残されたもの
アルキーミア帝国、首都。帝国軍査問会に呼び出されたヨータスは項垂れていた。自他ともに認めるアルキーミアいちの天才技術者ハンスが死に、駐屯していた正規軍も半分まで減り、そして遺体はすべてうわさに聞くファントムという死霊術師に奪われ、さらにエルドラドに輸出予定の魔素鉱石を大量に奪われる結果となってしまった。
特にヨータスには重い罪があった。ハンスの監視と護衛を怠った罪だ。なにしろ、ヨータスについていくと聞かなかったハンスを自分が護衛するから、と言って納得させた経緯がある。それなのに、ハンスは死んでしまった。
初老の査問会の議長は穏やかな口調でヨータスに語りかけた。
「何故呼び出されたかはわかっているね?」
「はい。ハンスを死なせてしまい、さらに遺体をファントムという死霊術師に奪われたこと、本当に私の判断が甘かったと思っています」
「君がエルドラドからの捕虜ゆえに、エルドラドに加担したのでは、と言う噂が立っている」
「そんなことは!決して!」
「わかっている。君はそのような人物ではない。ハンスに魅了されたんだろう」
議長は苦笑してみせる。その口ぶりから、議長もハンスという人間をとても買っていたということが窺いしれた。ヨータスに対しても、その口調は責めるようなことはなく穏やかだ。
「だが、正直君がいるから安心してハンスを国境警備に出せていたんだがね」
「その件に関しては、本当に……」
「……事の顛末を聞いてもいいかい?」
議長たちはどうやらハンスが死んだ経緯までは知らされていないらしい。ヨータスはなるべく細かくひとつひとつ答えていく。ハンスは退避していたこと、ファントム出現によりハンスの好奇心がくすぐられ、退避していた窓から身を乗り出していたこと、そこをエルドラドから狙われたこと……。
「……なるほど、つまりは好奇心と探究心がハンスを殺してしまったのだな」
「私も同時に退避して監視すべきでした……」
「いや、そうしても結果は同じだ。ハンスはきっと夢中になってファントムを見ていたのだろう」
しかし、と議長はため息交じりに項垂れる。ハンスの死はアルキーミアにとって大きな損失だ。まだヨータスの持っている武器も実用化はされていないのだ。それに、人体に魔導兵器を埋め込むことによって魔術の素養のない者に魔術を操らせる実験も、ハンスあってのものだった。
「なぜ、エルドラドはあそこにハンスがいることを知っていた。ファントムはなぜあんな予期できぬはずの紛争に現れたのだ……」
「エルドラド側の計画を未然に知っていたのかもしれません」
「エルドラドと結んでいるというのか?ヨータス」
「それはないと思います。エルドラドの兵士もファントムの軍にくわえられていました」
―――すべての死者は、等しく幻影に奪われる。すべての死者は、この大陸に仇なす敵となる。心せよ。剣を取れ、大戦の始まりが近づいている―――
つい数日前にセフィロトの大司教から予言ともとれる書簡が届いたことを、議長は知っていた。大陸全土を巻き込んだ大戦、とでも言いたいのだろうか。その中に、死した者達が加わっていく。その中にハンスの姿もあると思うと議長はめまいを覚えた。
「……きっとこれから大変なことになる。君の得物は貴重なハンスの形見だ。壊さないように振るってくれたまえ」
それは、今回のことを不問に付すという議長の宣言だった。
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