船出
一人の老人がキラキラと光る水面を眺めて、それから雲一つない空を見上げる。群れを成して海鳥が飛んでいった。海は凪いでいて穏やかに風が吹き、出航には向いた日だ。
「今日はいつになく平和じゃの」
「絶好の釣り日和ですねぇ」
間の抜けた声がして後ろを振り向けば、小太りのいかにも温和そうな男が甲板を歩いてきた。バンダナで髪をまとめ、釣竿と網を持っている。この船の自慢の料理人だが、なぜこの船にいるのかは、今は不在だが船長しか分からない。本人もよく分からないと言っていた。
「この時期はいい魚が釣れるんですよねぇ」
「夕飯がたのしみじゃわい。ところであの馬鹿はまだ帰ってこんのか」
「船長ですか?トリスタン殿なら知ってるかと思って聞いたんですけどねぇ」
「なんじゃ、お主も知らんのか」
落胆したかのように言う老人……トリスタンは街を見る。どこにでもある田舎の漁村だ。だがよく船長と『お得意様』が『取引先』として利用している。それに、娼館もあれば賭場もあり一通り船長が遊ぶには十分なものはそろっている。
ふと、二人は港の方に歩いてくる人影を認めた。自信満々な足取り。一房だけぴょんと飛び出た前髪がその人を表していた。この船の船長で、組織のリーダーだ。
「噂をすれば影というやつじゃな」
「そうですねぇ……」
「おー、じじいにマシュー、二人でどうしたんだ?」
「それはこっちの台詞じゃわい。ミーレスお主、何をしに行っておった」
トリスタンの鋭い詮索に船長……ミーレスは肩をすくめた。端々を観察するが普段より身なりが整えられている。賭場や女のところに行っていた、という感じではない。ということは『お得意様』と会っていたということだろうか。
「ナサニエルを呼びな。出航の準備だ」
「今度の仕事はなんじゃ?」
「アルキーミアから魔素鉱石の奪取だとよ。少し前にエルドラドが派手にやったらしいから俺らがくすねたってエルドラドの仕業にできんだろ」
にやりと笑って見せるミーレスはやはり切れ者だ。その点はトリスタンも認めている。トリスタンはどちらかといえば一つ一つに対しての策謀を巡らせるのに長けているが、ミーレスは船長としての大局の判断力や狡猾さに長けている。トリスタンが考えを巡らせていると、義眼を嵌めた若い男が足早にミーレスに近づいてきた。
「船長」
「おう、ナサニエル。出航の準備だ。目的地はアルキーミア沿岸。ルートの計算を頼むぜ」
「承知しました」
ナサニエルは頷き船内に戻る。ミーレスはそれを見送るが、船内からエリック、いい加減起きろ、と怒鳴る声が聞こえ肩をすくめた。
「鉱石は好かんのじゃがな。あれは重い」
「じじいの身には堪えるか」
「ミーレス、お主今に見ておれ……」
トリスタンの恨み言を聞き流す。船はゆっくりと動き出し港を離れた。船に刻まれた『ルサールカ』の文字。この組織の、そしてこの船の名前である。
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