狂信者
カア、カア、カア……と鴉は羽ばたきながら鳴いている。一人の男がゆらりと身を起こした。毛髪のない頭部はケロイド状にただれたところと炭化している部分がある。男は、長身の裸体を晒していた。服は焼け落ちてしまったから。そしてその姿のまま、死者の首を締めていた。
異常な目の輝き。瞳孔は開き切り狂気をにじませた鬼気迫る表情をしている。がくん、と死者の身体が弛緩すると赤い煙となって男に吸収される。なにかをぶつぶつと呟きながら、血走った目で周りを見回している。
鴉の声がやんだ。そして男の目の前には右目を仮面で隠した亡者の主。男は呆然と、主……ファントムの姿を見つめていた。ファントムは満足げな表情で、取り出したナイフで指を傷つけ血を口に含む。呆然と見つめる男の頬を優しく包み込み、ファントムは妖艶に笑った。ゆっくりと唇を近づけ、唇を合わせる。男の喉がごくりと嚥下する動きを見せたことを確認し、ファントムは唇を離した。
男の瞳が虹色に輝き、後頭部から煙があがる。だが、痛みをこらえる様子もなく、ただファントムを見つめる男。ファントムは慈母のような笑みを浮かべ続ける。そしてやおら唇を開き、男に問うた。
「君は、何のために生きたいと願ったんだい?」
「……。私は、わたし、は……貴方の、信ずるべきあなたの、為に……」
男の瞳は熱っぽくファントムを見つめていた。そう、其れは盲信の、狂信の瞳。この男は崇拝するべき対象としてファントムを認識したらしい。いや、それ以外の目的を忘れてしまったのかもしれない。死者のほとんどは、生前の記憶を失ってしまうのだから。
ファントムの眼の前に跪いた男はうっとりとまるで神を見るかのような視線で熱っぽく見つめる。口角を上げたファントムは手を差し出す。男は躊躇うことなくその指先にくちづけを落とした。
「君、名前は言えるかい?」
「私のすべては主たるあなたのもの……名前すらも、貴方のものです」
「ふふ、わかった。君はイーサンだ。わかったね?」
「イーサン……素晴らしい名前を頂戴して、恐悦至極です。私は、マスターの意のままに」
この男の本質は、きっと優しくて弱い男なのだろう。ファントムはそんなことを思う。だからこそ、誰かを信仰という支柱にしなければ立っていられないに違いない。うっとりと見つめるイーサンに笑って見せ、ファントムはマントを翻す。
「ついてくるといい。君は生存競争を生き抜いた。我が軍の幹部たる資格がある」
「マスターの意のままに」
男……イーサンがついてくるのを確認して、ファントムは歩き出す。また一人、ファントムのもとに男が加わった。大陸にファントムが力を及ぼす日も、そう遠くない。
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