下心

「こうしてお話するのは初めてですが、なんだかそんな気がしません。父上が沢山あなたの事を話していたので」


 アリスとともに軍の休憩所にやってきたサムはイディアルでもこの時期特有の雪の入った冷たい水をジョッキにもらいながら言う。休憩所とは名ばかりで、そこは軍が買い上げた酒場のようなところだ。安酒しか出ないが体を温める酒もあるし、料理も美味いし軍属の者は安く利用できる。寒い時期はいつも疲れを癒す軍の人間たちでいっぱいになっていた。


「なんだか少しこそばゆいです。ルーカス殿に、そんなふうに言われていただなんて」

「アリス殿はとても優秀で志が高く、軍の上部が偏見さえ捨てればすぐに一隊を率いることができるだろうに、と残念そうに言っていました」


 運ばれてきた芋と肉のたっぷり入ったスープを自分の方に引き寄せながら、アリスは目を丸くする。女性だからと侮られる中で、ルーカスはきちんと己を評価してくれていたことに喜びを感じつつ、そんなルーカスがいなくなったことに対する悔しさがこみ上げる。

 だが、過ぎたことをいつまでもいつまでも悔いていても仕方ない。サムはパンにチーズをまぶして野菜とともに焼き上げた料理を頼んでいた。それをかじりながらぽつぽつと口に出す。


「……本当は、訝しく思っているんです。父は本当にあの戦場で死んだのか、なぜ死なねばならなかったのか。そもそも、あの編成で父が総司令官を務めなかったことが未だに疑問です」

「それは、」

「アリス殿にだから言いますが、私はこの一件に国の上層部が絡んでいる気がしてならないのです。父は国に殺されたのではないかと私は思っています。他の誰にも、言えませんが」


 ため息をつき苦笑しながらサムは言う。サムはサムなりに色々な事を抱え込んでいるのではないか、アリスにはそんなふうに思えて仕方なかった。

 と、突然サムの隣の席に無遠慮に一人の男が座ってきた。驚くアリスに苦笑するサム。どうやらサムの知り合いらしい。銀の長髪と薄い褐色の瞳が人目を引く。


「おーおーサム、隅に置けないなぁ、こんな綺麗な女性と二人でデートってか?」

「違うよ、彼女は父が目をかけていた女性なんだ。やっと会って話すことができた」


 サムと比べるとこの男は少々下品な雰囲気がある。そうアリスは感じた。軍の中にはよくいるタイプのように見えるが、なにか少し違うようにアリスの勘は訴える。何がどう違うのかはよく分からなかったが。


「へぇ、父の代から狙ってた女性ってか?」

「ダンテ、あまり言うと怒るよ」

「あー、悪かったって。ジョークだよ、ジョーク」


 ひらひらと手を振って見せるダンテと呼ばれた男は、そのまま料理を注文する。軍属の珍しい女性とお近づきになっておきたい、ダンテにそんな下心が見え隠れしている気がしてならないサムだった。

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