落?」
ティアが小首を傾げた。
「何年か前に、伝染病で住人が全滅した集落だと。それと、時間が制限された」
外を見る。
すっかり明るくなっていた。
「軍と警察を押さえてられるのが、最長で二日、だそうだ。それまでに、けりをつけてくれってことだ」
テラントは、試すような視線をルーアに送ってきた。
「念を押されたよ。ランディ以外を倒してくれと。どうしても、お前の手でランディを殺させたいみたいだな」
「……」
「相手は、あと二十人くらいだろう。そして、ランディと『悪魔憑き』が一人重傷。これは、戦力が半減したと考えていい」
テラントが、指を鳴らした。
「兵士は、死体と時間があれば量産できる。だから、その前に叩くべきだと思う。が、ルーア、動けるか?」
「すぐは無理ですよぉ」
のんびりと答えたのは、シーパルだった。
「普通だったら、四、五日は安静にしないといけないくらい衰弱しています」
「シーパル、お前が回復してやるとして、どのくらいかかる?」
「多分、半日……一日はかからないと思います」
「ユファレートと二人がかりなら?」
「三時間くらいですかね?」
「そうね」
ユファレートが頷く。
「よし」
テラントは立ち上がった。
「シーパルとユファレートは、ルーアの回復と護衛を頼む。俺とデリフィスで、アジトを一度叩く」
「……あたしは?」
ティアが、自分の顔を指した。
「あたしも戦える」
「……兵士はな、造られた命で、人間とは違う。けど、斬るときの感触は、人の体のそれだ。痛みもあれば、感情もある。断末魔の悲鳴もあげる」
「わかってる」
「殺せるのか? 友達の兄貴を捜すためって理由で」
「……あたしが育った孤児院はね、国境沿いにあったの。何度も戦火に巻き込まれた。王都が近かったから、軍はそっちを守るのに必死で、あたしたちのことは見向きもしなかった。だから、盗賊団に襲われたりもした」
ティアは、腰の小剣に触れていた。
「家族に守られるだけとか、待つだけとか嫌だったから、あたしは戦い方を学んだわ。あたしの剣は飾りじゃないの。オースター孤児院の出身者は、女子供だって戦える」
「……わかったよ。一緒にこい」
「おい、テラント……」
デリフィスが、不服そうな声を出す。
見返すテラントの眼は、じゃあお前が説得しろ、と語っていた。
デリフィスは、舌打ちして顔をそらした。
「じゃあ、決まりってことで。いいか、ルーア?」
「……勝手にすればいいさ」
投げやりな気分でルーアは答えた。
仲間だとは思っていない。
まだ知り合ったばかりの連中である。
それこそ、寝首をかかれても不思議ではない。
戦いたければ、勝手に戦えばいい。
回復してくれるならば、利用してやる。
だが、信用はしない。
仲間とも思わない。
仲間に裏切られる辛さを、ルーアはよく知っていた。
二度と味わいたくはない。
「……勝手に、すればいい」
もう一度、ルーアは呟いた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
連れて来られたのは、小さな村の跡だった。
いや、村にも満たないかもしれない。
砂や岩が多く、植物が少ない。
ランディが与えられた家には、屋根と壁が残っていた。
ベッドには、マットもある。
外では、グリップが顔を赤くし唾を飛ばしながら、兵士に配置の指示を出していた。
『悪魔憑き』の男が、頭部にひどい傷を負って戻ってきた。
兵士も、かなり失ったらしい。
ランディは、腹を押さえながら、ベッドに座った。
傷は塞がっているが、痛みがまだある。
血を失ったためか、立ち続けるのが億劫に感じられた。
(望み通りの展開で、満足か?)
『そうでもない』
エスの声。
『まだまだ、守護者候補の力を試さなくてはならない』
少し焦っているように、ランディには聞こえた。
気のせいかもしれない。
『もし、君に勝ち生き延びることができたら、私はルーアの力を認める。失いがたいとな』
(だから、守護者か)
『ルーアは、バーダ第八部隊に所属していた二年と半年、ストラームに守られていた。ストラームがいたから、『コミュニティ』は手出しができなかった』
(そうだな)
『リーザイを出てからの半年は、私が情報の力で守ってきた。もっとも、彼に守られているという自覚はないだろうが』
もしエスがいなかったら、ルーアはリーザイを発ったその日のうちに、『コミュニティ』に消されていただろう。
(これからも、あなたが守ればいい)
ランディは、思考に皮肉を込めた。
『君は、私の忙しさを理解していないと見える。王都を留守にしている間に、どれだけの仕事が山積していることか』
外を見ると、グリップはいくらか落ち着きを取り戻していた。
『君の件が終わったら、私は王都へと戻らなくてはならない。ルーアを守護する存在が必要となる』
「その力の見極めのためだけに、彼らは利用される。駒としては、彼らが最も憐れだな」
声に出してみる。
『……まさか、彼らに同情などしてないだろうな』
聞いてはいなかった。
腹から熱いものが込み上げてきて、ランディは激しく咳き込んだ。
異常に気付いて、グリップが家へと飛び込んでくる。
口を押さえた掌が、赤く染まっていた。
これは、はらわたをえぐられたせいではない。
ランディは、乱暴に口許を拭った。
「ランディ、あんた、やっぱり病気なんだな?」
グリップが、無表情に言った。
「いつ、気がついた?」
「腹の治療を受けてるときさ。痩せかたがおかしかったからな」
病気だと気付いていたのか。
