第7話-1 真相


   7


 《怪人》の最後の《上演》が放送された時、僕は、やはり自宅にいた。


 《怪人》の最後の《上演》は、冗談抜きで日本中の人びとの《島》に対する信頼を揺さぶってしまった。

 最後の《上演》を見ることができなかった人々も大勢いた。

最後の《上演》を盛り上げる演出の一部にされてしまった人々が大勢いた。

そして僕はといえば、全世界に向けた《上演》に先駆けて、まるでオンデマンドの先行試写会でも楽しむかのように、自宅のソファから映像を観ていた。

紀乃色名さんが僕に届けてくれた、織部さんのコンタクトレンズ型記録媒体から抽出した映像データを、だ。


『――以上が、昨日の突入の一部始終です』

 白一色の壁に投影されたプロジェクションの中、制服姿の紀乃色名さんが、ふわふわのショートボブを縮こまらせて俯いた。凄惨な動画を見た直後の雰囲気に、彼女の前髪を留めるピンクのヘアピンが、あまりにも似つかわしくない。

 リビングだ。僕は両膝に両肘を乗せた前かがみの姿勢でラタン製のソファに座って、沈黙している。

遮光カーテンに陽光を閉ざされた室内。セピア色の投影光が闇を焼いている空間は、陰鬱な僕の心にぴったりだ。

「……生存した方々はどうなったんですか」

『織部さんが重傷です。けど意識ははっきりしています。江戸村さんと栗本さんは、怪我自体は軽度なのですが……例の症状を発症していて今はICUに入ってもらっています』

「残る二名は」

「須川さんと岡元さんは、頭部を圧砕して死亡しました」

 僕は目頭を指で揉む。

 床に溜まった須川さんの血と、岡元さんの頭が自身の両手で潰されていく悪夢のような映像を、脳裏から追い出した。

『ごめんなさい』

 と、ふいに色名さんが謝ってきた。『いくら民科捜の富野さんでも、いきなりこんな映像を見せられたら困りますよね。私、警察の他には頼れる人がいなくて……。MF市警は、強化骨格部隊がやられちゃったせいで、すっかりパニックなんです。しかも原因が不明だから……。お兄ちゃんにも頼ったんですけど、調査にあたるっていって私のことを置いてけぼりで……』

 僕は顔を上げた。

「化学分野の頂点(フォアフロント)にいる紀乃階音さんは、今頃大忙しでしょうね」

『どうしましょう……っ』

と色名さんが両手を膝の上に揃え、肩を震わせる。『私が……民科捜の私がしっかり止めてれば、警察の皆さんはこんなことにならなかったのに……』

僕は、泣きそうになっている紀乃色名さんに、静かに告げる。

「とある医者から聞いたのですが、光受容性タンパク質の寿命はそれほど長くないそうですよ。具体的には、一か月。脳細胞を構成するアミノ酸が新陳代謝で入れ替わるのと同時に、被害者たちの脳の機能は正常に戻るそうです」

 逆に言えば、新陳代謝によって脳が刷新されきるまで症状は治らない。

感染している脳が死に絶え、新たに作られた脳が魂を引き継ぐまでは。犠牲者達の脳を解剖した赤肚さんからの報告だ。

「生還された三名については希望を持っていいみたいですね。決して治らない症状ではありませんから。だから僕らが考えるべき問題は、これ以上怪人の犠牲者をださないことでしょう」

 そう。

 もはやどこにいるのか分からない真犯人(ファントム)。

 オペラ座での虐殺。

《アート》と称した残酷映像(ゴリィ・フィルム)の公開。

 強化骨格部隊(パワード・フォース)の殲滅とショー化。

 それらを全て、新田新雅という端末を遠隔操作して成しとげてしまった《怪人》を逮捕しなくては、これから何度でも同じ悲劇が繰り返されてしまうだろう。

『あのお兄ちゃんが、ありえない、と言っていたんです』

 紀乃色名さんが呟く。

『新田新雅さんの操作主は、本当に、人間の魂の構造の完全な理解に至ってしまっているって……。《怪人》が成しとげたのは、ヒトの脳神経回路図(コネクトーム)の完全な解明と、その完璧な応用。最先端技術(フォアフロント)なんてものじゃない。これは犯人だけが至った、未確認技術(ブラックスワン)の域だって』

 未確認技術(ブラックスワン)。

 この《島》における科学の、第四番目の区分だ。

 その技術は、語られる場合は多くが、「もしもあったら」とか、「なんてものは存在しないけれど」、と仮定の領域で持ち出される。星間ワープをする宇宙船、一切の証拠を残さずに日本を消滅させられる高火力爆弾。現状では有り得ない、未来の時制のみで登場する技術の総称だ。いっそ、疑似科学(サイエンス・フィクション)の領域だといっていい。

