野望

 軋んだ重い音を立てて、館の扉が開かれる。ぶあつい絨毯を踏む靴音と、その後ろに続く一人の男。主の帰宅を察したオリビアが、拭いていた銀食器を持ったまま出迎えに来た。ファントムはにこやかにオリビアを見たが、オリビアは思わず銀食器を取り落した。金属の落ちる音は耳に残る。不思議そうにファントムはオリビアを見る。どうも何故そうもオリビアが驚いたのかが、よく分からなかったようだ。


「ただいま、オリビア」


 食器の落ちる音に驚いたのか、どたばたという音とともにヴィクターは二階から階段を降りてきた。ファントムと背後の男を見て目を見張る。


「……ヴィクター、騒がしいよ」

「いやいやいや!そんなことよりなんだよその全裸の変態!」


 ヴィクターに指摘されて初めてファントムは背後の男……イーサンを見て合点がいったように頷いた。そういえば、確かに衣服が焼け落ちてしまっていたからイーサンは全裸であった。少しイーサンはむっとしたように見えた。


「彼はイーサンというんだ。よろしく頼むよ」


 イーサンは黙って一礼し、オリビアはそれに軽く一礼返して奥にさがっていった。ヴィクターは胡散臭そうにイーサンを眺めている。その長身と毛髪のない頭は威圧感がある。そしてその視線は、常にファントムの方にしか向いていないというのもまた気になるところであった。

 オリビアが小走りで戻ってきて、イーサンにタオルを渡した。腰に巻けとでも言いたいらしい。オリビアとてレディだ。男に全裸で居られても困るのだろう。イーサンは小さくありがとうございます、とオリビアに重低音で返しタオルを腰に巻いた。


「ああ、それとマスター……隣にあんな建物あったか?」

「あの廃墟かい?その口ぶりだと住人も見かけたのかな」

「おう。だれか居たのは知ってる」

「あそこにはコナーという、頭のいい技術者がいるんだ。あの荒野で彼はありあわせの材料で魔砲を作って撃ちまくっていたよ」

「お、おう……」


 平然と話すファントムの何も気にしない器の大きさというか、そんなものを感じる。そしてファントムが決して軍を率いるだけでなく、武器の面などについても考えていることを改めて思う。


「俺はね、大陸にひとつの国を作りたいんだよ。今は武装集団かもしれないが、そのうちもっと大きなものにしていきたいんだ」


 ファントムはにこりと笑った。飾らない姿に見えるのに、そこに隠された大きな目的がある。やはりこの人は恐ろしい。熱っぽく見つめるイーサンと、少し冷静に見るヴィクターの視線の温度差を感じ、ファントムはこっそりと笑った。

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