すべては、

 限られたものしか入ることのかなわない王の寝所。豪奢な寝台にはイディアルの紋章である火を噴くドラゴンが彫られていた。ジョンとイアンは二人そろって王に呼び出された。寝台に横たわる、随分老けた父親が、国民を率い戦争を先導してきた王だった。金髪に鮮やかなエメラルドのような瞳。床に伏してなお、王の威厳は未だそこにある。


「陛下、いかがされましたか」


 無言で見つめられ耐えられなくなったジョンが口を開き問いかける。エメラルドの瞳は圧倒的な威圧感をもって双子の兄弟を射すくめる。そしてふと瞼を閉じ、ひび割れた唇が動いた。


「ジョンよ。……ウィルヘルムから話は聞いておる」

「はい」


 かすれてはいるが、一国の主たる重みをもった声だった。そして二人は、王が言わんとする内容が此度の停戦協定の話だろうと察する。ウィルヘルムの判断は少し軽率とも言えるかもしれない。だが、ここ数か月睨み合いと戦闘を続けていた分良い潮時であったとも、二人は思っていた。


「……ルーカスの亡骸を、ファントムとかいう訳のわからん輩に奪われたそうだな」

「はい。しかしそれはセフィロトも同じです」

「兵士と将では命の重みが違う」


 王の失望したような声。ぞくりと背筋に冷たいものがはしる。イアンは思わず兄に目配せした。ジョンは気にせず冷静に王の瞳を見つめている。王にとって兵士の命とはそんなものか。ジョンは失望すら覚えていた。


「……しかも、あの忌々しいスティーブンに似ていたと」

「他人の空似でしょう」


 落ち着き払うジョンの瞳を見つめた王は、静かに目を閉じた。それが敗北を認めたかのように見えて、ジョンは心の中で快哉を叫ぶ。この父王に、煮え湯を飲ませてやりたかった。大好きだった兄を追放した、憎い憎いこの王に。


「やはりお前には王の素質がある。イアン、ジョンをよく支えよ」

「かしこまりました」


 それだけ言うと王は二人に退出するよう命じた。扉が閉まる一瞬、二人は王に睨まれたような気分になった。すべて知っているぞと言わんばかりのエメラルドの瞳。いや、王ですら知らないだろう。こんなに純粋な感情を二人が追放された兄に向けているということを。

 こつこつこつ、二人は靴音をたてて広い廊下を歩く。王族以外は立ち入れないそこには誰もいない。もはや、王族は王とその子供の双子の兄弟だけなのだから。


「ジョン、よく耐えられたね……僕もう汗びっしょりだよ」

「私も怖かったさ。だけど、相手は憎い『陛下』なんだ。負けていられない」

「あっはは、さっすがジョン。もう父親とも思わないんだね。かっこいい」


 二人にとってもはや王は王でなかった。害すべき不必要な存在。王が崩御したのち、二人はいずれ魔術根絶の方針は廃止するつもりでいた。魔術の素養を持つ大切な兄を迎えるための第一歩だ。


「すべては、兄さんのために」

「すべては、兄上のために」


 綺麗に二人の声が揃う。一瞬の間ののち二人は顔を見合わせる。狂気を孕んだ、濁ったサファイアの瞳と全く同じ顔。くすくすと笑う声はとても不気味なものだった。

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