 有り得ないとされていたがモノや現象が後年発見され、途端に有り触れたものとして扱われてしまうという経済学の用語が元となっている。さらに源泉を辿れば、発見と同時に世界を騒がせた《黒い白鳥》が、文字通りの由来だ。

「……まさか《オペラ座事件》が、未確認技術(ブラックスワン)なんてものについて誰かと真剣に議論をしなくちゃいけない案件だったなんて、思ってもみませんでしたよ」

 僕は親指の位置を組み変え、深く息を吐く。

 正直、かなり憂鬱だ。

 新田新雅の頭部の有様を思い出すと――あるいは赤肚さんが提出してくれた新田新雅の頭部の実態を思い出すと――全身を蟲が這いずり回るような寒気に襲われる。

新田の脳は、ありとあらゆるニューロンに、刺激応答性のある光感受性タンパクを絡みつけられていた。目には、人工視覚が埋め込まれ、小脳視覚野に視覚の発信機がつけられていた。

剥き出しの脳に、発光器が徹底的に移植された、フランケン・シュタインの怪物もびっくりな異形頭。そんな外見になりながら、健康に生き、苦痛を感じながらも外には出られなかった魂の持ち主。生き人形。思考するマリオネット。

主のボタン一つで四肢も言語も操られてしまう。行方不明の照明技師の、哀れすぎる末路。

『《怪人》は、ヒトの脳の機能を全て把握しています』

 紀乃色名さんが首を横に振った。

『人間とは何か。その一つの解答に至っている。そんな犯人を敵に回して、私たちに何ができるんでしょうか。というより、何か、できるんでしょうか……』

「できなくても、やってみないといけないでしょうね」

 通信を終えた。

馬尼拉麻(アバカ)のアジアン・ライト型プロジェクターから投影された映像が、光を失って消える。

溜め息が漏れる。

 対策は急務だ。これ以上怪人を野放しにしていると、かつての《Uフェイト》事件と同じくらいに《島》の存続を本土の人間たちに危険視されてしまうかもしれない。いや、そもそも《怪人》の脅威はいよいよ他人事ではなくなった。

やつは既に、MF島の島民を無差別にターゲットにし、殺人だって躊躇しない姿勢を見せているのだから。

「どういうことですか、蒼井」

 手元のリモコンを操作し、遮光カーテンを開きながら、僕は背後を振り向いて訊ねた。

「いったいいつ、警察官たちの脳に光受容性タンパク質が寄生したんですか」

「残念ながら、私の《調査》を以てしても人間の脳内の環境まで読み取ることはできない」

 真新しい純白の《ふにゃふにゃ》に全身を埋めた蒼井依知華が、頬杖をついたまま答えてくる。カーテンの隙間から徐々に射し込んでくる初夏の陽射しが、蒼井のサファイアのような長髪と真っ白な頬を照らす。

「私の《調査》能力では、光受容性タンパク質の厳密な感染経路を紐解くことは不可能である。新田新雅の頭部があんなことになった日時の特定も試みてはみたが、どうにも把握が不可能であった」

 蒼井依知華の隣に仁王立ちしている白壁大典くんの手には、電源をきられた眼鏡型デヴァイス(サラスヴァティー)が握られている。どうやら、蒼井が《調査》を行ってくれたことは確からしい。

「まさか《怪人》は、街中で自由自在に、タンパク質を感染させることができるんでしょうか」

僕はそう自問をして唸った。

 いったいどうやって? それを知るためには、被害にあった警察官四名の突入前の行動を、逐一把握しなくてはならないのかもしれない。

須川さん。江戸村さん。岡元さん。栗本さん。

だが、もしも《怪人》が街中でも自在にタンパク質をばら撒けるのなら、いったいどうして、オペラ座でわざわざ噴霧器(ヘイズマシン)を用いて化学物質を撒いたのだろう? よりセンセーショナルに世間に犯行をアピールしたかったからか? まぁ、そう考えてしまえばそれまでだが……。

僕は目頭を揉む。

最初から、考え直してみることにした。

《オペラ座の怪人事件》。

 事件当日、犯人は、管制室を襲撃して三名のスタッフを殺傷した。

噴霧器(ヘイズマシン)の中身を入れ替え、化学物質を撒いた。観客達の脳に十分に光感受性タンパク質が染みわたるのを待ってからステージに出向き、照明器具や手袋の装備からレーザーを射出し、ホールを蹂躙した。

それが可能だったのは何故か?

《怪人》が照明器具に細工ができたのは、《怪人》の人形が照明技師の新田新雅だったからこそだ。新田は元々、青鷲オペラ座の照明器具の交換を担当しており、事件の数週間前のメンテナンスでも全ての照明を入れ替えたのだという。おそらくその頃には既に、新田は《怪人》によって脳を奪われていたのだろう。ホールの照明器具は、オペラ座内で唯一、リモート・コントロールによって操作が可能になっていた。

そして《怪人》は、霧を換気扇で晴らし、レーザーを通りやすくした大ホール内で、死体の山を築いた。

虐殺の後は悠々と管制室を爆破し、劇場を去った。以上が《怪人事件》のおおまかなストーリーラインだ。

「…………ん?」

 僕は、声を漏らした。

ふと、何かが、引っかかった。気がしたのだ。

 なんだ? 今の僕の思考に何か矛盾があったか?

