桜葉

みなりん

本文

 ある山村に、麻良 あさらというカラスがいました。麻良は、いつもお気に入りの電線にとまって、動くものを追いかけては、楽しいことを探していました。


「何か、おもしろいこと、ないカナ?」


 すると、おとなりの桜の木から、一枚の葉が、はらはらと舞い落ちました。カラスは、それを見て、とても美しく感じ、近寄って話しかけました。


「きれいに舞い降りたね」

「ありがとう。私は、桜葉 さくらは。もう一度、舞をお目にかけたいのだけど、一回きりなの」


桜葉は、小さな声で言いました。


「ぼくは、麻良。いいことを考えたよ。ぼくが、くちばしでくわえて、君を空から落としてあげる」

「まあ、いいの?」


麻良はくちばしで、桜葉をくわえると、電線の上へとまり、そこから桜葉をはなしました。

桜葉は、ゆっくりくるくると風に乗って、地上へ舞い降りて喜びました。


「すてき、楽しいわ」


 一羽と一枚が、そうして遊んでいますと、突然、強い風が吹いてきたために、桜葉は、飛ばされてしまいました。


「きゃー!」

「大変だ!」


 嵐がやってきたのです。麻良は、桜葉を追いかけましたが、たくさんの葉っぱたちに紛れて、姿を見失ってしまいました。それでもずいぶん長い間探したのですけれども、雨や風は、やみそうもなく、桜葉は、見つからなかったのです。

 夕闇がせまってまいりました。麻良は、ねぐらから遠く離れた林にいて、帰ることもできずに近くの高い木の枝にとまって、震えています。


「クション!」


麻良は、からだについた雨つぶをふりはらいました。寒くてなかなか寝られません。いつもならもう、みんなで休んでいる頃です。できるだけ濡れないようにと身をすぼめていますと、どこからか枝のきしむ音とともに、ささやき声が聞こえました。


「カラスさん、今夜は、こちらでお休みですか?」

「誰がしゃべっているの?」


麻良は、自分以外には誰もいないと思っていたので、あちこち目を凝らしたのですが、暗くてよく見えません。


「私は、けやきの枝ですよ、カラスさん。こんな日はもう、濡れそぼるしかないようです」

「ぼくは、麻良。一緒に遊んでいた桜葉が、風で飛ばされたから探しに来たの。探しているうちに、日が暮れて、帰れなくなったんだ」

「そうでしたか。桜葉さんを探しているなら、きっと、南の林でしょうね」

「どうしてわかるの?」

「わたくしどものけやきの葉たちも、今日はみんなそっちへ飛ばされて行きましたから。北風がふけば、この辺のものはみな、南の林にふきだまるのですよ」

「南の林カァ」

「はやく桜葉さんが、見つかりますように。濡れそぼって枯葉になってしまわないうちに」

「うん」

「麻良さん、今夜は、一段下の枝でおやすみなさい。その方が、あめかぜをふせげます」


けやきの枝が、雨に当たらないように、麻良をかばってくれたので、麻良は、安心して、よく眠れました。


 翌朝、麻良は、けやきの木にお礼をして、早いうちに南の林へ飛んで行きました。地上には、美しく紅葉した葉っぱたちが、まるでじゅうたんみたいに散らばっていましたので、そちらへ降りて行って、羽を閉じ、落ちている葉っぱたちに、話しかけました。


「君たちは、どこから、来たの?」

「・・・」

「ねえ、桜葉を知らない?」

「・・・」


麻良は、歩きながら、葉っぱに、話しかけました。ところが、数え切れないほどある葉っぱたちは、みな、無口なのでした。風に吹かれて、飛ばされて、びっくりして、黙り込んでしまったのでしょうか。


「ふきだまりって、さびしいところ・・・。桜葉、どこなの?」


麻良が、桜葉を呼ぶと、今度はどこからか声が聞こえたような気がしました。でも、その声は葉っぱの下で虫が鳴いているようなうっすらとした声だったので、麻良はもう一度確かめようとして、顔を近づけて、耳を澄ましたのです。


