神に等しきひと

 神聖国家セフィロト、首都。神聖なる大樹を中心として栄える都市。その大樹の根元には、司教たちの集まる議会堂と聖堂があった。白亜の石壁でできたその建物は、大樹によく映える。建物は大樹の中にあり、その上層階には、司教たちを束ねる、大司教の居室もあった。

 大聖堂の上層部。司教議会員の中でも数少ない人間しか入ることのできない領域。神聖な祈りの場。セスが呼び出しに応じその場に入ると、そこには先客がいた。黒の儀礼服を身に纏う美しい「ひと」。セスは目を見開く。セフィロト大司教。この国の教えと政を司る存在。呼びだしたのはこの方だったのか。即座にセスは跪いた。

 司教の間でも大司教は神秘のヴェールに包まれた存在だった。男か女か、若いのか老いているのかすらわからない。目から下は黒のレースに隠され、抜けるように白い肌とルビーのように紅い瞳が覗いている。厳かな、凛とした声がその場に響く。


「セス。今回はよくやりました」

「……私はただ障害を取り除いただけ。まだイディアルの戦意を完全に削ぐには至っておりません」

「褒め言葉は素直に受け取りなさい、セス」

「は……恐悦至極に存じます」


 大司教直々に呼び出され褒められるということは、司教議会員ですら滅多にない光栄と言っていい。セスもその端くれだが、彼が大司教をこんなに間近で見たのは初めてだった。


「亡くなった騎士団員の家族に手当を与えました。しかし、セス」


 大司教の声が一瞬で冷たいものになる。背筋に冷や汗が伝う。慈しみ深さと冷酷さを兼ね備えた存在。神とともに信仰されるほどの理由を、セスは知った気がした。


「なぜ騎士団員の死骸を持ちかえらなかったのです。彼らを故郷に葬ることこそ、貴方の使命でしょう」

「は……それは、死霊術師が……」

「そうではないのです。なぜ一度ならず、二度までも死骸を奪われたかと聞いているのです。二度目ならば何らかの対策が、できたはず。違いますか?」

「わが身の至らぬばかりに……」


 長身を縮め己の至らなさを詫びるしか、セスにはできなかった。その場に己は居らず決死隊のみを向かわせたと知られれば、死罪も免れることはできない。そうなれば、あの孤児院の子供たちはどうなる。己を父と慕うあの子たちにその罪を知られることは、セスにとってどんなことより辛かった。


「……ルーカス・スミスを討ち取る功績をたてたゆえに、今回は不問に付しましょう。ですが、また戦地へあなたを送ることになりますね」

「は……大司教様のご意志のままに」

「下がりなさい。……その前に、孤児院の子供たちにこれを」


 大司教が差し出したのは、美しい魔素鉱石の結晶だった。観賞用に作られたそれは、いろいろな幻影を映し出す。とても高価なもので、貴族たちの間で流行っている娯楽だった。


「子供たちには何の罪もありません。……それが、彼らの笑顔を生むように」

「お慈悲を、感謝いたします」


 大司教に託されたそれをそっと掬うように受け取り、セスは部屋を退出する。どんなことよりも、セスにとっては大司教の子供たちへの心遣いが一番うれしかった。

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