それでも仲間だと思ってくれたか。
「どんな具合なんだ?」
「医者には、もってあと二年と言われたな。一年前の話だ」
「そうか……そうかよ」
グリップが、額を手で覆った。
「騙すつもりはなかったが、騙したことになるのだろうな。すまない」
「謝るなよ……」
力なく、グリップが言った。
「あんたが仲間に加わってようやく、『コミュニティ』に対して、少し希望が見えたところだったのにな」
「そう、『コミュニティ』。聞きたいことがあるのだが、レイブルやジグを呼んできてくれないか?」
「俺は、いる」
ジグが、腹から蛇を生やした姿を見せた。
「レイブルは無理だ。動けそうにない」
「そうか、ならばお前たちにだけでも聞きたい」
ランディは、グリップとジグに眼をやった。
「『コミュニティ』に復讐したいという気持ちはわかる。だが」
グリップは家族を、ジグとレイブルは自身の体を失っていた。
「今後、同士を集め、組織を潰し、復讐を成し遂げる。それが可能なことだと思っているか?」
グリップは、黙って腕を組み、眼を伏せた。
ジグは、表情を変えなかった。
表情自体がないのかもしれない。
のっぺりとした顔には、眼と口しか残っていない。
その口が、開いた。
「ほぼ不可能だとは理解している。だが、なにもしなかったら、ただ『コミュニティ』の刺客に殺されるのを待つばかりではないか」
「では、復讐を諦めるのならば、安全な場所を与える、と言ったら、どうする?」
グリップが、視線を上げた。
「それは、願ったりだが、『コミュニティ』の手が届かない場所など、この世界のどこにある?」
「あるさ」
家の中を見渡す。
ランディたち三人以外は、誰もいない。
「エス、出てきてくれ」
呼び掛ける。
だが、姿を現さない。
声も聞こえない。
グリップたちは訝し気な顔をしている。
「私は、私の目的を達成した。ルーアの件は降りてもいいのだぞ」
ゲンク・ヒルの他にも、多くの『コミュニティ』と繋がりがある者を消してきた。
少なからず、『コミュニティ』に打撃は与えたはずだ。
もっと倒したいところだが、残念ながら時間切れだった。
「私が『コミュニティ』の前に姿を現すことが、どれだけ危険か、君は理解していないのか?」
エス。
その白い姿。
グリップたちが身構える。
「私の協力者だ」
言葉で、グリップたちを止める。
「彼らは、『コミュニティ』ではなく、裏切った者たちだ」
「同じだ。『コミュニティ』の刺客に眼を付けられているだろうからな」
エスは、憤りを隠していない。
珍しいことだった。
「いつも安全な場所にばかりいないで、たまには盤上に出るのもいいだろう。駒の視界を知れば、指し方の幅も拡がるというものだ」
「……君のことは、第八部隊の隊員の中で、最もまともだと評価していた」
「ありがたいことだ」
「だが、根本の部分は、他の隊員と変わらんな。師弟揃って私を不愉快にさせる」
ランディは、小さく笑った。
「この男は」
ランディは、グリップたちの方へ向き直った。
「お前たちと、私を追うルーアの仲間たちを、戦わそうとしている」
「? なんのために?」
「力を、見極めるためだ」
「……話がよくわからんのだが」
グリップが、難しい顔をする。
「エス。彼らがルーアの仲間たちとの戦いに勝ち、生き残ることができたなら、彼らの方が、今後の戦いに必要になる存在だと思わないか?」
「なにが言いたいのかね?」
「彼らが勝ったら、彼らをストラームの元へ案内してくれ」
「ストラームが、果たして『コミュニティ』の元メンバーを受け入れるかな」
「私の名前を出せばいい」
「……ストラームって、あのストラーム・レイルだよな?」
グリップが口を挟む。
「そうだ。これからの戦いでお前たちが勝てば、このエスに、ストラームの所へと案内させる。ストラームの元ならば、『コミュニティ』も手は出せない」
「その安全な所で、復讐を忘れて、平和に暮らせと」
「……嫌か?」
「……いや、構わんよ。ジグ、お前は?」
「無駄死によりは、ずっとましだな」
「てことだ」
「ずっと、安全ということはないと思う。いずれ、ストラームは『コミュニティ』を潰すために、大きく動き出す。そのときは、ストラームの力になってほしい」
「いいぜ。組織に復讐するために、戦ってやるさ」
「復讐のためではなく、ストラームのために、戦ってくれ」
エスが、鼻から息を抜いた。
「……まったく、私を置いて、話を進めてくれるものだな」
「あなたは、彼らを捨て駒としか見ていないだろうが、私は違う。彼らが勝つ可能性も十分ある。生き残ったときに、道が残っていたほうが、彼らだけでなく、あなたやストラームのためにもなる」
「……いいだろう。君の意見を採用しようではないか」
エスの姿が消えた。
しばらくは、誰もなにも喋らなかった。
やがて、グリップが呟くようにぽつりと言った。
「勝てばいいんだな」
「ああ」
「そうか」
ジグと二人で、部屋を出ていく。
立ち去る際に、勝てばいいんだな、ともう一度呟くのが聞こえた。
面白くなる、とランディは思った。
多分これまで、グリップたちは暗闇の中で戦ってきたようなものなのだ。
いつ、『コミュニティ』に消されるかわからない、という恐怖の中で。
それが、希望を持った。
「……手強いぞ」
ルーアの仲間たちのことは、よく知らない。
だからルーアに向かって、ランディは呟いた。
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