無いような気はする。だが、確かに、何かがおかしいと感じた。直感を信じるしか、僕たちに手は残されていない。

僕は、今の自分の回想にちらついた不可解な点をあぶり出そうとする。指を口元に当て、両眼を瞑り、集中する。

――犯人は事件当日、管制室を襲撃して三名のスタッフを殺傷した。――

 おかしいのはここか?

格闘技の心得がなく、非力な体格の新田に、どうして三名もの男性スタッフの殺害が可能だったのだろうか?

《光遺伝学》の技術で、肉体の強化等は行えない。《光遺伝学》は、あくまで被害者の脳の凶暴性を司る部分を化学反応によって刺激し、「その気にさせる」術でしかないのだ。

それにも関わらず、殺意だけを増強された非力な新田が、三名ものスタッフを相手に、殺戮を演じられたのはいったいなぜだ?

謎ではあるが、かといって不可能であるとも言い切れない。殺意を持っている時点で、対人戦闘においてはかなりのアドバンテージだろう。三名のスタッフがおどおどとしている内に、新田が一方的に虐殺をはたらいた可能性はある。

 いったん、保留しよう。

 次。

――観客達の脳に十分に光感受性タンパク質が染みわたるのを待ってからステージに出向いた。照明器具や手袋の装備からレーザーを射出した。――

 矛盾は無い。

――照明器具に細工ができたのは、《怪人》の人形が照明技師の新田新雅だったからこそだ。――

 矛盾は無い。

――そして《怪人》は、霧を換気扇で晴らし、レーザーを通りやすくした大ホール内で、《怪人》は死体の山を築いた。《光遺伝学》の技術を存分に発揮したのだ。そして虐殺の後、悠々と管制室を爆破して劇場を去った――――

「あ」

 僕は目を見開く。

霧を換気扇で晴らし、レーザーを通りやすくした大ホール内で?

 これは茂上藤一郎さんの証言だった。

光かガスか、何かを見なかったか? 僕が問うと彼は答えた。

――ガスはあったな。劇場内の舞台装置から、霧がホールを満たしていて……うん、いや、むしろ、能面の男が手を掲げると同時に霧は晴れていた気がする。

――晴れていた?

――換気扇か何かが動いていたのかもな。

 ああ。

 僕が違和感を覚えたのは、この証言だ。

 レーザーを撃つには、光を屈折させてしまう霧は邪魔だ。だから《怪人》は換気扇で霧を晴らした。茂上さんに話を聞いた時の僕はそう思っていた。妥当だと思って納得してしまっていた。

 そうか。

 おかしいのはここだ。

 そんな事、できる訳が無いのだ。

 劇場内の設備で、リモート・コントロールが可能なのは、ホール内の照明だけだった。つまり、噴霧器を停止させるにせよ、換気扇を機動させるにせよ、それは手動での操作が必要になる。

 管制室での操作が。

 僕は、ぞっとする。

《怪人》がステージに登場しているその時に、管制室で機器を操作したのは誰だ?

死体しかいなかった管制室で、いったい誰が噴霧器のスイッチをオフにしたというのだ?

「……ユタ? どうしたのだ?」

 可能性を考える

 管制室の三名は生きていたとしたら?

だったらなぜ、純然たる劇場のスタッフであった彼らが《怪人》をサポートするような行為を――ヘイズマシンの停止と換気を行ったのだ? 元々、スタッフに真犯人の仲間が紛れていたのか? いや。結果的に殺されることになる三名が三名とも《怪人》の仲間だったとは考えにくい。

では《怪人》の仲間でなかった三名が生きていたのだとすれば、いったいいつ《怪人》は噴霧器に化学物質を仕込んだのだ? いや、というよりも三名が生きていたのだったら、《怪人》がステージ上で凶行をはたらきだした直後に、彼らの誰かが非常ベルを鳴らして然るべきじゃないか? なぜ彼らはそうしなかった? なぜベルは鳴らなかった?

何故?

 何故?

 何故?

 僕は、はっとする。

 もし、鳴らせなかったのだとしたら?

 もし、スタッフ三名に意思が無かったのだとしたら?

 もし彼らが、《怪人》の手助けをせざるを得なかっただけだとしたら?

 もし彼らが、オペラ座事件の当日以前に《怪人》のタンパク質を頭脳に寄生させられていたのだとしたら?

