第18話 規則十七条 台風一過は過ぎていて

 台風一過とはよくいったものだ。目が覚め、雨戸をあけると爽快な青空が見える。


「きもちいいー朝や」


 二階や、一階の奥からも物音が聞こえる。皆起きたのだろう。

 俺は素早く顔を洗う。

 その後、食堂に向かったが、食堂では既にマルタや八葉、それに着物姿のアヤメさんもそろっていた。


「おはよーさーん。どう? 被害は?」

「まだ、起きたばかりです、あのアヤメさん?」

「はい、ご心配を掛けました、まだ少し頭が痛いのですが、恐らく二日酔いだろうとテンさんが。それと」


 小さな声で耳打ちをしてくる。


「秋一さん、あとでお話が」


 欠伸を堪えながらパンを焼く。


「皆も食事まだだよね?」


 パンの袋を片手に食堂にいる人々に聞いてみる。


「シュウおはよう」

「シュウちゃんおっはー」


 八葉の言葉に急いでパンを焼く、横ではいつのまにかアヤメさんがコーヒーや紅茶の用意をしている。


「お待たせーアヤメ特製の飲み物や、ま。ウチはビールがあればそれでいいんやけど」


 それでは頂きます。別に朝は一緒に食べる事と決まってるわけではないが、全員が全員同じアパートにいるので自然と一緒に食べるようになってしまった。

 パンをかじりながらニュースを見る。


「うわー被害そこそこあったっぽいねー」


 TVでは昨日の台風の爪あとを映している。


 ビールかと思ったら、何時の間にか優雅に紅茶を飲んでるマルタに聞かれる。


「シューイチ君夏休みいつまでなん?」

「俺ですか? 31日までですね。あと4日ほどです」


 俺の返事で紅茶を静に皿に置く。


「あっというまに終ってまうやん。そや、海こうや海!」

「どうみても季節外れです、それにお盆過ぎたら海に入るなって俺教えられたんですけど」

「んじゃ、明日いこか。まだいける」

「俺の話聞いてました?」

「シューイチ君、ようお聞き。夏は戻ってこないんだよ、ウチがイベントを提案しないとあんたら二人は手繋いで幼稚園児かって付き合いや」

「私には面白がってるようにしか見えませんが?」


 マルタ同様紅茶を飲んでいたアヤメさんが静な怒りをこめて喋る。


「八葉だって、夏の思い出が欲しいやろ」

「僕は別に……」

「テンは行きたいー。海よね海、青い空。水着姿に群がる男どもひと夏のアバンチュール」

「あーテンちゃんウチが知っている海はな」


 そっと耳打ちする大人達を白眼で見る三人。


「あーあそこね。良いわね皆で行きましょうよ」

「しかしですね……」


 アヤメさんがOKを出さないと突然立ち上がり指を突きつけるテン。


「北の守神、天狐が命じます。海へ行くわよ、それに八葉も行きたいって言ってるじゃないの」


 素早く八葉の後ろに回るマルタはそのまま八葉の顎を押さえて上下に振り出す。


「僕も海にいってみたいんや、シューイチお兄ちゃんアヤメおねーちゃん」


 どう見ても裏声のマルタが八葉の後ろで喋る。


「行くとしても、交通費や移動も大変だし正直俺の財布は火の車です」

 

 俺の言葉でアヤメさんの表情が固まる。


「まぁ! 大変! 秋一さんにお給料渡してなかった!」


 俺の隣で優雅に紅茶を飲んでいたアヤメさんは飛び出す勢いで、実際、食堂を飛び出していった。

 キランとマルタの目が光る。

 

「ふっふっふ。これで交通費の心配はなくなったわけや。ま、でも安心してな。移動手段はウチらが受け持つ」


 腰のポケットから何かを取り出す。よく見るとサイフだ。

 マルタがサイフから抜き出すカードが食堂に光る。


「それって! 免許にカード! しかも黒いし。マルタ、犯罪でもやった?」

 

 俺の突っ込みに突っ込み返しをされる。


「なんでやねん。正真正銘ウチのや。レンタカー借りちゃる。水着は午後にでも買いにいくさかい明日楽しみにしとけよ!」

 

