第一章 亡者の軍勢

蠢動

 大陸歴は、大陸大戦がはじまった年に制定されたという。


すなわち大陸の四か国……イディアル王国、神聖国家セフィロト、アルキーミア帝国、エルドラド皇国による戦争が、常にこの大陸では発生していたのだ。イディアル王国は常に、大陸征服を目論み、また魔術根絶を目指して戦を起こしていた。それに同盟を組み立ち向かうセフィロト、アルキーミア、エルドラドの三か国という構図は九百年以上たった現在も変わらない。

 しかし、三か国の同盟は一枚岩ではなかった。海域の領有権や国境の鉱山をめぐり、アルキーミアとエルドラドは四百年近く前から冷戦状態にある。表立っての事は、同盟の盟主であるセフィロトを慮り起こしていないが、アルキーミアとエルドラドの国境付近の治安は最悪と言っていい。


 各国の思惑が絡み合う中、大陸に突然嵐が吹き荒れる。イディアルとセフィロトの戦場に現れた死霊術師、ファントムと彼によって蘇らせられた亡者の軍勢。そしてイディアルには別の意味でも大きな衝撃が走っていた。ファントムという男の容姿が追放された元王太子にそっくりだという噂は軍部が抑えてはいたものの、密かに、そして着実に国民に広まっていた。密かに元王太子を敬愛していた者達が、血眼になってファントムの痕跡を探しているらしい。そんな噂すらある。

 戦争が起こり、戦争によって死者が現れる限り、ファントムは姿を現し続けるだろう。その目的は未だにわかっておらず、ただファントムの宣言した『すべての生者の敵である』という言葉だけが手がかりだった。


 セフィロトの学者たちは我先にとファントムについて研究を開始した。死霊術というものは確かに存在するが禁術であり、根絶されたものだと思われていた。それがまだ残っていたということに、禁術でありながら学者たちは好奇心を抑えることができない。

 また驚くべきはファントムという謎の男の魔力の強さである。イディアルへの密偵の報告から、千人単位の死者を蘇らせ率いていたという。学者たちがそれに必要な魔力を計算する限り、神代の時代の伝説に登場する、大魔導師もかくやという魔力の強さであるという。しかもそれを持続的に行うというのならば……ファントムという男はもしかして、人ではないのではないか?魔のような何かではないのか?そんな憶測すら飛び交う。


 すべてが謎に包まれたファントムという存在が大陸全土に影響を及ぼしていくには、もう少しだけ、時間が必要になる。

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