「……蒼井。もしも、です」

 どこか怪訝そうな表情で僕を眺める蒼井依知華に、僕は問うた。「もしも、管制室を担当していたオペラ座のスタッフが、光感受性タンパク質に感染していた場合、《光遺伝学(オプト・ジェネエティクス)》的な命令によって、彼らに噴霧器(ヘイズマシン)のスイッチをオフにさせることは可能ですか? あるいは換気扇のスイッチをオンにすることは?」

 白壁大典くんが蒼井に眼鏡を差しだした。

 蒼井はすばやく眼鏡型端末(サラスヴァティー)を耳にさしこむと、やや不可解そうな、困惑を浮かべた蒼い瞳で僕を見つめて、小さく唇を動かす。

「不可能である」

 それに続けて。

「しかし、噴霧器と換気扇に限定せずに、ステージの全ての機器の電源を落とさせることは可能だと思われる」

「全て?」

「方法論として、人間をまぶしさに耐えられなくする、というものが考えられるだろう」

 蒼井が、細く白い指で自らの瞳を指差して言う。

「人間にとってまぶしさはストレスの要因なのである。通常、まぶしさに曝された人間は、副腎皮質から分泌されるコルチコイドというホルモンによって瞳孔の動きを調整している。だが、もしも《怪人》の光感受性タンパク質が脳の視床下部に作用し、このコルチコイドの分泌を阻害することができるのだとすれば」

 僕は唐突に答えに辿りついて、先走って口を開いた。

「その人をストレスによって追い込んで、照明を含めた全ての装置の電源を切らせることができる?」

「その通りだ。相田の資料によれば、青鷲オペラ座の管制室では、ブレーカーさえ落とせば全ての装置を緊急停止させることができるようになっている。《怪人事件》の被害者たちの共通項として、暴行や自傷行為を行う際の無意識状態があげられる。三名のスタッフがいずれも心神喪失な被コントロール状態にあったのだとすれば、手近な最も確定的な操作で暗闇を生んだ可能性は高い。もちろん、あくまで方法の一つとしてだが――」

 蒼井が喋り終わらぬうちに、僕は、茂上さんとの会話の録音データをスマートフォンから探しだしていた。

 スピーカーを耳にあて、再生ボタンを押す。

『光が見えたんだ』と茂上さんの声。

『光?』と僕の声。

『ああ。能面の男が手をかざすと、劇場内に閃光が走ったんだよ。ホール全体の光量が調整されたみたいにさ。それからすぐにホールの中が真っ暗になって、避難用の誘導灯だけが光ってて……その後すぐに、先輩たちが石像みたいに動かなくなって……。……そう、そうだ……その後、能面の男が、俺たちに光る指を向けて来たんだ――』

 僕は唾を呑みこむ。

 やはりだ。

「このあたりで説明が為されるべきだろう。ユタ。今のは、どういった意図の仮定と質問だったのだ」

「待って」

 不満気に身を乗りだして来た蒼井に、僕は片手を見せた。胸の奥で、心臓が、興奮に高鳴りだしたのを感じる。

 問題は。

 織部伊織。

 茂上藤一郎。

 どうしてこの二人が、《怪人》の光を受けても無事だったのか、だ。

 脳に得意な耐性を持っているのか? 大いにありうる。だが、他の可能性もある。そう。もしもタンパク質の感染タイミングが、違ったのだとしたら――。

 僕はスマートフォンに指を走らせる。

 今度は、MF市警から渡された別の資料を開いた。《オペラ座の怪人事件》の被害者の名簿だ。ICUの入院患者。そのうち、例の症状を発症していない四人の人間の、データを開く。

 四名のうち、茂上藤一郎さんのデータはスルーした。必要なのは、あの時、僕が担当しなかった三名だ。

警察に既に十分な証言をしていた三人の研究生の素性に、僕は、初めて目を通した。


 一人目、《遠藤亮太》。

 十八歳。本土の高校から沖ノ鳥MF学院に転入してきた研究生。専攻は地質学分野・堆積学。全日本の高校生を対象として開催されている地質学領域自由研究コンテスト《ジャパン・サイエンス&ジオロジー・チャレンジ》の二〇二九年度の最優秀研究成果賞受賞者。二〇三〇年六月二日、沖ノ鳥島メガ・フロートに到着――。


 二人目、《津村恵都》。

 十六歳。日本人とイギリス人のハーフ。本土の高校から沖ノ鳥MF学院に転入してきた研究生。専攻は微生物学。小学校五年生、六年生、中学校一年生の際にプラナリアの光走性のファクターとなる物質に関する研究を発表し、毎年開催されている自由研究コンクール《つくば生物研究コンテスト》の最優秀成績賞を連続受賞。中学生時の同研究は、その年の小・中学生のなかで最も優れた研究をした少年少女へと贈られる《未来の種》賞にノミネートされ、大賞を受賞している。遠藤亮太と共に、二〇三〇年六月二日、沖ノ鳥島メガ・フロートに到着――。


 三人目蒔田栄一

 五十六歳。《蒔田シー・グラウンド研究室》の講師。所属は、黒牛区。パラメトリック方式による超大規模な海底の地質調査に従事し、五月上旬から六月上旬まで、一か月をかけて太平洋を巡回してきた。元、信州大学理学部地質科学科の教授。六月十二日、無事に沖ノ鳥メガ・フロートに帰港――。


