干葡萄の作り方

 オリビアはない首でオーブンの中を覗き込み温度をはかっている。その横で、ヴィクターはファントムに貰った葡萄を一粒つまんで口に放り込んだ。普段はキッチンにいないヴィクターがここにいるのは、干し葡萄をここで作れるのかという質問をヴィクターがオリビアにしたことにさかのぼる。自信ありげに胸を張ってみせたオリビアに連れられ、ヴィクターはキッチンに入った。どうやらキッチンはオリビアが管理しているらしい。

 オリビアは葡萄をひとつひとつ外し、天板に載せていく。くいくい、と袖を引っ張られ、手伝えということだろうとヴィクターは察した。


「……オリビアも人遣い荒いよな」


 葡萄を房からむしり取りながらそんなことをぼそっと言ったら、足を思い切り踏まれた。驚いてヴィクターが見上げるとそこには腕組みをしたオリビアの姿。表情がわからないのでこうして抗議の意を伝えているのだろう。


「へいへい、悪かったよ」


 ため息をついてヴィクターは葡萄をちぎって天板に載せる作業を始める。ぷちぷちとちぎってごろごろと紫色が天板を埋めていくさまはなかなかに壮観だ。いっぱいになった天板を持ってオリビアはオーブンの中に慎重に入れる。


「へぇ、干さなくてもできんだなぁ」


 オリビアの様子を見ていたヴィクターは感嘆の声をあげた。葡萄が尽き、全ての天板がオーブンに入れられている。オリビアは時間を測っているようだった。集中しているようなのでさすがのヴィクターも声をかけるのがはばかられる。待っている時間が暇で暇で、ヴィクターは思わず大きな欠伸をしてしまった。振り向いたオリビアは心なしか怒っているように見えてあわてて背をしゃんと正す。オリビアは手をしっしっと払って見せる。出ていけの合図。ヴィクターは肩をすくめてキッチンを退散することにした。手伝わされるだけ手伝わされたがまあ普段はいろいろやってもらっているのだからいいか、と思い直す。

 自室に戻る途中、窓越しに廃墟のような建物を目にした。あんなものが今まであっただろうかとヴィクターは首を捻る。その窓からは人影が窺えた。人影はヴィクターに気付いたらしい。窓に近づきにい、と笑って見せた。表情は長い前髪に隠れてうかがい知ることはできなかったが、ちらっと見えた虹色の光から、おそらく同類であろうということを察することができた。


 一体あれは誰なのか、話を聞こうと思ったが生憎ファントムは外出しているようだった。仕方がないのでヴィクターは自室へ歩いて行く。その間もオーブンからだろうか、香ばしいような甘い葡萄の香りが館を満たしていた。

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