仮面の意味

 生まれたままで、ベッドの上で抱き合う。イーサンはファントムの背中を撫でる。ファントムは仮面をつけておらず、火傷のような跡が右目を覆っている。その跡をそっと大きな手のひらで撫でた。


「マスターは」

「ん?」


 イーサンの言いかけた言葉にファントムは首を傾げる。紫の両目はまっすぐにイーサンを見つめる。ファントムの謎のヴェールを体現するかのようなそのアメジストの瞳に吸い込まれるかのような心地になった。


「マスターは、なぜ仮面をされているのですか?しかも、それでは右目が見えないのでは……」

「ああ、なんだそんなことかい?」


 屈託なく笑うファントムに拍子抜けする。重大な秘密でも隠されているのかと思っていたが、どうもそういうことではないらしい。ファントムは仮面を手に取ってみせる。目の穴は開いておらず、瞑った目を模りその下には涙のような模様がついている。イーサンが見た限り、それは思った以上に薄く脆く見えた。


「この傷を隠すだけじゃないということは、イーサンもわかっているね」

「はい」

「……俺の覚悟の証というか、立場の証かな。この仮面は死者を表しているんだ」


 ファントムはそっと、瞑った仮面の目を撫でて見せる。その仕草にも高貴さと品性を感じさせる。生まれついての貴公子、そんな言葉がファントムにはぴったりだとイーサンは思う。


「俺は生者と死者の間にいる、死霊術師ファントム。生者の驕慢によって生まれた死者を愛しているんだ。無論、君もね」

「マスター……」


 この慈しむ顏の裏には亡者たちに生存競争を強いる冷徹さがあると知りながら、それでもイーサンにはファントムが本気で愛情を持って接しているということが直感的に理解出来た。生者のせいで死者は生まれる。大陸に戦乱がある限り、戦死者が絶えることはない。そして、ファントムが死者を蘇らせるという行為も、大陸から戦乱がなくならない限り、止まることはないだろう。


「大陸への復讐を遂げるのが大陸に殺された者達って、最大の皮肉だと思わないかい?」

「そう、かもしれませんね」


 ファントムはこの軍で、大陸に大きな嵐を巻き起こそうとしているのだ。ようやくイーサンにはファントムの思惑の片鱗が見えてきた。だが、きっとそれだけではない。ファントムは何かを隠している。だが口には出さない。まだ口に出すべき時ではないとイーサンは感じていた。


「……君が聡くて助かるよ」

「は……」


 イーサンの思考を読んだのかファントムはにこりと笑う。仮面をつけて身体を起こした。イーサンもつられて身を起こし、先にベッドから降りて身支度を整えるファントムをぼうっと見つめていた。均整のとれた肉体が布地に覆われていく。隠れてしまうのがなんとなくもったいないと思った。


「俺は出掛けるから、オリビアに伝えておいてくれ」

「はい、マスター」


 ファントムは身支度の仕上げにブーツを履きつま先で旋律を奏でる。イーサンの目の前で、ファントムは魔法陣を出現させすうっと消えた。一体どこに行くのだろう。仕えるべき主でありながら、ファントムのことはほとんどわからない。己の事についてもだが。

 とりあえず言いつけを済ませようと、イーサンは起き上がり衣服を身に着けることにした。

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