「…………っ!」

 どうしようもない真実に辿りついた驚愕に、僕は喘いだ。

 まさか。

 共通点が、あるじゃないか。

 そういうことだったのだ。

「おい、ユタ」

 話しかけてくる蒼井依知華に構わず、僕は思わず立ち上がって、スマートフォンで連絡先のとある人物へとコールを入れた。耳に携帯電話をあてる。どくん、どくん、という自分の鼓動がとても五月蠅かった。

 電話が繋がる。

『あらぁー! ユタくぅぅうう――!』

「赤肚さん、すぐに確認してください」

 赤肚さんの叫び声を圧倒して、僕は問うた。

「MF市警の江戸村さんと栗本さん、彼らの脳に寄生したタンパク質の有効期限はいつまでですか? ――いや正確には、化学物質が染め上げた二人の脳は、あとどれだけ光受容性タンパク質を作ることができますかっ?」

『う? え、ちょっと待って――』

「早く!」

『ひぃあっ……待ってよぅ! そんなに叫ばなくてもデータはもう取ってあるから……』

 がさがさと、赤肚小咲さんが何やら機器やら資料を掻き分けている音がする。おい、オペ中だぞ! 開腹手術中の患者を放置するな! と怒号が聞こえてくるが、こっちだって構っている場合じゃない。

『あったわよぉ』と草臥れた声。『PDF化しといてよかった……もぅ』

「いつまででしたか?」

「別にぃ、今までの患者ちゃん達と同じよぅ。光感受性タンパク質の耐用期間は一か月そこそこ……」

 そこで、赤肚さんの声が止まる。んんぅ? という唸り声と共に、ごきり、と首が折れた音がする。

「どうしました?」

『あ、れぇ? おかしいわね……。この数値だと、江戸村くんと栗本くんの脳は、あと数日も光受容性タンパクを生成できないわ。せいぜい、あと五日ってところじゃないかしら』

 通話を切る。

 僕はスマートフォンを耳から話した。

 やはり、という一文字が脳を貫いていく。

 どくん、どくん、と鳴る心臓が耳のすぐ横にあるかのようだ。

 僕の脳裏に、MF市警からもらったオペラ座内の実況見分の結果のPDFが浮かぶ。一階に広く分布した化学物質。鮮血に濡れたボウガンの矢。血と皮膚片のこびりついた鶏冠兜。スプレー缶のキャップだけ。ひしゃげたヘアピン。犯人のものと思しき靴の痕。爆裂した噴霧器の無数の欠片と、それと一緒に散乱した管制室スタッフの遺体の欠片――。

 ドクン。

「どうかしたのか、ユタ」

 ドクン。

「分かったかもしれません。真犯人が、警察官たちに光感受性タンパク質を寄生させたタイミング――」

 僕が、歪な笑みを、蒼井に向けた、その時だった。


 物凄い音を轟かせて、バイクが窓を突き破ってきた。


   ※


「神は七日間で世界を創りたもうた」

 最後の《上演》で《怪人》は言う。

「とんでも無ぇスピードだ。オレにはその倍あっても足りやしねえ。そう思って、オレはさらにその倍、一か月を、オレ自身の計画に割り当てていた」

《怪人》は笑う。

「一か月。概ね足りたぜ。まぁ、世界を創ることまではできなかったけどな。当初の目的は達成されかけている。つまり、世界を変えることだな」

 《怪人》は笑う。

「世界を変えること。オーディエンス、お前らの、世界への眼差しを変えること。お前らに、現状への懐疑の視点を獲得してもらうこと。お前らに、自らの足元の危うさを知覚してもらうこと。お前らに、お前ら自身の力を悟ってもらうこと。一か月。《怪人》の振る舞いが、それを達成させかけている。違うか?」

 《怪人》が笑いを止める。

「足りてない。そうだろ。お前らはまだまだ、現状に危機感を抱いてこそあれ、致命的な《気づき》に至っちゃいねえだろ。自分の力を信じていねえだろ。何も実行には移しちゃいない。そうだろ?」

 《怪人》が立ち上がる。

「一か月じゃあまだまだだった。オレにはその倍、二か月が要る。こっから延長戦だ。だが、これで最終だ。オレは今からお前らに、最後の一か月をくれてやる。それで終わりだ」

 《怪人》が《上演》から去る。

「じゃあな。愉しかったぜ、沖ノ鳥メガ・フロート」


   ※


 クリスタルザラッド社製EVバイク《スカイフォーン》。

 ライダーを前傾姿勢で乗せる漆黒に蒼のラインの電動二輪車の名前を、なぜインドア派の僕が知っているのかと言えば、僕らのお向かいに住む高柳さんが事あるごとに新車を自慢してきたからだった。

