特別扱い

 最初はただの憧れだったのだ。王に疎まれている自分を守る、たくましい騎士に憧れていた。王に疎まれていたがゆえに、よく話したし幼いころの遊び相手にも、武術の師匠にもなってもらった。いつもその背中を見ていた。いつか彼のように剣を取り、疎まれている己が王になることは叶わぬだろうから、彼のように国と王家を守る存在になりたいと思っていた。

 いつからこの気持ちが、どろどろしたものに変わっていったのだろうか。振り向いて欲しい、こちらを見て欲しい。そして、あいしてほしい。そんなふうに思っていたのは、一体いつからだったか。その気持ちをはっきり自覚したのは、母が自殺する直前、彼が母を抱いた時だった。己を頼む、そう言って母は彼に身体を委ねた。そんな母と彼にふつふつと滾る感情。嫉妬以外の何物でもなかった。


「ルーカス……」


 手を伸ばしても、果たして彼に……ルーカスに届くのだろうか。母が毒をあおり自殺して、ルーカスは己を守るだけの存在になった。彼のように強くなりたい。境遇を嘆くだけになりたくなかった。そして、彼に抱き締めて、あいしてほしかった。


「殿下、いけません」


 己の手を拒むルーカスに、苦しくて苦々しくて。思い余って誘惑したあの日。戸惑いながら己を抱いた暖かい掌。嬉しいのと、さまざまな感情で涙が止まらなかった。だが、己を抱くルーカスの、左手の薬指の指輪に全てがさめていった。

 ルーカスには己のほかにも守るべき家族がいる。己とのこの関係は間違っている。だからこそ、己は忘れるためにも、ルーカスに罪を着せない為にも一人で追放されたというのに。


「ルーカス……」


『こんなところで会ってしまったら、己はまた……』


 はっと、目が覚め、ファントムはベッドから飛び起きた。夢を見ていたらしい。目からははらはらと涙が零れている。しばらく拭うのも忘れ、夢の余韻に浸り涙を零れるままにしていた。止めようとしても、止まらないのだ。しばらく忘れていたこの感情。ヴィクターがこの屋敷に来てから、たびたびファントムは過去の夢を見る。当たり前かもしれない。過去にあんなに大切に想っていた人が、己の手の中にいるのだから。

 コンコンコン、と乱暴に扉が叩かれる。ファントムにはノックした者が誰なのかは容易に予想がついた。だから。


「ごめん、ヴィクター。少し手が離せないんだ」

「あ、悪い。マスターも忙しいよな」


 ……ヴィクターが鈍感で助かった。そうでなければ、震えた声に気付かれたかもしれない。足音が完全に去っていくのを確認して、ファントムは大きく溜息をついた。


 生前の事はほとんど忘れているのだから、ヴィクターのことを特別には思うまいと思っていたはずなのに。ファントムにとってそれはとても難しいことだった。

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