二、現実へ
クレモン、アレックス、チボーはしばらく記憶がない。目が覚めると、ジャンヌのうちにいて、それぞれの家族が三人の顔を覗き込むように見ていた。
「うわぁっ!」
三人が驚いて飛び起きると、
「うわっ!」
大人たちも驚いて飛び下がった。
「一体、何があったんだ?」
真っ先に声をかけてきたのはガストンおじさんだった。普段なら会いたくもない別れたジャンヌのうちなんか絶対に来ないのに、やっぱり心配になったらしい。
「うーん、夢を見てたみたいで…。」
チボーが目をこすりながら話し始めると、
「そんな汚れた姿になっちゃって…。」
お母さんのクラウディアがチボーを抱きかかえた。
アレックスは疲労がひどいからか、体中から力が抜けたようにソファーに座り込んだ。同じソファーには、操り師のいなくなった精気のない人形のようなジャンヌが、座るというか沈み込んでいた。
アレックスの目は疲れた体と裏腹に、ランランと輝いている。
「あんなに興奮したのは初めてだ…。」
ぼそりとつぶやいたアレックスを心配そうに見ているのは、アレックスをそのまま大人にしたかのようなフレデリックだ。短髪でいかにも運動が好きそうな雰囲気の女性だが、気の利いた言葉は出てこないらしい。どうやってアレックスに声をかけたらいいのか分からず立ち尽くしている。
サラは、クレモンの方を見つめ、
「クレモン、大丈夫?何があったの?」
と説明を求めるように問いかけた。
「ガストンおじさん、ママン、僕の話、信じてくれるかな?」
クレモンが話し始めた時、他のみんなが一斉に振り向いた。
「あーぁ、信じてやるさ。お前のいうことならな。」
そこからクレモンは中世の世界で起こったことを話し始めた。大人たちは目を丸くして聞いたが、話の半分も分からない。何しろ、歴史なんて興味がない。聞いたことのない名前ばかりだ。グリフ、ドレ、セーヴ…。さすがに王の名前ぐらいはピンと来たらしく、アンリ二世の名前が出ると少しばかりざわついた。
話を完全に理解できたのはガストンおじさんだけだ。ガストンおじさんは妙にしっくりいったような顔つきでいる。あまりにも自分がクレモンに教えてきた話に重なる部分が多いからか、しきりに右手で口ひげを
クレモンは、話している間じゅう、黒くなったグリフの本を手に持っていた。
「で、その黒い本は?」
「セバスチャン・グリフさんのところでもらったというか、もって来ちゃったと言うか…。とにかく、この本のお蔭でここに戻ってこられたんだ。このグリフォンの紋章が太陽の光に照らされて…。」
「分かった、クレモン。もうそれ以上話さんでいい。よう分かったわ。今日はもう帰ろう。しっかり疲れを取りな。明日は月曜日だ。学校だろう?」
さすがのガストンおじさんも、タイムスリップの話はよく分からず、黒い本の話は良く理解できなかった。今すぐにでもその部分を詳しく問いただしたかったが、クレモンを混乱させるだけだと思い、話を止めることにした。
「今はバカンスなのよ。学校は来週からだわ。」
クレモンの母、サラが答えた。
「そうか、何にせよ、無事で良かった。さぁ、帰るぞ!こんなとこに来たからおかしなことになっちまったんだ。さ、長居するとまたおかしなことになるぞ!」
吐き捨てるように言うガストンおじさんの後ろで、疲れ切った操り人形のジャンヌおばさんは、ソファから立ち上がることもできず、ただただ怒りを顔中で表現した。
みんなクレモンの話を狐につままれたような顔で聞いていたが、ガストンの掛け声でハッと我に返り、早く家に帰ってこの子たちを休ませてあげなければと帰り支度を始めた。が、心ここにあらずという感じで、フレデリックは車のカギをどのポケットに入れたのか忘れてしまい自分の体の身体検査を始めるし、クラウディアはジャンヌのハンドバッグを手にして帰ろうとした。
ジャンヌの家を出るとき、ガストンおじさんはふとクレモンに聞いた。
「見たことのある顔はなかったか?」
「見たことのある顔?そりゃ、グリフさんとか、絵で見たことがあったけど、全然別人みたいだったな。絵って似てないな、って思ったけど。」
「そうじゃねぇ。デジャヴ、ってやつぁなかったか。」
「デジャヴ…。うーん、あったようななかったような…。」
「そうか、もういい。忘れちまいな。いや、忘れられるさ、きっと。覚えとかない方がいいこともある。フォンテーヌのファーブルはいつまでも覚えておいていいがな。」
「うん、大丈夫。基本的には一晩寝たら何でも忘れるよ。腹が立っても悲しくても、長続きしないんだ。」
「よし。いいことだ。じゃ、ゆっくり休むんだぞ。」
ガストンおじさんはサンポール駅近くに路上駐車していた、愛車のおんぼろルノー5に乗って帰っていった。ガストンおじさんと別れたサラとクレモンは、ソーヌ川沿いの駐車場に向かって歩いていった。
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