 なるほど。粉々に粉砕した窓ガラスの煌めきのなかを跳ねる流線型の車体は、確かにかっこいい。まるで自分がSF映画のワンシーンにいて、未来から来た殺人ロボットにスタイリッシュにターミネイトされかけているようだ。

 洒落になってない。

「うわぁああああああっ!」

 僕は悲鳴をあげて無様にソファから転げ落ちた。

 ダムンッと音をあげて着地した《スカイフォーン》の上で、メットも何もかぶっていない高柳さんが、台形の髪型の下で両眼を虚ろにしている。殺意に満ちた瞳孔を僕にむけ、歯と歯の間から涎をしたたらせていた。

「な、なにをしてるんですかっ、高柳さん!」

 叫びつつも、僕は、頭のどこかで悟っている。

《怪人》が、次のアクションに移ったのだ。

 僕の考えが正しければ、《怪人》は既に、沖ノ鳥メガ・フロートのほぼ全ての住民を術中に嵌めているのだから。というよりも、高柳さんの暴挙こそ、僕の推論が正しかったことの証明ではないか。

 高柳さんの状態はまさに、青鷲オペラ座や新田のアジトで被害者たちが見せた傀儡状態に、酷似している。

 僕は呻く。知り合いがそうなると、こうも警戒心を持ちにくいものなのか。映像のなかで一瞬ずつ対処が遅れていた織部伊織さんのことも、到底莫迦にできないじゃないか。

災害心理学において、人が台風や洪水を警戒できないのは、災厄の材料が風や水といった身近なものだからという学説があったが、いやはや結構正しいのかもしれない。

高柳さんがバイクの前輪を高く持ち上げた。《空の小鹿(スカイフォーン)》が、ヒュォオオ――と甲高い電子の嘶きをあげて、僕らを引き殺さんと首を擡げる。僕は夢中で叫んだ。

 両腕で顔を護る。

 ごしゃり。

 物凄い音がしたかと思えば、《スカイフォーン》の上から高柳さんが消えていた。

「……えっ?」

 何が起きたか分からなかった。僕は、三分の一秒くらいの刹那に、まぬけな声を漏らしていた。

 一瞬だけ、僕の視界に閃いたのは、白いポロシャツを着たとてつもない巨漢の姿だった。ゴーレムと形容して然るべき巨体が、盛大にウィリーをした高柳さんに距離を詰め、その剛腕でラリアットを叩き込み、電動バイクの上から屋外へと吹き飛ばしたように見えた。

 そんな体格の人間は知り合いに一人しかいない。僕ら《トミノ民科捜》の頼れる助手――。

 がしり、と。

 宙に放り出されていた《スカイフォーン》を掴み止め、白壁大典君が僕を見下ろしていた。

「し、白壁くん……」僕は、安堵のあまり泣きそうになる。

「頼りになりすぎですって、いくらなんでも……」

 白壁大典くんは、電動バイクを安全に停止させると床に停めた。僕が起き上がるのに手を貸してくれながら、こくり、と頷いてくる。

 僕は、破壊された窓を見た。海沿いの住宅街に面したデッキは、バイクでめちゃくちゃに壊されていた。そして、デッキを越えた道路に、燦々と降り注ぐ陽光に照らされて、高柳さんが大の字になってのびている。

「って……た、高柳さん! 無事ですかっ?」

 僕は慌てて駆け寄ろうとする。あの白壁大典くんに吹き飛ばされたのだ。まさかとは思うが、バイクに轢かれたのと大差ないダメージを負っている可能性も否定できない。

だが僕は、デッキへと飛び出す前に、肩を白壁くんに掴み止められてしまう。振り向くと、白壁くんは険しい表情のまま、指先を窓の外へと向けた。首を横に振る。

 そうか。

 僕には、白壁くんが言わんとしていることが分かった。幾度目か、凍りついてしまう。

 高柳さんは、どう見ても《光遺伝学》の技術で操られている。だが、問題は、いったいいつどうやって、高柳さんの脳の光感受性タンパク質のスイッチがオンになったか、だ。

 僕の家。

 高柳さんの家。

 お向かいから僕の家までの距離に《光》があるということか?

「ユタ」

 と、蒼井依知華がビーズ・ソファからずり落ちた姿勢で声をかけてくる。けほけほと咳き込みつつ、《サラスヴァティー》に浮かぶ煌めく文字列を眺めて言った。

「ネット・ストリーミングを見ろ。《シマTv》だ。多忙のところ悪いが、視聴を推奨する」

 僕は、床からスマートフォンを拾い上げ、木屑を拭い去りつつネット・ストリーミングを立ち上げた。

「…………!」

《シマTv》は、沖ノ島メガ・フロートの島民だけが利用できるストリーミング放送サービスだ。MF市内にある仮装プライベート・ネットワーク(VPN)に設けられており、その規模は島内最大。島外には出せない研究成果のシェアや、《中央四区》からの緊急放送も行われている、とてもメジャーなチャンネルだ。

