信頼

 書簡を読んだエルドラド皇国第四司令部司令官は、ぐしゃりと書簡をつぶした。その様子を見ていた部下たちは気が気でない。司令官の機嫌が悪い時は近づかないに限る。その怒りは魔術によって発散される。その標的にされかねないからだ。


「し、司令官……一体何が」

「ヨータス・ツァーベルはアルキーミア軍特殊部隊に配属されたらしい」

「それの何が問題なのですか」


 司令官の意図がわからなかった一人の部下がうっかりそう漏らしてしまった。司令官の眉間に皺が寄り、魔素鉱石が光る。部下たちの血の気が引いていく。これは完全に怒らせてしまった。

 司令官の手から放たれた光の矢が間一髪部下の横をすり抜け壁に突き刺さった。部下は完全に腰を抜かしてしまったらしい。ふん、と盛大に鼻を鳴らして用意していた次の矢を握りつぶした。


「わからんのか。あの男は完全にエルドラドを捨てたということだ」

「は、はあ……その、ヨータスという男が司令官の御子息だから、ですか」


 おずおずと聞いてきた部下に司令官は舌打ちする。もう部下にも伝わっていたのだと思うと腹立たしい。いつもヨータスは己の邪魔をする。


「『アルベル・ツァーベル司令官の御子息が、捕虜になりそのままアルキーミアに』……と方々で噂されております」

「私を蹴落としたい輩にとってはいい餌だろうな。息子が裏切り者なら、父親もと思うだろう。ばかばかしい」


 司令官……アルベルは大きく溜息をついた。部下たちにとってアルベルは厳格な司令官だった。忠誠心にあふれ冷徹な判断も容赦なく行うことができる鋼鉄の男。そんなアルベルにヨータスは常に刃向かってきた。魔術の素養もない、教養もない、ただ誇るのは腕っぷしだけのいったいどこを己から受け継いだのか全く分からない息子。今回も、またアルベルの足を引っ張り今まで築いてきたものを崩そうとしている。


「司令官、もうひとつ……ヨータスという男を誘ったのは、あの死んだハンス・レプシウスの兄だったそうです。そしてその兄というのも、魔術の素養がないにもかかわらず魔術を操ることができるそうで……」

「なんだと?」


 魔術の素養のない者は魔素鉱石を触媒にしたとて素養がないのだから扱えるはずがない。それを一体なにをすることで魔術を操ることができるようにしたのだろうか。アルキーミアの持つ技術力の高さにはたまに舌を巻く。魔術と錬金術を融合させた邪道の国だが、その点ではエルドラドは劣っているとアルベルも思うことがある。決して口に出すことはできないが。


「そのハンス・レプシウスの兄に関する情報も集めろ。盗めるものは盗まねばならん。この国の発展のためにも、私のこの座を守るためにもな」

「は……司令官は反逆を企てるような御方ではないと我々はわかっておりますから」


 こんな時に部下に励まされることになるとは。アルベルは苦笑し頷く。司令部はにわかにあわただしく動き出していた。

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