因縁

 今日はいつもより風が強い。ひゅうひゅうと少し冷たい、乾いた風で一角獣の国旗がはためいていた。エルドラド皇国、アルキーミア帝国国境近くの兵士たちの駐屯所。倉庫を守る兵士たちは少し昂揚しているようにも見えた。冷戦を続けるアルキーミアに奇襲をしかけ、物資を奪取できたという実績が彼らの胸を自然と反らせるのだろう。

 魔術の比率の高いエルドラドでは、触媒となる魔素鉱石不足が逼迫していた。アルキーミアが鉱山を独占し、エルドラドに入ってくるのは安物の純度の低いものか、密輸で持ち込まれた高額品ばかりだ。そんな中で奪取できた魔素鉱石は研究機関に平等に分配される。こちらも死者を出し、ファントムに遺骸を奪われたとはいえ大勝利だ。

 だが、司令部には重い空気が流れていた。アルキーミアの正規軍に混じって居た二人の男のことだった。一人は仕留めたが、もう一人は仕留め損ねた。指令室で一人の男が眼鏡を片手で支えつつ書簡を読み溜息をついた。一斉にその男の方を見る。エルドラド皇国軍第四司令部司令官である彼の影響力は絶大だ。部下たちは静かに彼の一言一句を聞き漏らすまいと見つめる。


「此度の作戦、アルキーミアの天才錬金術師であるハンス・レプシウスを仕留めたのは大きかった」

「あの者がいなくなれば、アルキーミアの研究にも大きな支障が出る事でしょう」

「ああ。だが、気になるのはもう一つ……」


 ばさり、と司令官が机に投げたのはアルキーミアに捕えられた捕虜のリストだった。その中には、アルキーミアとの戦闘で、アルキーミアの兵士として戦っていた男の名前があった。


「なぜヨータス・ツァーベルがアルキーミアにいるんだ。しかも、おそらくあの錬金術師と行動を共にし、奴の開発した武器を担いでいた」

「……やはり、魔術の素養のない者を戦地に出したこと自体が良くなかったのでは。あの者は、どうも我が国に忠誠を誓っているようには見えませんでした」

「チッ、売国奴が。しかし、奴の担いでいた武器は実に興味深かった」


 司令官の表情は眼鏡に隠れて見辛かったが、どうもうっすらと笑っているように思える。面白いものを見た時の、研究者としての顔だ。この国では魔術が使えるか否かが最重要視される。軍に入ってもそれは同じで、魔術を使うことができさらにその力を尖らせる事を要求される。自然と研究に力を入れることになり、軍部には魔術の研究者が数多いた。この司令官もその一人だった。


「魔術の素養のない者でも魔術を使った武器を扱える。大きな利点だ。一般人を兵士にできる」

「次はどうされるのですか、司令官」

「そうだな。まずはアルキーミアに密偵を放ちヨータス・ツァーベルの動向を探れ。目的は売国奴の奴を討つことと、その武器の奪取だ。以上。早々と席を外したまえ」


 司令官はやおら立ち上がり窓を見つめる。ばたばたと部下たちが去っていく音を聞きながら深く溜息をついた。その目には殺意以外のなにかがにじんでいる。


「全く、あの馬鹿息子が」


 一人になってから司令官が吐き捨てるように言った言葉は、誰も聞くことがなくただガラスを呼気で曇らせるだけだった。

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