情報屋と裏組織

 かしゃかしゃとクルミの殻の擦れる音がする。二個のクルミを片手で弄びながら、とっくに冷めてしまったホットミルクをすする。セミロングの髪を後ろでまとめ、物思いにふけるこの女性。

 秘密裏に、と正体のわからない男に依頼されたのは、先の戦闘で現れたという死霊術師『ファントム』についての詳細を調べろということだった。国民にはこの情報は開示されていない。おそらくあの男は、軍の内情をよく知る者なのだろう。そして、秘密裏に調べろということは国民に漏れるのはまだよくないと思っているということ。そのあたりを考えると案外大物が今回の依頼者なのかもしれない。

 だんだん、と部屋のドアを荒く叩かれた。一定のリズムを刻むそれは扉を叩く者の正体を現していた。彼女はちらりとドアを見た。そして少しの沈黙のあと、立ち上がる。ドアを開けると立っていたのは銀の長髪をなびかせた男。


「ダンテ、来てもらったのは他でもないわ」

「相変わらずいきなり本題だなサラ。いい女が勿体ないぜ」

「貴方みたいな男に興味はないの」

「おーおー、手厳しいことで」


 肩をすくめたダンテと呼ばれた男は勝手知ったる様子で部屋の中に入る。まるでここに来るのは初めてではないという風体だ。どっかりとソファに座って周りを見回す。女性……サラはキッチンに入る。暫くして湯の沸く音とコーヒーの匂いが部屋に漂う。そしてサラはキッチンから出てくると、コーヒーの入ったカップを持ってダンテの正面に座る。


「ブラックでよかったわね」

「おう。サンキュー」


 ダンテが湯気の立ったコーヒーを一口すすったのを見る。軽薄そうに見えるが、これでもこの男は軍と裏の世界の両方を知る貴重な情報源だ。軍の小隊長でありながら、イディアル王国にある各業種のギルドを裏で操る大規模な裏組織のナンバーツー。切れ者で慣れたサラですら翻弄されることがある食えない男だ。


「本題に入るわね。……ファントムって言葉に聞き覚えはない?」

「ねえとは言わねえよ。軍の上層部ではもうずいぶん囁かれてる。兵士は口止めされてるし、末端には行き届いてないけどな」

「じゃあなんであんたが知ってるのよ」

「そりゃ俺はあの戦場に行ったからさ。スミス元親衛隊長が死んでから起き上がったのも見た」


 ダンテは得意げに言う。ここから先は交渉次第、ということだろう。これはビジネスなのだから。サラはじっとダンテを見て、やおら立ち上がった。


「それで?女情報屋のサラ・ウィリアムズはどんな情報を交換でくれるんだ?」

「そうね、これならどうかしら」


 そう言ってサラが机の中から取り出した一枚の紙のリスト。ダンテは受けとるとざっと目を通す。名前がびっしりと書かれ、その後に何かの金額が書かれている。思わず目を見開いたダンテにサラは勝ち誇った笑みを浮かべた。


「貴方の組織の商人ギルドから賄賂を受け取っている人たちのリストだけど。どう?」

「……わかった、交渉成立だ。流石、お前は女だてらに情報屋やってねえよな」

「褒めたって無駄よ。貴方みたいな男、嫌いなの」

「あーあ、つれねぇなぁ」


 肩をすくめるダンテはサラに座るように促す。今までになく真剣な面差し。裏ギルドのナンバーツーの顔を見せるダンテはやおら口を開き、ファントムという者についての情報を話し始めた。

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