魅了
用意された服に袖を通し漸くオリビアの冷たい態度から逃れることができたイーサンはヴィクターの好奇の視線にさらされていた。食堂で干し葡萄入りのパンをかじりながら、生前のことを根掘り葉掘りヴィクターに聞かれている。とはいえ記憶はあいまいでさっぱり覚えていないのはヴィクターとて承知の事であったが。イーサンは少し落ち込んでいるようだった。先程まで腰に巻いていたタオルを、オリビアが奪うようにひったくり本人の目の前で暖炉にくべられてしまったからだろう。
「俺はなんで干し葡萄をパンの中に入れるのかが未だに理解できねぇ」
「お嫌いなので?」
目の前で食べる人に向って否定的な意見を言うのはいかがなものだろうか。とも思うのだが、生前からあまりそういうことは口にださない性質だったらしい。
「干し葡萄はそのまま食ったほうが美味い。わざわざパンに入れたら表面の葡萄が先に焦げるだろうが」
「ああ、そういうことですか」
どうも干し葡萄が好きだからゆえに別のものにまぜられるのが嫌い、という理由らしい。確かにたまに表面の葡萄が焦げていることがあるがそれがまた美味であるとイーサンは思っていた。……まあ、好き嫌いに理由を求めてもどうにもならないが。
食べ終えたイーサンは皿を持ってキッチンに入っていく。ヴィクターはそんなイーサンを横目に退屈そうに足をぶらぶらとさせていた。ヴィクターはあれ以来オリビアにキッチンに入るとあっという間に追い出されてしまうからだ。
キッチンには珍しくオリビアの姿はなく、ファントムがのんびり数種のウィスキーをテイスティングしていた。香りを楽しみながら口に含み転がしている。ふと、イーサンと目があった。
「ああ、イーサン、どうしたんだい?」
「食事が終わったので片付けに来ただけです。マスターは……?」
「俺は見ての通りだよ、酒を嗜んでいる」
その一挙一動に高貴さと色気を感じさせるのはファントムという人の持つ魔性のせいかもしれない。人を惹きつけてならない魅力がファントムにはある。イーサンはうっとりとファントムを見つめた。
どくん、とイーサンの止まったはずの心臓が高鳴った気がした。じっとファントムと見つめ合う。ファントムの頬がほんのり紅く染まり、眼が潤んでいるように見えるのは気のせいだろうか。
「それが君の力だよ、イーサン」
「マスター……?」
濡れた声で囁くように言うファントムは艶っぽく思わず喉が鳴る。己の力、というファントムの言葉の意味が理解できず、イーサンは首を傾げた。
「君は同性を魅力的に見せ、性的に昂奮させる力がある。君自身を魅力的にみせられるし、君を求めてやまなくすることもできる。……わかるかい?」
「し、しかし……」
「君は欲望に素直になっていいんだ。本当は俺が欲しくてたまらないんだろう?」
欲望に素直になっていい。その言葉はリフレインをともなってイーサンの身体の中に染みわたっていく。目の前にはファントムという魅力的すぎる主の姿。欲望に素直になればいい。イーサンはその教えに従うことにした。そっとファントムを抱き寄せると、嫣然と笑って見せた。
「それでいい。俺の部屋に行こうか、イーサン」
「マスターの御意志のままに」
ファントムの腰を抱き、食堂を通る。イーサンはヴィクターが驚いたように己を見ていたことに少し優越感を覚えた。虹色の瞳を片方瞑ってみせ、イーサンは悠々とファントムの腰を抱いて食堂を後にした。
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