「麻良さん、ここよ、ここにいるわ」


すると、小さいながらも、はっきりとした桜葉の声が、聞こえるのでした。麻良は、くちばしでそっとつついて、あたりに気を配りましたが、似たような葉っぱがたくさんあって、どれもこれも桜葉にそっくり。麻良は、さらに足元に気をつけながら、注意深く土の上の葉っぱたちを見比べました。


「桜葉、どこ?どこにいるの?」

「わたしは、ここよ、麻良さんの、すぐ近く」

「あっ」


麻良は、やっと、桜葉を見つけ出しました。くちばしで、そっと持ち上げると、桜葉のからだは、びっしょりと濡れ、ところどころ、欠けていました。


「桜葉、だいじょうぶ?」

「わたしは、平気。麻良さんの羽は?」

「ぼくは、乾かしたから。さあ、戻ろう。ぼくらの桜の木まで、飛んでいくよ」


 麻良は、助走をつけて、翼を広げ、青い空に向けて、飛び立ちました。日の光は、麻良と桜葉を温めてくれました。地上では、色づいた木々の葉が、色とりどりの毛糸玉を並べたように見え、目を楽しませてくれるのでした。


「麻良さん、わたし、ここから、最期の舞を舞いたい。いいかしら?」


麻良は、桜葉のことばに、どきっとしました。だめだと言おうとしましたが、しゃべれば桜葉を落としてしまうので、くちばしにほんのすこし力を込め、首を振りました。


「さあ、昨日みたいに、お願いよ、麻良さん。いっせいの、せ」


麻良は、桜葉を、はなしませんでした。もし桜葉の言うとおりに、こんなところで桜葉をはなしたら、もう二度と会えなくなってしまう気がしたのです。


「わたしは、これから、朽ちていくの。でも、どんな姿になったとしても、春になれば、また、若葉になって、新しく生まれ変わるわ・・・きっと」


麻良は、うすうす感じてはいても、認めたくないことを言われた気がして、苦しくなりました。


「・・・あら、また雨が降ってきたみたい」


桜葉が雨だと感じたしずくは、麻良のなみだでした。桜葉はそれには気づかず、ここから最後の舞を舞いたいと、強く決意を固めていました。


「さあ、麻良さんがこれ以上雨に濡れないうちに、はなしてね。次のいっせいの、せよ。いっせいの、せ」


麻良は、桜葉の合図で、くちばしをゆるめ、桜葉を空中へはなしました。桜葉は風に流されるように回転して、空気の流れに身を任せながら、青い空を舞い、はらりと地上へと降りて行きました。

 麻良は、桜葉が舞い降りる瞬間を、見届けました。でも、いくら横たわった桜葉に話しかけても、桜葉はもう、なにも言いませんでした。あのふきだまりの葉っぱたちのように。

 麻良は、桜葉に顔を寄せてそっとお別れをすると、じわじわと後ずさりしては近づき、近づいては話しかけるなどし、やがて近場の木の枝の上にとまって羽毛の手入れなどしていましたが、ついに夕暮れ前には、ねぐらへと飛び立って行きました。


 そうして、一羽と一枚がお別れをしたその年、稲刈りの終わった田んぼでは、カラスの一団が、米をひろって、働いていました。麻良もその中でみんなと共に働き、たくさん食べましたので、からだが一回り大きくなり、太い声で鳴けるようにもなりました。おいしいものを見つけては、友達のカラスと合図を送りっこするのは、楽しくて有意義な遊びでした。

 

 それでも、麻良は、思うのでした。これから先、どれほどからだが大きくなり、自分と同じような仲間がたくさんできても・・・美しく立派な最後を遂げた、かけがえのない、たった一枚の友達のことを、ずっとずっと忘れないだろうと。


(おわり)

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桜葉 みなりん @minarin

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