ギブアンドテイク
白い鳥が、ファントムの屋敷に舞い降りた。足にくくりつけてあるのは、何かの文書だろうか。まるで伝書鳩のようだが鳩よりも一回り大きく目が赤い。白子症……アルビノの鴉だ。ファントムの居室の窓硝子を、コツコツと薄桃色のくちばしで叩く。
「ああ、『君』か。いつもご苦労様」
慣れた様子でファントムは鴉の足から文書を取る。文書を広げようとしたが、鴉がそのくちばしでファントムの手をつついた。
「っ、わかったわかった。……これでいいかい?」
先に報酬を寄越せと言いたいのだろう。ファントムは苦笑し部屋に置いてある籠から葡萄を選び数粒もぎ取り、鴉の目の前に置く。器用に葡萄を食べ始めた鴉を確認してから、ファントムはようやく文書を開いた。
「……なるほど。次はアルキーミアとエルドラドの……」
それだけ呟くと、書簡をすぐに暖炉にくべて燃やす。鴉はそれを見届けたかのように翼を広げ、飛び立った。あっという間に見えなくなった鴉を見送って、ファントムは窓を閉める。
ファントムはしばし椅子に深く腰掛け目を閉じて何事か考え込んでいた。と、いきなりコンコンコン、とノックの音が響く。オリビアにしては乱暴だ。ということは、とファントムはうっすらと笑った。
「ヴィクター、どうしたんだい?」
「……入ってもいいか」
「どうぞ」
古びた扉がギイ、と軋んだ音を立てる。どうやら汚れを落とし着替えてきたようだ。見上げる長身にがっしりした体格。別の名前を呼びそうになる己を必死に抑え、ファントムはにこやかにヴィクターを迎えた。椅子を勧め、じっとヴィクターを見つめる。
「その、マスター」
ヴィクターは言いたいことをうまくまとめきれていないように見えた。目を泳がせ、足を組み、指を動かし……正直見ていて飽きない。思わずくすりとファントムが笑うと、ヴィクターはむっと顔をしかめて見せた。
「俺は……一度死んだんだよな?」
「そうだよ」
「それで、生き返ったんだよな?」
「ああ。間違いない」
どうやら、ひとつひとつ事実を確認したかったようだ。記憶を失って混乱した頭を整理したかったのかもしれない。おもむろに、ヴィクターは上着をくつろげる。その左胸には、顔のような醜い傷跡があった。蠢いているように見えるのは、果たして気のせいだろうか。
「……この、傷跡と、眼は」
「それは君が死ぬ原因になった傷の跡さ。その傷跡と虹色の瞳は、君が俺のアンデッドだという証だ」
「アン……デッド……?」
「君は厳密には蘇ってはいない。魔術で命を繋いでいるだけだ。その証拠に、心臓は動いてはいないし、体温もない。……今の俺には、これが精いっぱいでね」
ファントムは肩をすくめて見せた。だがまるきり真実というわけでもない。しかしヴィクターはそれで納得したようだった。頷いて、まじまじと自分の身体を見ている。
「さっきの二点と外見を除けば、アンデッドは普通の人間と変わらない。君がこうなる前の亡者たちは、もう少し人とは違うけど。……質問はそれだけかい?」
「……ああ。ありがとう、マスター」
少し疑問が晴れてすっきりしたのだろうか。ヴィクターの顔色は先程より明るい。どうやら真面目で単純な性情らしい。こういう人間はいじめたくなるのがファントムという人の悪い癖だった。
パチン、とファントムは指を鳴らす。がちゃ、と扉の鍵が閉まった音にヴィクターは振り向き、慌て、驚いた。その反応がたまらなく楽しい。
「……ギブアンドテイクだよ。君は何を俺にくれるんだい?」
「っ、マスター……」
中性的なファントムの艶めかしい表情にヴィクターは赤面する。選択肢を選べなくしてから選択を迫る。全くもって狡いやり方だ。そしてその姿から、ヴィクターはファントムがこういったことに慣れていることを否応なく知ることになった。
「……」
小声で答えたヴィクターの答えは、ファントムを満足させるに十分なものだった。
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