亡者は戦う

 そこは、一体どこであったのだろうか。見たことがある場所のように見覚えがあるようで、見た事のない場所のようになにもない。まるで荒野のような場所だ。木々がところどころにあり、その上から鴉が地表を見下ろしている。鴉が見下ろす先には、つい先ほどまで戦地の地面に転がっていたはずの亡者たちがいる。整然と並び、規律が行き届いているかのように見える。本物の、軍のように。

 仮面の男……ファントムがまるで最初から其処にいたかのように荒野に現れた。一体どこから、などと聞く無粋な者はいない。皆虚ろな目を静かにファントムに向けている。蘇らされた亡者の群れを前に、ファントムは口を開く。


「同胞よ。国に、大陸に殺された者たちよ」


 ひた、ひたとファントムは一人一人の亡者の顔を見て歩く。そしてルーカスの前に来た時に一瞬足を止め、少し顔を曇らせたように見えた。が、その表情は一瞬のもので、瞬く間に先程までの自信と慈しみに満ちた表情に戻る。


「貴君らは、わが軍の一員となった。だが、わが軍に弱者は要らぬ。ゆえに――」


 ファントムの目が残忍で狂気を秘めたものに変わる。あまりの変化に亡者たちにも動揺が走ったかのように見えた。しかし、ファントムがそれを気にすることはない。


「殺しあえ。そして同胞を喰らえ。生き延びよ。生き残った者にこそ、わが軍の一員たる資格がある」


 静かなざわめきが亡者たちを包んだ。ファントムという男は、死者を蘇らせた上に殺し合いをさせ亡者の軍に相応しい兵士を選抜すると宣言したのだ。亡者たちはそれに逆らうことはできない。死霊術というものは、かけられた者は決して術者に逆らうことはできないようにされているからだ。


「始めよ。貴君らはここで地獄を味わい、だからこそ強くなるのだ」


 ファントムは悠然と笑いマントを翻し踵を返すと、突風とともにその場から忽然と消えた。突風に驚いたのか鴉たちが空を飛び、カア、カアとおおきく鳴く。まるでそれが、生存競争の開始の合図のように。


「ッグ、ガ、ア……!」


 動揺する隊列の中から、突然苦しげなうめき声が聞こえた。亡者たちが声の主を見れば、先ほどファントムが少しだけ立ち止まった男……ルーカスが隣にいた亡者の喉笛に噛みついていたのだった。その眼は零れんばかりに見開かれ、がっちりと首を押さえた腕は血管が浮き出ていた。やがてぐったりと噛みつかれた亡者が力を抜くと、その身体は赤い煙になりルーカスの身体に吸い込まれていった。

――『殺し』『喰らう』とはこういうことだと、ルーカスは図らずも亡者たちに実践して見せる形になった。その一部始終を見ていた亡者たちの目にも、殺気と狂気が満ちていく。それは生きぬくために、無駄死にした命をもう一度輝かせるために。

だからこそ彼らは死して再び、生存競争に挑むのだ。

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