狂信者たち
セフィロトの軍旗が風にはためき、その日の風の強さを物語っていた。
一人の男が、口角をあげ王国軍の陣営を見つめている。上背があり、また頭を綺麗に剃っているために男は騎士団の中でもよく目立つ。側近だろうか、一人の兵士が男に近づく。
「そろそろうまく行った頃だろうか」
「司教様、密偵が戻りました。わが軍は全滅しましたが、『奴』は死んだようです」
「そうか。ご苦労」
司教と呼ばれた男は会心の笑みを浮かべた。その笑みはどこか薄ら寒いものを感じさせる。若干兵士が身じろいだのを、男は見逃さなかった。
「……私が、怖いかね?」
「い、いえ!そのようなことは!」
「私はただ、大司教様の教えに従いこの大陸に暗雲をもたらさんとするイディアルを討っているだけ、そうだろう?」
「は……」
頭を下げる兵士にこともなげに言って見せる。そして目線で兵士にその場を去るように促した。慌てて走り去っていく兵士の姿をじっと見つめる。
「あのくらい、あの者らも賢ければよかったのだがな」
ため息まじりに男は呟く。その手に握られていたのは、一通の書簡。密偵によってもたらされた、王国軍の司令官のリストだった。一人一人の身体的特徴まで書かれたそれは今までの騎士団の戦闘経験の蓄積の賜物だといっていい。その中でも特に手垢で汚れるまで読み込まれた箇所。その司令官の見出しは『元イディアル王国親衛隊隊長 ルーカス・スミス』と書かれていた。聖騎士団と彼の率いる王国軍の戦歴の欄は散々なもので埋め尽くされていた。煮え湯を飲まされ続けた男を、漸く屠った、その満足感と達成感に満たされている。
「……大司教様、セスはあのルーカスをついに亡き者にしました」
ぼそりと呟いた。男……セスは書簡を懐にしまう。今回の策は、昨日の死骸が消えた事件のおかげで思いついたことだった。狼狽える兵士たちの中に、ひときわ狂信的で過激な小隊があったのだ。皆が持て余すその一隊を、セスは呼び出しこう命じたのだ。
『同胞の遺骸が消えたのは、イディアル王国軍の中に、術者がいたからだ。貴公らの信仰の証を見せよ。術者はあの軍の中の一隊を率いている。良いな、必ず、殺すのだ。……さすれば、貴公らは死してもその魂は必ず救われるであろう』
狂信者はうまく利用できる。セスはそう考えていた。死をも恐れぬ兵士を送り込み、全滅を覚悟でルーカスを討たせた。セスの読みは見事当たり、ルーカスを討つことに成功したのだ。大のためなら小の犠牲も払う価値がある。彼らも神のために死ぬことができたならば本望だろう。そう考えるセスもまた狂信者であることに、彼自身は気づいていない。
「さて……次の手はどうしようか」
目を爛々と輝かせ、次の手を考える彼の背後に潜む影がいたことを、セスが気付くことはなかった。
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