建前と本音

 ハンスを目の前で奪われ、一応罪は不問にされたもののヨータスの落ち込みは激しかった。首都にある自宅に閉じこもり、ハンスの形見ともいえる剣を目の前に溜息をつく。暫くは謹慎を言い渡された。周りが納得しないことを、査問議会長も理解しているのだろう。

 ヨータスにとって、ハンスは唯一己をアルキーミア側につなぎとめていた人間だった。だからといって元いたエルドラドに戻る気はない。エルドラドは、魔術の素養のないヨータスにとってあまりにも冷酷な国だった。

 コンコン、と控えめにノックの音がした。控えめすぎて気が付かないほどの小さな音にヨータスは顔を上げる。玄関に歩いて行き、レンズ越しに誰かを確かめる。それは全く見覚えのないひとだった。黒い緩くウェーブのかかった長髪が顔を覆い隠している。服装こそアルキーミアの軍関係者の服だが、一体何の用だろうか。ヨータスは扉を開けた。

 まじまじと実際に見ると随分筋肉質な体つきをしている。不自然に左手を覆っている手袋は一体何の意味があるのだろう。疑問だらけだがまず聞きたいことをヨータスは口にした。


「あの、どちらさまで」

「……俺はジルヴェスター・レプシウス。ハンスが君に世話になったと聞いている」

「ハンスの親族の方ですか」

「……兄だ」


 その穏やかな口調にヨータスを責めるような感情は一切なかった。言われてみれば、確かに黒髪の人間はアルキーミアには珍しい。顔つきについては、髪に隠れていて判断するすべはないのだが。


「立ち話もなんですし、どうぞ」

「有難う」


 ヨータスはジルヴェスターを自室に招いた。なにもないですが、と前置きして椅子をすすめる。言葉少なに礼を言い、ジルヴェスターは椅子に腰を下ろした。そしてじっとヨータスを見つめる。ジルヴェスターはおもむろに口を開く。


「ハンスが、迷惑をかけた。君はハンスを最後まで見ていてくれたと聞いた」

「……ハンスのことは……本当に申し訳なく思っています」

「礼を言いたいくらいだ。ハンスの真の友人は君くらいなものだろう」


 ヨータスはジルヴェスターの言う意味がよく分からなかった。ふう、と静かに溜息をつき、真っ直ぐにヨータスの瞳を見つめるジルヴェスター。その瞳は銀色に光っているかのように見えた。


「ハンスは天才ゆえに、周りから疎まれ、ちやほやされ、等身大の自分を見てもらえなかった。ゆえに歪んでしまった。兄である俺を、魔導実験の実験台にするくらいには」

「……実験台?」

「俺はできそこないだ。感情のぶれによって魔術が発動してしまう」


 おもむろにジルヴェスターはヨータスがずっと気になっていた左手の手袋を外す。その手に埋め込まれていたのは、魔素鉱石と小型の制御ユニットだった。ジルヴェスターが手をそっと上に掲げると、ふわふわと氷の粒が舞った。


「ハンスを等身大に見てくれた君のおかげで、弟は変わった。それに礼を言いたかったんだ。……有難う」

「俺はそんな大したことは」

「……それが口実ではあったのだが。君は特殊兵士部隊に来る気はないか」


 ジルヴェスターの目的は、弟の話だけではなかったらしい。特殊兵士部隊へ入れば、ハンスの敵討ちも容易になるかもしれない。


 しばらくしてジルヴェスターはヨータスの部屋から帰って行ったが、彼の表情は明るいものだった。

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