そんなポピュラーな局で、《怪人》が、放送を行っていた。

『世界を滅ぼすのに必要なボタンの数は?』

 ざらざらと拡張された新田の声が、轟いていた。

 乱れ気味の映像に映っているのは、強化骨格部隊が、まさに嬲り殺されている映像だ。若い警官による女性警官への暴行。ベテラン風の警察官による小太りの警官の頭部破壊。血みどろの殺害シーンと、《怪人》の論弁が、《島》全土に放送されていた。

「っ……」

 《ファントム・アート 終》と題されたその放送の閲覧者数を見て、僕は吐きそうになる。

 あまりに多くの、心に耐性を持たない人々が、いまこのグロテスクな映像を見ている。

 《怪人》はいったい、何のためにこんなことをしてるんだ――。画面を睨む。画面のなかの新田新雅が、織部さんに蹴り倒されたタイミングで、画面が切り替わった。


『神は七日間で世界を創りたもうた』


 紅いカーペットの敷かれた部屋で、スーツ姿の《怪人》が椅子に座っていた。

 体格は、明らかに新田新雅のものと違う。少年と形容してよい小柄だった。

 つけている面は、眼と鼻のみを覆う白いベネチアン・マスク。能面ではなく、映画『オペラ座の怪人』でファントムがつけている仮面そのものだった。

『とんでも無ぇスピードだ。オレにはその倍あっても足りやしねえ。そう思って、オレはさらにその倍、一か月を、オレ自身の計画に割り当てていた』

 僕は、歯噛みをする。

 一か月。化学物質が人の脳を犯し、《光》を受けいれてしまう期間のことだ。

『一か月。概ね足りたぜ。まぁ、世界を創ることまではできなかったけどな。当初の目的は達成されかけている。つまり、世界を変えることだな』

 《怪人》は笑う。

『世界を変えること。オーディエンス、お前らの、世界への眼差しを変えること。お前らに、現状への懐疑の視点を獲得してもらうこと。お前らに、自らの足元の危うさを知覚してもらうこと。お前らに、お前ら自身の力を悟ってもらうこと。一か月。《怪人》の振る舞いが、それを達成させかけている。違うか?』

 僕は、はっとする。

 しまった――。このままでは。

『足りてない。そうだろ。お前らはまだまだ、現状に危機感を抱いてこそあれ、致命的な《気づき》に至っちゃいねえだろ。自分の力を信じていねえだろ。何も実行には移しちゃいない。そうだろ?』

 《怪人》が立ち上がる。

 僕は歯を食いしばる。

『一か月じゃあまだまだだった。オレにはその倍、二か月が要る。こっから延長戦だ。だが、これで最終だ。オレは今からお前らに、最後の一か月をくれてやる。それで終わりだ。愉しかったぜ、沖ノ鳥メガ・フロート』

 立ち去る《怪人》に、僕は思わず叫んでいた。

「くそっ! まずい!」

 びくり、とビーズ・ソファに両腕をのせた姿勢で、蒼井が跳び上がった。「え」と声を漏らし、驚いている。

「分からないんですか蒼井! このままじゃ、この《島》は終わりです!」


   ※


「終わり?」

 僕の眼を見つめて、蒼井依知華が呟いた。叱られている理由を理解していない子どものような、反抗心と無知を露呈する声色だ。

「ええ!」

と僕は、遮光カーテンを閉めつつ言う。「《怪人》の目的は、この《島》の信頼を失墜させることです! いや……《怪人》本人はそんなこと狙っていないのかもしれないですけれどっ……とにかく、このままだと《怪人》が、《島》内を科学技術でめちゃくちゃにしちゃいます! そうなったら……そうなってしまったら……っ、本土の人たちはみんな、きっと、この《島》を廃止しにかかります!」

 ますます困惑した風な蒼井は、首を傾げてしまっていた。「なんだと」と小さく呟く蒼井の姿は、普段の超然とした態度と比べてあまりにも非力だ。

「どういうことだ、ユタ。《怪人》がどうやって、この《島》を滅茶苦茶にするというのだ」

「こうやってですよ!」

 と、僕は、室内のど真ん中に停められた電動バイクと、床に散らばったガラス片と木屑を指差す。

「《怪人》はもはや、島内の人びとを自在に操れるんです。《怪人》は今日、ついにそれを実行に移したんだ! いったいいつ準備したんでしょうねっ? ああ、新田か! 新田新雅が傀儡になっている間に、《島》の各所に、準備をさせたのかもしれませんね……!」

「ユタ、落ちつけ」

 蒼井依知華が、ソファの向こうから掌を向けてくる。「準備? 実行だと? ユタは、深呼吸をして思い出してみるべきである。《怪人》が人間を操るために必要なものは何だ?」

