噂というのはどこからか唐突に現れ、一気に広がっていくものだ。セスは刺さる視線に肩身の狭い思いをしながら孤児院に向っていた。


――小隊を全滅をさせたのはセスで、セスは小隊を見殺しにした――


 一体、どこからそんな噂が漏れたのだろうか。何故知っているのか。子供たちに知られることが一番怖い。どうか噂が、孤児院に流れていませんように……。そう祈りながら馬を駆る。

 漸くついた孤児院からは子供たちの声が聞こえたが、その声は随分緊迫していてとても嫌な予感がする。馬を繋ぎ、あわててセスは孤児院の扉を開けた。嫌な予感は、当たってしまった。最悪の事態といっていい。

 大人たちと孤児院の子供が言い争う姿。大人たちは子供を嘲笑っており、子供たちは大人に必死に反駁していた。


「あの人殺しの孤児院なんぞつぶれてしまえばいいんだ」

「司教様はひとごろしなんかじゃありません!司教様は、僕たちを育ててくれたとても素晴らしいひとです!悪く言わないで!」

「あいつのせいで俺の息子は戦場から遺体すら帰ってきてねえんだよ!息子を返せよ!なあ!!」

「……もう、もうやめてください」


 セスは絞り出すように言った。両方の視線がセスに集まる。子供たちが自分のせいで傷ついている、それが一番つらかった。セスの肩が震えている。大人たちがいきなりセスに掴みかかる。


「なあ!返せよ!司教よお!!俺の息子を返せよ!!」

「……死した者は戻りません。お返ししように返すことはできません」

「じゃあ、お前が死んで、償えよ……」

「だめです!!ひとごろしをしたら!あなたも罪に……!」


 子供たちが喰ってかかる。本当に優しい子に育ってくれた、それに嬉しく思うとともにこんなことをさせている自分に腹が立つ。セスは唇を噛んだ。そして静かに呟く。


「全ては軍にいながら兵士を守りきれず、遺体を奪われた私に責任があります。ですから、どうかこの子たちは……」

「あんたが出ていくなら、それでいい。この子たちには罪はねえからな」


 セスを睨みつけながら男は言う。そう、子供たちにこれ以上の醜態を見せたくはない。子供たちに向き直り、セスは努めて冷静に言った。


「新しい司教が、この教会にやってくるでしょう。ですから、皆良い子にいるのですよ」


 子供たちもセスのこの判断が苦渋のものであることがわかったのだろう。項垂れて一切反論をすることなく受け入れようとしている。申し訳ないという気持ちとありがたい気持ちと、ここで子供たちを手放さなければならない辛さ。


「ああ、そうです。大司教様より、貴方たちに」


 これを渡すために戻ってきたのに、とセスは苦々しい気持ちになる。子供たちに魔素結晶を渡すと、ぼろぼろと涙をこぼしていた。己のしでかしたことではあるが、それを漏らしたものは一体誰なのか。

 いや、そんなことよりも、子供たちを泣かせてしまったことが悲しい。次に来る司教が優しく彼らを導いてくれることを祈りながら、セスは部屋の片づけをする。とはいえ備え付けの者ばかりで片付けるものは大してない。荷物を持つと、セスは子供たちの顔を見ないように孤児院の外に出た。


 首都へ戻る足は、鉛のように重かった。

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