聖職者の慈愛

 セフィロトの首都郊外を、疲れ切った騎士団員たちが重い足取りで歩いていた。イディアルはルーカスという将を失い、またセフィロトは小隊全滅と死霊術師という禁術師出現の情報に混乱しており、お互い戦い続けられるだけの力を失っていた。王国軍総司令官ウィルヘルムがイディアル聖騎士団に使者を遣わせ、停戦協定を結び撤退することで合意したのだ。

 かくして数か月ぶりに故郷の土地を踏んだ聖騎士団。その中に、馬に乗るセスの姿もあった。セフィロトの司教は必ず一人は司令官兼参謀として騎士団とともに従軍する。セスもその一人だった。首都を目指す騎士団員たちから外れ、セスは郊外の一本道を馬で進んで行った。


 郊外の森の中を抜け、開けた先には大きな建物があった。煤けた煉瓦塀は重々しく時代を重ねた風情を醸し出しており、しかしその中からは快活な子供の声が響いていた。其処は数百年前に建てられた聖堂だが、現在は教会兼孤児院となっている。セスの帰る場所だ。

 厩に馬を繋ぎ、お疲れ様、と語りかけ飼葉と水を出してやる。そしてセスは孤児院の扉を開いた。途端に子供たちが目を輝かせ、セスに駆け寄ってくる。


「あ、お帰りなさい!司教様!」

「お怪我はありませんか?」

「せんじょうはどうでしたか、おしえてください、しきょうさま」

「はは、そういきなり来ても答えられませんよ。……ただいま、皆。心配と迷惑をかけましたね」


 駆け寄ってきた子供たちの頭を一人一人撫でてやる。戦場では狂信者として牙を剥きだしにしても、子供たちにとってセスは優しい父親のような存在だった。


「せんじょうは、いかがでしたか」


 少女に問われセスは少し言いよどむ。まだ、子供たちに現実を知って欲しくはない。どこまで伝えればいいか、そんなことをじっくりと考えながら言葉を紡ぐ。


「聖騎士団の皆々は、高潔で素晴らしい戦いをしていましたよ。戦場の近くの村から人を避難させる等、やはり彼らは素晴らしい人たちです」

「僕も大きくなったら聖騎士団にはいって、この国と、司教様とみんなを守るんだ!」


 少年は高らかに宣言する。そんな若さを眩しく思いながら戦地へ送り出す未来を想像し、セスの胸は少し苦しさを覚える。そして、もしそこで戦争の犠牲になり、あの死霊術師により遺骸すら持ち帰れなくなったら……嫌な想像に、セスは立ちくらみを覚えた。


「あっ!司教さま!」

「司教さまはお疲れなんだから、お休みください!あとで夕食をお持ちします。みんな、早く準備をしましょう!」


 年長の少女が声をかけ、セスを一人にする配慮をしてくれた。心の中で感謝する。ふらふらと己の部屋に入る。ベッドに身体を投げ出すと、軋んだ音を立ててベッドがセスの長身を受け止めた。


「あの子たちの未来のためにも、私は鬼になってでも、この戦争を……」


 子供たちの眩しい笑顔を思い浮かべ、セスは重く溜息をついた。

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