「やばいタンパク質と、やばい光です!」

「そうだ。島内の人びとを自在に操るためには、まずは光受容性タンパクを脳に沁み込ませる必要がある。すなわち、沖ノ鳥メガ・フロートに所属する全員に化学物質を届けることが現実的でない以上、《怪人》の技術が島内全域に及ぶことは有り得な――」

「現実的でないもなにも!」

 僕は、思わず腕を振っている。「既に島のみんなは感染しちゃっているんですよ!」

蒼井依知華が、ぽかん、と口を開ける。「なに?」

「僕らも、感染しちゃってるんです!」

「莫迦な」と、蒼井が口を動かした。

「オペラ座で見つかった化学物質はフェイクだったんですよ! 噴霧器を使ってホールに化学物質を撒いたのだと、僕らに勘違いさせるための《怪人》の罠だったんです!」

僕はつかつかと蒼井に距離を詰めた。ずい、と身を屈め、彼女の瞳を覗き込む。眉間にシワが寄っているのが自分でも分かった。

「蒼井は、知ってたんじゃないですか? 怪人が本当は、噴霧器に細工なんてしてなかったことを。いや正確には、怪人が噴霧器に化学物質を付着させたのも、管制室の3人を殺したのも、ホールを襲撃した後だってことを!」

「それは……」

首を縮こめた蒼井がもごもごと口ごもる。やはりだ。

「だって、聞かれなかったから、答えなかったのだ」

「調査できてたんですね?」

「ふむ」

「ふむじゃないですよ! 返事!」

「……はい」

深々と溜息をつき、僕は髪をがしがしと掻く。蒼井の黙り癖は今に始まったことではない。というか、超常的な知識量とそれへの無頓着さことが蒼井の本質ですらあるのだが……。蒼井が黙っていたせいでこうなった、と思わずにはいられない。

「順番が逆だった。そうですね?」

深呼吸をして僕は言う。「オペラ座を訪れた《怪人》は、最初に大ホールを訪れた。だってその頃にはもう、みんなの脳にタンパク質が根付いていたからです。観客も、役者も、管制室の三人も、みんな怪人に操られたんだ」

能面の顔が脳裏に浮かぶ。

「怪人は、ホールの照明からレーザーを放って、怪人と役者をコントロール下においた。僕らは最初、その頃にはもう管制室のスタッフ達は殺されていたと思っていましたが……実は違ったんですね。怪人は、三名のスタッフを操って黙らせたんだ! 既に光感受性タンパク質に犯されていた三名のスタッフは、観客と同じタイミングのレーザーで操られた。そうですね?」

おそらく蒼井は、《調査》の能力によって、その一部始終のことは知っている。僕が詰め寄ると、蒼井はバツが悪そうに目を逸らした。

「ホールの電源を落としたのも、換気扇を回したのも、管制室の三人だったんです。怪人が三人を操って、それをさせたんですね。だって、そうじゃないと、誰もいない管制室で、換気扇を回せる訳がありませんからね」

非常ベルが鳴らなかったのは、三名のスタッフが光感受性タンパク質によって植物状態に陥っていたからだ。

「レーザーでオペラ座の全員を黙らせた怪人は、ホールを襲撃した後に管制室を訪れて、植物状態の三名を殺傷したんだ。噴霧器に化学物質を注いだのはその後です。警察を騙すためだけに……爆弾で全部を吹き飛ばして、あたかも証拠隠滅を計ったかのように見せかけたんだ。 そうなんでしょ蒼井。だから、コレは!」

僕は市警からもらった資料を蒼井の目の前に突き出す。

「ここにある『スプレーのフタ』は、怪人がホールに化学物質を散布した時のゴミなんですね? 怪人は、観客や役者を操って倒した後に、のんびりとホールで化学物質を撒いたんだ! 純然たるダミーとして。僕らが科学捜査でそれを検出して、『怪人はオペラ座内で化学物質を撒いたんだ』と勘違いさせるために! 違いますか蒼井? 調査できてたんじゃないですかっ?」

観念したように、蒼井が僕を見据えた。

「調査はできていた」

夏の海のような瞳が揺れて光る。「その通りである。オペラ座での新田の行動を追うのみであれば、ユタの説明で正しい。だ、だが、島内の全員に化学物質を吸わせたタイミングはあくまで不明である。新田の過去の行動のどこを調査しても、島内に化学物質を撒いた事実は無かったのだ。証拠を発見できないのなら指摘はできない」

島内の全員に化学物質を吸わせたタイミング……。

僕は目を瞑って自分の推理の最後の確認をする。

茂上藤一郎。

織部伊織。

その他、三名の意識ある被害者たち。

彼らと、意識の無い被害者たちとの相違点は、一つしかない。

 茂上さん達は全員、その三日間、《島》にいなかったのだ。

 茂上さん達が触れず、感染者たちのみが触れた《感染源》。

そんなの、一つしかないではないか。

「雨です」

 僕は言った。

「ひと月前にあった人工雨に、化学物質が仕込まれていたんですよ!」

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