雪の城

 静かな部屋には、咳だけが響いている。部屋の大きな窓からは国が一望できる、高台の城の豪奢な寝室。火を噴くドラゴンの彫刻がベッドに施されていた。そして『イディアル王ニコラス』と王の名が刀身に彫られた宝剣が飾られている。イディアル王国の主、国王ニコラスの部屋だ。

 首をあげてニコラスは窓の外を見る。外は雪が降っているようだった。しんしんと降る雪と、ベッドにいてなお骨の髄から凍らせるような冷気。病に倒れた今のニコラスの身にはつらかった。

 冬という季節が、ニコラスは嫌いだった。紫の瞳を持った息子が生まれた日。そして、息子を追放した日。ありありとそれを思いだすから。魔術の素養を持った者がこの国に生まれたということ自体が信じられなかった。あとで王妃を問い質した時にセフィロトの血を引いていることがわかりニコラスは愕然とした。魔術は禁忌。幼いころから植えつけられてきたそれはニコラスを縛り付けていた。


「スティーブン、お前は予の息子とは認めん」

「どうすれば、ちちうえはわたしをみとめてくださいますか。このめをえぐりだしたら、むすことみとめてくださいますか」


 幼い息子……スティーブンにも容赦なく、ニコラスは吐き捨てた。傷ついた紫の瞳が己を見て、少し考えてからスティーブンが言った言葉が胸を締め付ける。


「どんなことをしても無駄だ。お前の中に流れる血は、この国の王子としてあってはならぬものだ」


 息子の絶望した顔が見たくなくて、ニコラスはずっとスティーブンを遠ざけていた。その後側室に生まれた双子、兄ジョンと弟イアンはニコラスによく似ていた。だからこそ双子にはイディアル王になるための英才教育を施し、スティーブンには親衛隊だけつけてやりほとんどルーカスに任せきりにしていた。


 それでも月日が流れると、スティーブンの聡明さが噂になった。


「次の王にはスティーブン殿下がふさわしい」

「双子の王子より、スティーブン殿下がなるべきだ」


 そんな貴族たちの声を聞いてニコラスは危機感を覚えた。このままでは、王家が禁忌を犯してしまう。そんなことをするわけにはいかない。ルーカスの報告によればスティーブン自体は王位を争う気は一切なかったようだが、担ぎ上げる連中がいるとなればどうにかしなければならない。スティーブンを追放する決断をしたのも、確かスティーブンの生まれた日だった。


「父上、今まで育てていただいて、ありがとうございました」


 深々と頭を下げて城から出ていったスティーブンの姿が、ニコラスの目には未だ焼きついていた。最後までできた息子だった。恨み言の一つも言わず、スティーブンはどこかへ行ってしまった。

 ニコラスは溜息をつく。己は今、報いを受けているかもしれない。しばらく前から体調が思わしくなく、息子たちの前で幾度か倒れ今や満足に動けない身体になってしまった。スティーブンの呪い、などというものは魔術を信じないイディアル王が信じてはいけないのだが。

 次の世代については、双子に任せておけば間違いないとニコラスは思っていた。冷静沈着なジョンと少し軽めに見えるが柔軟な思考を持つイアン。ジョンが王位につきイアンが補佐を行えば、イディアルは今までと変わらぬ強固な軍事国家としてやっていけるだろうという確信がある。


「そなたは生まれる場所を間違えたのだ、スティーブン」


 かすれた声で呟くニコラスの言葉を聞くものは、誰もいない。

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