 なんで喧嘩越しなんだ。


「マルタさん、取りあえずテーブルに足はやめて下さい」


 急いで戻ってきたのだろう食堂の入口に息が上がってるアヤメさんが仁王立ちしていた。


「断っても連れて行くんでしょうから、わかりました。八葉はどうかしら?」

「おねえちゃんが行くなら僕もいく」

「そして、遅れて申し訳ありません。今月10日までの端数なんですが、お給料になります」


 俺は渡された封筒をお礼をいってからポケットにしまう。


「わかりました。俺は今日はアパートの修繕箇所見て回るんで、買い物付き合えませんが行きましょう」

「せやね、女の子の水着は当日まで秘密のほうが楽しいもんやね」


 この狼は意地が悪い。


「話が終った所で片付けますよ~」


 テーブルをてきぱき片付けるアヤメさん。


「それじゃ、俺も周り見てきます」


 俺が庭の物干し台や飛んできた物を片付けていると、アヤメさんが顔を出してくる。


「秋一さん」

「はーい、なんでしょ?」

「これを、秋一さん宛です」


 漢字で『秋一へ』と書かれた封筒を俺へと差し出す。綺麗な文字でアヤメさんの文字に見えるので顔を見てしまう。


「もう一人の私からです、皆さん不自然なぐらいここ数日の事を話さないですけど私が寝込んでいたのは知ってますし、その間の記憶がありません。目が冷めると何時も使っているテーブルに大量の缶ビールと私の文字で二通の封筒がありました。一つは私宛です、中身は教えれませんけど、それと秋一さん宛の手紙です。色々と有難うございます。秋一さんを選んで、いえ選ばれてよかったと思ってます」


 外から大きな声でマルタの声が聞こえた。


「おーい。アヤメー買い物いくでー」

「はーい、今行きますー。では」


 突然俺にキスをすると、パタパタと玄関へと走るアヤメさん。

 呆然とキスされた唇に手を当てながら残った封筒を確かめる。

 車の音が聞こえたともうと直ぐに静かになった。

 ふいに静けさが俺を襲う。

 誰も居ないアパートがこんなに静かだなんて思いもしなかった。

 誰も居なくなった事で俺は周りを確認する、別に空き巣を働こうとかこっそり部屋に忍び込んで布団をくんかくんかしようなどそんな事はない。

 先ほどもらった封筒を開けてみる。


「手紙か、秋一へ」


 可愛らしい便箋に書かれた力強い文字を声に出して読んでみた。


「アタシに良くしてくれた事を忘れない。って、なんだ書き慣れない事をするもんじゃないな、本当のアタシの部屋で過ごした時アタシの日記を見つけた、そこにはお前とアタシとの事がびっしりと書かれていたよ。こんなガサツなアタシじゃなくてさお前にはもっと似合う奴が居るんだなって、アタシを襲った毒な。あれ天狐の妖力で弱まって最後はアルコールを取れば早く直るって聞いたんだ別に飲兵衛だったわじゃないぞ。全員が全員アタシを受け入れてさお人よしの集団にも嫌気がでるよ。でもお前の気持ちは嬉しかった。多分明日の朝には消えてなくなる人格なんだけどな。秋一に会えてよかったよ。んじゃまたな」


 俺は手紙を読むと静かにポケットにしまう。


「馬鹿野郎、本当に馬鹿だよ。何が、またな……だ」


 一時間もした所でふと我に返る。しまった仕事全然してない!

 俺は急いで浴場のドアや二階の雨漏りした場所を直したりと走り回る。

 全体が終ってチラっと時計を見ると既に16時を回っている。

 俺は二階の廊下から窓を開けて一休みする、蝉の声と林から来る風が心地よい。

 遠くのほうから見なれないワゴン車が右左と道を進んでくるのが見える。


「誰だ……?」


 道はこのアパートにしか通じてないので、ここに用がある人なのは明白だ。

 玄関の前に横付けしてくるワゴン車をみると、運転席から降りてきたのは、サングラスをかけたマルタ。

 俺が見てるのにきづいたのか手を振ってくる。

 その後ろからは大きな荷物を抱えたアヤメさんと八葉、何処かで力を使ったのか小さくなったテンも見える。


 全員が帰ってきただけでアパートが活気ついたような雰囲気になる。

 俺も手を振り返すと、明日に向けて気持ちが高ぶってくるのであった。

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