謀略と疑惑

 沢山の書類に囲まれて、ジョンは王太子としての雑務をこなしていた。その筆は軽快で、何か良いことがあったかのように見えた。いや、実際に機嫌がいいのだろう。面倒な雑務のはずなのに鼻歌すら聞こえてくる。

 いつもの通りノックもなく扉が勢いよく開く。ジョンが顔を上げると、全く同じ顔の弟、イアンが許可もとらずに部屋に入ってくるところだった。イアンはあまり表情を変えることのない兄がうっすら笑っていることに驚き目を見張る。すす、と後ろからジョンに近づき、そっと耳打ちするように囁いた。


「ジョン、良いことあったの?」

「……命令などせずとも、セフィロトも同じことを考えていたらしい」


 イアンに説明するのに、それ以上の言葉は必要なかった。すぐにイアンの表情が明るくなり、嬉しそうに目を輝かせた。


「本当に?」

「書簡を届けさせた使者が、ウィルヘルムからの報告書を持って帰ってきた」


 その報告書を、広げて見せる。ウィルヘルムの生真面目さを体現したようなかたい字体で、ルーカスがセフィロト聖騎士団の襲撃によって戦死した旨が書かれていた。


「あの書簡は?」

「はじめにもう済んでいるなら燃やすように命じておいた」

「さっすがジョン……でも、ちょっと不穏なことが書いてあるように見えるけど?」


 イアンは書簡に目を走らせる。そこに書いてあることはまるで眉唾物のような報告だった。


―――ルーカス隊長が戦死した襲撃の直後、亡者の軍勢が突如現れ、その頭のような男がルーカス隊長や撃退した聖騎士団の死骸を次々に蘇らせました。その男は『ファントム』と名乗り、また『すべての生者の敵』と言っていたそうです。そしてファントムは死骸を己の軍勢に加えた後忽然と姿を消した、と目撃した兵士は報告しております。また―――


「すべての生者の敵、ねえ……」

「だが、これでその前の忽然と消えた死骸はこのファントムとかいう男のせいだろうと分かっただけでも収穫だ」

「まあそうなんだけど……っ!」


 イアンがまだ読んでいなかった報告書の最後の文を読み、息をのんだ。食い入るように見つめるイアンを不審に思ったジョンも、イアンが注視する部分を黙読した。


―――ファントムという男の容姿ですが、兵士の報告によると、右目に仮面をつけており、どこの国のものでもない軍服を身に纏っていたそうです。また、金髪紫眼で古参の兵士からはスティーブン元王太子を彷彿とさせる面影が―――


「にいさん……」

「兄上に、似ていた……」


 ほぼ同時に二人は呟いた。おそらく違うだろう、お互い心の中ではそう思っている。似ていただけで、本人だとはだれも言っていない。それに、死霊術の術者だ。魔術の素養がある眼だというだけで、兄が魔術を使えるわけではないだろう。


「今度は、私も出陣しよう」

「……僕も行きたい」

「確認しなければ、いけないな」


 兄を見つけるためならどんなことでもしてみせる。そのファントムなる男が本当に二人の兄ならば、生け捕りにして連れ帰ってこればいいだけの話だ。二人は顔を見合わせ、頷いた。

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