生への欲望

 バリバリバリ、と荒野に似つかわしくない機械音が響き、音に驚いた鴉がバタバタと慌てて飛び去って行く。荒野には、あちこちに生存競争に負け、喰らわれた亡者の荷物から落ちた武器がある。そこから、その男は簡易の魔銃を作り出していた。長い前髪に隠れその眼は窺うことができなかったが、にい、と不気味に吊り上った口角と、梟の腕章。生前はハンスと呼ばれた彼が、自分の武器開発の技術を生かし非力さを補い生き残っていた。

 バリバリバリ、と装填音が響き、狙いを定めて魔弾を発射する。亡者が血煙になって吹き飛んだ。その血煙はハンスに向ってきてするすると身体に吸収される。嬉々として銃を撃ち続けるハンスの後ろから突然、生ぬるい風が吹いた。ハンスが振り向けば、其処には右目を仮面で隠した男の姿。この殺し合いを命じた自らの主、ファントム。


「なるほど、確かに生き残るのに武器を使ってはいけないなどと命じてはいない」


 くすくすと笑うファントムはハンスの手の魔銃を見た。ハンスはファントムに銃口を向ける。バリバリと装填音が響くがファントムはただ笑うばかり。おもむろにファントムが指をすっと差し出せば、バン、と大きな音を立てて魔銃の銃口が爆発した。


「ハ、ハッハハハッハハハハッ」


 さもおかしそうに、ハンスは笑った。壊れたかのようにけたけたと笑いつづける。その瞳はギラギラと輝いてファントムを見透かすように見つめている。これがこの男の本性か。


「面白い……」


 ファントムはにや、と笑うとナイフで己の指を傷つける。溢れた血を含み、ハンスにくちづけた。ハンスの喉がごくりと動くのを見届けてファントムは唇を離す。ハンスの瞳が髪越しでもわかるほど鮮やかな虹色に輝き、喉の傷から煙が上がる。ファントムのアンデッドに生まれ変わる証だ。喉の傷は人の顔の形を描き、がくん、とハンスはくずおれる。

 ファントムはハンスの前にしゃがみこんだ。そして優しく問いかける。


「……君、名前は言えるかい?」

「なま、え……」


 呆然と呟いた唇が皮肉ありげに歪む。くくっ、とファントムを喉で嗤った。ファントムは一切動じない。ただただ静かにハンスを見つめている。


「わからない、わかりませンねェ……」

「そうか。それなら、今日から君は『コナー』と名乗るといい」

「コナー……悪くないですネ、マスター」


 くくっと笑ったハンス……いや、コナーにファントムは満足そうに微笑む。この不遜な態度がまた、興味深い。そしてありあわせのもので魔砲を作ってしまう技術力と才能。きっとコナーはこれからの軍に欠かせない存在となる。


「君は何が欲しい。何故ここで生きたいと願った」

「ボクみたいな天才がこンなところで死ぬわけには、いかないンですよネェ……」

「ふふ……なるほど。君の腕が振るえる、実験施設と実験体を用意しよう。好きなだけ研究に没頭して構わない。俺の役に立つならば」

「あっははは、ボクの技術ですヨ。役に立たないワケ、ないでショ……?」


 不敵に笑って見せるコナーは欲望を露にする。この自信と執念が彼を生存競争の勝者にしたのだろう。ファントムはふ、と笑いくるりと踵を返す。


「ついてくるといい。君の実験施設に案内しよう」


 生への欲望とはいえ、その種類は様々だ。ヴィクターのように慚愧の念から生きようとする者、そしてコナーのように自分が死んではならないと思っている自信家。他にどんな者達が、生への欲望を己に見せてくれるのかが楽しみでならない。

 ファントムは微笑みを見せ、かつかつと歩き出した。

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