修羅

 目の前には、大きな山が聳えたっていた。山というのはどうしてこんなにも人に無力感を感じさせるのだろうか。その雄大さは人に畏怖すら覚えさせる。しかし、山は活気に満ちていた。この鉱石はアルキーミアにいきわたるだけでなく、セフィロトにも輸出される。

 ヨータスは鉱石を産出する鉱山の巡回を任されていた。山を見上げ、ヨータスは溜息をついた。隣にはさも当たり前のようにハンスがいる。


「エルドラドからの捕虜の俺がこんなこと任されていいのか……?」

「もうエルドラドのことなんてどうでもいいんだろ?」

「それはそうなんだが……こういうことはあまり他国の人間に任せるような」

「僕の開発した武器のおかげだよヨータス君」


 ふふん、と自慢げに鼻を鳴らし肩に手をぽんと置くハンスにあきれてものも言えない。こういう鼻持ちならない自信家っぷりにも、腹が立つやら可笑しいやらでヨータスはハンスを憎めない。


「まあ、よっぽどの事でもない限り大丈夫だと思うけどね、ここは」

「……よっぽどのことがあるかもしれないから警備するんだろ」

「そりゃあそうだけど」


 そんなのんきな会話をしていた刹那。パアン、という破裂音とともに目の前で巡回を行っていた他の兵士が倒れた。ヨータスとハンスは背中合わせで慌てて周りを見回す。駐屯していたアルキーミア軍の兵士たちも飛び出してくる。そしてどこから現れたのか、一角獣の軍旗が上がった。エルドラド軍だ。一体どこから侵入し、鉱山を取り囲んだのだろうか。


「よっぽどのことになったな」

「まあ頑張ってくれヨータス君。僕は隠れてるから」

「足手まといはいないほうがせいせいする」


 べー、と舌を出したハンスはいそいそと退避する。ここからはヨータスの仕事だ。剣を振り下ろすと制御ユニットが発光した。そして刀身が赤く燃える。『火炎剣』とハンスは言っていた。……ネーミングがそのまんまだ。とはいえその威力は折り紙つき。剣を構え、襲い掛かるエルドラドの兵士を一刀両断した。

 当然燃えているのだから斬られると焼かれるを同時に味わうことになり、非常に高い殺傷能力を持つ。ふつう剣というのは人の脂で斬れなくなるものだが、その油脂をも燃料にしてこの剣は燃えているので切れ味が鈍ることはない。


「さすがだなハンスの奴……」


 ヨータスから思わず感嘆の声が漏れる。実戦で使うのはこれが初めてだが、しっくりと手になじむように作られている。振るえば振るうほど、自分と呼吸が合うのを感じていた。まるで生きているみたいだ。ヨータスはそんなことを思った。

 正規軍もだいぶやられているらしい。戦況は五分五分といったところか。ばたばたと倒れ伏す死骸を見て、ヨータスの頭にこの間ハンスと話した死霊術師のことがよぎった。

 そんなことを考えている間にもエルドラド軍は襲い掛かってくる。何人もの兵士を斬り、焼き捨てるヨータスのそのさまはまるで修羅のようだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る