憎むべきは

 かつ、かつ、かつ。


 けたたましい戦闘音が鳴り響いているはずの戦場なのに、誰もがはっきりと靴音を聞いた。段々近づいてくるその音に恐怖を覚えながらも、誰も戦う手をとめることはない。当然だ。止めたらそこで、死が決定づけられるのだから。

 戦う兵士たちの合間を、一人の男が悠然と歩いてきた。見た事のない軍の服装に、金の髪。そして顔の片側を覆い隠す仮面。その男からは戦う者の戦意を喪失させるなにかがあった。


「あれが、死霊術師ファントム……」


 ヨータスには、ハンスのつぶやきが何故かとても大きく聞こえた。そのつぶやきをファントムも聞いたのか、彼は歩みをとめる。そして周りを見回し嗤った。


「どうやら、知っている者もいるようだが。わが名はファントム、全ての生者の敵。大陸に殺された者達を預かりに参った」


 そう宣言すると、眼を閉じ詠唱を始める。紫色の魔法陣が輝く。地に倒れ伏した死者たちが、ゆっくりと起き上がる。


「すごいや!魔法陣まで生成してるし、魔素鉱石を使ってない……」


 ハンスの感嘆の声。ヨータスが監視塔を見上げるとハンスは食い入るようにファントムを見つめていた。そして、近くの林からきらりと光る……魔術で作った矢だ。ハンスに狙いを定めているのが見えた。


「馬鹿野郎!!早く隠れろ!!」


 ヨータスは叫んだがファントムの術を見るのに夢中でハンスは全く気付いていない。ヨータスにとって、時間が止まったような気がした。矢が真っ直ぐに、ハンスに向かっていく。そしてその喉を貫いた。


「ハンス!!」


 何が起きたかわかっていないような顔をして、ハンスはそのまま、塔の窓から落下した。どさ、と音が響くが、ファントムの詠唱は終わらない。ヨータスは慌ててハンスに駆け寄った。


「ハンス、おい、しっかりしろ!ハンス!」


 ハンスは土気色の顔をして、ぐったりとしていた。が、次の瞬間目をかっと開き、もぞ、と指を動かした。


「ハンス、おい、大丈夫なのか?」


 ヨータスは話しかけたが、すぐに気付く。ハンスは既に息絶えていて、今動いているのはファントムという男の仕業だと。起き上がり、緩慢な仕草でファントムのもとに歩いて行くハンスの姿を見ながら今までのハンスとのやり取りを思い出す。傲慢で、鼻持ちならなくて、自信家で皮肉屋で、でもどこか憎めない男。エルドラドの狙撃手にやられ、しかもその亡骸すら奪われる。だが、もとはといえばこの大陸に大戦がなければ。こんなことにはならなかったはず。ファントムの言う、大陸に殺されたとはこういうことなのだろう。


「ハンス……」

「貴君の友人は、大切に使わせてもらうよ」

「てめえ……!」


 哄笑とともにファントムはその場に砂嵐を巻き起こした。皆目を瞑り砂から身を守る。ひゅうひゅうと風が吹き荒れ、しばらくしてぱったりとやんだ。


 その時には既に、ファントムの姿も、死者たちの姿も忽然と消えていたのだった。

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