亡き恩人に

 イディアル王国軍、演習場。一人の女性兵士が射撃訓練をしていた。美しい茶の髪に浅黒い肌、緑の瞳。軍服を着込んでいるにも関わらず目立つ女性らしい膨らみが禁欲的なのに妖艶な雰囲気を醸し出している。反動の少ない二丁の拳銃を扱い、交互に射撃を行う。精度はまずまず。人の形をした的を次々と射抜いていく。


「アリス、お疲れ。流石の精度だな」

「お疲れ様。……まだまだよ。亡きルーカス殿のためにも、もっと訓練を積まなきゃいけないわ」


 同僚に声をかけられても静かに返答を返すだけ。アリスと呼ばれた女性兵士はまた射撃を始める。じっと見ていた同僚は肩をすくめて戻って行った。遠くでまた駄目だったのか、などと同僚をはやし立てるような声が聞こえる。アリスとて同僚の好意にくらい気付いていた。しかし、そんなことよりも己を見出してくれた亡き恩人に恩を返したかった。

 先のセフィロトとの戦闘で亡くなり、遺体すら戻ってこなかった元親衛隊長、ルーカス。アリスは彼に見出された兵士だった。女だからと馬鹿にされ軍に入ることすら許されなかったアリスに、実力さえあれば軍への編入を認めると言ってくれたルーカスは今アリスがここに居る現実を教えてくれた大切な人だった。軍の転属により、アリスはルーカスの軍から離れてしまったが。それでも時折気にしてくれていた。


 あくまでアリスが考えるには、だが。ルーカスにとってアリスは娘のような存在になっていたのかもしれない。それに、ルーカスとアリスが出会ったのは入隊を希望した時よりもずっと前。戦争で父親が死に、病で母親が死に親類にも見放され孤児院に入れられ、しかしその窮屈な場所が嫌で抜け出したアリスをルーカスが見つけ、話しかけたことがあったのだ。


『どうしたんだ、こんなところで風邪をひくぞ』

『かえりたくないの。ねえおじさん、どうしたらたたかいはなくなるの?』

『そうだな、お前が強くなれば、きっとなくなるさ』


 その会話を、アリスはずっと生きる支えにしてきた。軍に入ると言ったのもルーカスのその言葉があったからだ。まさか言葉を交わしたその人がイディアル王国の重鎮だとは軍に入るまでは知りもしなかったが。


「全く、あいつらはたるんでるわ。私は強くなりたいのに」


 強くなって、戦いをなくす。そしてそれをルーカスの墓に報告する。アリスの夢を見守って欲しかった一番の人がいなくなってしまった喪失感。彼には妻子がいると聞いている。その悲しみはいかほどなのだろうか。


「はじめまして、アリス・ムーア殿ですね」


 考え事をしながら射撃を続ける背後から声をかけられ、アリスは飛び上がらんばかりに驚いた。驚いて後ろを振り向けば、長く、緩くウェーブのかかった髪を後ろで結び、優しく微笑む青年がいた。腕章からして、アリスよりも上の階級のようなのだが。どうも青年に既視感を感じ、アリスは首を捻った。青年は苦笑して続ける。


「僕はサム・スミス。父があなたのことを買っていたので会いに来ました」

「……あなたは、スミス元親衛隊長の御子息ですか」


 道理で既視感があるはずだ。笑った時の眼元が、良く似ている。サムはにこやかに手を差し出した。この時ばかりはアリスも銃を置き、握手をかわす。アリスにはそれだけで何か通じるものを、お互いが感じている気がしてならなかった。

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