密議

 少し音程のずれたイアンの鼻歌を聞きながら、ジョンはイアンとともに政務をこなしていた。あがってくる報告書の山を前にうんざりして現実逃避のための鼻歌だろう。ジョンの眉間に皺が刻まれる。


「イアン、少し黙れ」

「……ジョンは嫌にならないの?この山」

「お前の鼻歌の方が不快だ。音程がずれてる」

「えっほんとに!?」


 とんちんかんな音程なら呆れるだけだが、音程が微妙にずれているだけというのに腹が立つ。曲がイディアル国民なら子供まで誰でも知っている国歌だからなおさらだ。はあ、と溜息をつくジョンにイアンは苦笑することしかできない。


「そういえば、ジョンはいつも音楽凄く褒められてたよね……」

「お前が微妙に下手だからだ」

「そこ下手って言っちゃう?」


 イアンはジョンのずばっと言いたいことを言うところが好きだ。他の者は顔色を窺って誰もそんなことは言ってくれない。ジョンにとってもそれは同じだった。双子であってよかったと思う瞬間のひとつだ。双子だからこそ、気の置けない相手がとても近くにある。


「……ねえ、ジョン」

「兄上の話か?」

「うん。どうすれば僕たちの目の前にファントムって奴を引きずり出せるかなって」

「もし兄上だとするなら、簡単にはいかないだろうな」


 ジョンは静かに言いながら兄のことを回想する。とても頭のいい人だった。勉強も教育も親衛隊長のルーカスに丸投げでろくにさせてもらっていないと聞いていたが、いざ会話してみるとそんなことを感じさせないほどの知識量だった。暇なときはよく誰も使わない書庫に籠って本を読んでいる、ととても楽しそうに言っていたのが強く印象に残っている。お前たちもちゃんと沢山本を読むんだよ、そう言って頭を撫でる掌があたたかかった。

 その助言に従って沢山本を読んで立派に王子の役割を果たしているのに、成長した自分たちを見る前に追放されてしまった兄。もし私がこの城を出ていくことを知ったらお前たちはついていくと言い出すだろう、だから何も言わずに去ることを許してほしい。兄が去った後に見せられた書置きにはそんなことが書かれていた。暫くは泣き叫んで兄を呼び、荒れに荒れた時期もあった。だがイアンとジョンは二人で決心したのだ。どんなことをしてでも。たとえ誰かに詰られるようなことをしてでもこの城に必ず兄を連れ戻す。そして昔のように沢山話をしよう、と。


「私たちの目の前で戦闘を起こすのは、さすがに危険が大きすぎるからな……」

「軍の中でもそれはさすがに止められそうだし。実現自体が難しいんじゃないかな」

「となると、囮か……」

「死骸でおびき寄せるの?」


 ジョンは頷いた。イアンはやや納得いかないような顔をしている。本当に兄だとしたら果たして囮などに引っかかるものだろうか。


「引っかからなくてもともとだからだ。まず兄上ならこんな囮に惑わされはしないだろう」

「なるほど。そういうこと……」


 イアンはジョンの言葉にようやく納得いったように頷いた。二段構え、ということだ。まずはファントムという男の注意深さや聡明さが見たい。ファントムが本当に兄かどうか、容姿を見て判断するのはその後だ。


 政務を放り出し、二人は机に大きな紙を広げ策を練り始める。図をイアンが、文字をジョンが書きこんでいきながら日がとっぷりと暮れるまで二人は夢中で話し合っていた。

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