幻影の館

見透かすもの

 色硝子の窓越しに光が差しこんでくる。美しい模様が床に広がり、その部屋を幻想的な場所にしていた。

 大樹の最上階、そこはセフィロト大司教の私室だった。部屋に戻ってきた大司教は、顔を覆う黒い布を外し帽子を外す。白い髪と赤い瞳は白子症……いわゆるアルビノを彷彿とさせる。整った顔立ちは憂いをたたえていた。かつかつと部屋の中を歩くと、人影が奥の部屋から顔をのぞかせた。大司教と全く同じ顔、全く同じ色だが、彼は一切驚くことなくにこりと笑った。


「ヘルガ、おかえり」

「ただいま、ノアール」


 それは二人以外が一切呼ばない互いの名前だった。大司教は双子のアルビノであるという事実を知る者は彼ら以外いない。神秘のヴェールに包まれているほうが、教えを説く者としてふさわしいと二人は考えているからだ。だからこそ、素顔を晒すことも避けている。


「セスは死んでしまったようだ」

「仕方ないですね。異端審問官からは逃れられませんから」


 ヘルガと呼ばれたほうは、少し短めに髪を整えており、少々男性的に見える。ノアールと呼ばれたほうは長めに髪を流しており、少々女性的だ。もっとも、彼らの性別がどちらなのかも彼らしか知らないのだが。


「ファントムという男の動きはどうですか」

「セスを奪って行ったよ。異端審問官を躱してな」


 ヘルガの目が淡く発光している。その眼は一体どこを見ているのだろうか。遠くを見つめ何かを探っているかのように見えた。ノアールはそれを一瞥してテーブルにパンを置いた。汲まれた水を持ってきて質素な食事の準備が出来上がる。


「何か見えましたか」

「いや、今はまだ。セスの孤児院にいた子供たちは別の司教が面倒を見ることになったようだ」

「そうですか……」

「セスのように、子供たちを良く育ててくれそうな者だな」


 ノアールの口からわずかながら安堵の吐息が漏れる。いくらセスに罪があったとはいえ、子供たちに罪はない。子供たちにまで禍が及ぶことを、セス自身も、大司教たる二人も気にしていた。子供たちを良く導くように、二人は質素な食卓を前に目を閉じて祈った。


「……すべての死者は、等しく幻影に奪われる。すべての死者は、この大陸に仇なす敵となる。心せよ。剣を取れ、大戦の始まりが近づいている。……どうですか、これに対するアルキーミア帝国とエルドラド皇国の反応は」

「不穏には思っているようだ。これで少しは、あの二国の小競り合いがおさまるといいのだが」

「少し前にまた小競り合いがあったのですから、これ以上はしばらくないかと思いますよ。ファントムも目撃していることですし」


 まるで二人には、世界の事象がすべて見えているかのように思われる話しぶりだ。パンをかじりながら、ノアールは平然と言ってのけた。


「死者たちとファントムという男がどう動くか。……どうか大陸の戦火が、民を苦しませぬように」


 静かに言ってパンをかじるヘルガの横顔を、ノアールはじっと見つめていた。

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